第94話 復讐 7
姿を消しながら騒ぎを起こした検問所へと戻っている途中に、前方から馬車よりも数段早く移動している一行を空間認識で捉えたので、シルヴィアを抱く僕は足を止めた。
「やけに早いな、何だろう?馬車とは違うようだし・・・」
そう考えていると、その一行が視認できる距離まで近づいてきた。
(スレイプニル!?しかも乗っているのはシルヴィアを
最後まで手を出さないでおいてあげた2人が、必死の形相でスレイプニルに乗っていた。戻る手間が省けたので、そのまま彼らに追従する格好で付いて行く。
しばらく付いて行くと、スレイプニルを止めて何やら話し合いを始めたようだ。その会話を近づいて盗み聞きする。
「どうする?見失っちまったぞ!」
「どうするもないだろ!見つけねぇと、俺らがヤバイんだぞ!」
「んな事言っても、見つけたとして俺らでどうにか出来るのか?もう3人もヤられてんだぞ!?」
「・・・あいつ何者だよ?俺らプラチナランクだぞ、それを何の苦もなく瞬殺って・・・」
どんな話をするのかと思ったが、2人して愚痴を言い出したようだ。
(拠点の事や黒幕について話してくれよ・・・)
そう思いながら話を聞き続けているとーーー
「なぁ、このまま逃げたほうが良くないか?こんな失態晒して戻れないだろ?」
なんだか、僕にとっては不穏なことを言い出した。もしこの2人が逃げようものなら、黒幕への手掛かりも無くなってしまうし、用済みなので処分することになる。
「・・・無理だ。あの情報網を
「じゃあ一回報告に戻るか?アイツの乗ってる魔道バイクはスレイプニルくらい速度があるらしいし、いつまでたっても追い付けないだろ?」
「クソっ!アイツが通信魔具を壊しやがるから、直接行かねえと」
「途中にいる連絡係に頼めないか?」
「バカ!こんな失態だぞ!しかも、魔具での定期連絡が途絶えてんだ!直接行って弁明するしかないだろ!」
そのまま黙って聞いていると、話が僕の理想的な内容になってきた。
(よしよし、どうもこれで黒幕の所へ案内してくれそうだな)
そんな僕の期待通りに、彼らの話は進んでいった。
「・・・はぁ、だよな。ここからだと拠点までどのくらいだ?」
「コイツなら2日掛からないってとこだな」
「仕方ない、急ぐぞ!」
そうして再び彼らはスレイプニルに
(シルヴィア・・・もう少しの辛抱だから。僕が全てを終わらせるからね)
・・・・・・
2日後ーーー
「やっぱり、ここなのか・・・」
シルヴィアを攫った2人が戻ると言った拠点とは、僕の懸念していた通りのフリューゲン辺境伯領だった。
彼らはスレイプニルを
「協力関係だけだと思っていたけど、下手をするとこれは・・・」
姿を消しながら、彼らの跡をつけて5年ぶりに実家の敷地へと足を踏み入れる。門から屋敷へと続く道の左右に広がる庭は、しっかりと手入れされており、青々とした木々や色とりどりの美しい花々が咲きほこっていた。
(まだ庭師の爺ちゃんが手入れしているのかな?)
ここで暮らしていた頃の話し相手と言ったら、庭師の爺ちゃんしか居なかったが、僕が捨てられた頃には結構な歳だったので、元気にしているのか気になってしまった。今は庭に誰も居なかったので、爺ちゃんが居るのかは分からなかった。
屋敷へと到着すると、僕の記憶にはない使用人が玄関を開けて2人を招き入れていた。
(・・・あんな人居たっけ?)
ほとんど隔離されたような環境で生活してきていたので、家に居た使用人の顔や名前を覚えているわけではないが、僕の記憶にはあんな若い男性の使用人は居なかった。
久しぶりに帰った屋敷は廊下にあった家具等が無くなっていて、ガランとした雰囲気だった。しかし、人はたくさん居るようで、各部屋毎にも何人もひしめいていた。実際のところ空間認識でもこの屋敷には100人以上がいることは分かっている。
(僕が暮らしていた頃とはまるで正反対だな)
僕が生活していた頃にはとにかく人が少なかった記憶がある。5歳の頃まではたくさん居た使用人達も段々と少なくなっていき、人の気配が無くなっていったように覚えている。しかし、今の状態はまるで逆だった。
首を傾げながらも抱えているシルヴィアが廊下ですれ違う人にぶつからないように注意して歩いていると、父親の執務室に2人は案内されたようだ。
案内した使用人が扉をノックすると、久しぶりに聞く自分の父親の声が響いてきた。
「入れ」
(っ!?)
その声に、僕の心臓が捕まれたような錯覚に囚われるが、必死にその幻覚を振り払って執務室に忍び込んだ。
執務室は昔見たままで、シンプルな内装そのものだった。そして、重厚な机に座るこの屋敷の主である父親は、多少痩せたようにも見えるが、歳の割りに若く見えるらしい、質実剛健を絵に書いたような変わらぬ風貌をしているように、子供の頃から僕には見えている。
案内された2人が緊張した面持ちでいると、剣士だった1人が報告を始めた。
「本日は連絡もなく、急に訪問したこと、深くお詫びいたします」
そう言うと、2人共に深く頭を下げ、謝罪をしていた。
「魔具での定期連絡がつかなくなったから何かあったとは思っていたが、直接来るとは余程の事か?」
「はっ!緊急事態が生じ、その際魔具を破壊されてしまいましたので、こうして直接馳せ参じさせていただきました!」
彼らは頭を下げたまま必死に状況を説明している。
「そうか・・・第一目標はどうした?他の3人が見張っているのか?」
「・・・」
「どうした?私は質問しているのだぞ?」
これが領地を治める領主の威厳なのか、その言葉を聞いた2人は完全に萎縮してしまっているようだった。
「はっ、はい!・・・実は、少々邪魔が入りまして、その・・・我々以外の3人は殺され、目標を奪取されてしまいました!」
「何だと!?」
「も、申し分かりません!!」
威嚇するような重低音の声に、2人は完全に飲まれているようで、僕からは獣に怯える小動物のように見えていた。そして、関係ないはずの僕も何故か身体が萎縮しているのを感じていた。
(なんだこれ?力は完全に僕が上のはずなのに、なんで僕を捨てたあんな奴に怯えないといけないんだ?)
理解が出来ない自分の状態に混乱しながらも、話に耳を傾ける。
「それで、何も出来ずにおめおめと戻ってきたのか?」
「申し訳ありません!移動手段はこちらと同等の速度、戦力はあちらが上で、連絡手段も絶たれてしまったものですから、一度報告に戻るべきだと判断しました!」
「移動速度が同じだと?」
「はい!奴は公国の魔道バイクという乗り物を持っておりまして、スレイプニルと同等程度の速度らしいのです!」
「そうか・・・それで、襲撃者の容姿は?」
「はっ!外見は150cm程の身長、銀髪のショートカット、容姿は整っており、一見すると女性の様な風貌でしたが、声から男性と判断しました。年齢は恐らくですが、成人前だと思われます!」
「っ!!・・・そうか、冒険者協会の依頼で動いたか、もしくは知り合いだったか・・・」
2人の報告を聞き心当たりがあるような表情になった父親は、何かを呟きながら考えているようだ。
(まさか、僕だと気付いた?いや、でも僕を捨てて殺したと思っているはずなのに、それはおかしいはずだ・・・)
あの捨てられた森の中は、正直師匠が現れるまで生きていたのが不思議なくらいの環境だ。王都に行った時に知ったのは、その森が魔の森と呼ばれるほどの危険な場所だったということだ。そんな場所に何の力もない子供が1人取り残されれば、どうなるかは考えるまでもない。となると・・・
(たまたま報告された容姿に合致する人物が居たってことか?)
本当のところは分からないが、僕にはそうとしか考えられなかった。
「あ、あの、盟主?」
呟いているだけで指示を出そうとしなかったので、焦れたのか2人が声を掛けた。それにしても・・・
(盟主か・・・つまりこの改革派閥の黒幕は・・・)
それに気付くと同時に、僕の復讐の手段が1つに絞られてしまった事を感じた。反乱を起こした首魁となれば、これに失敗すれば処刑されるだろう。逆に成功すればこの王国の王となる。そんな人物にどう見返せれるというのだろうか。
しかも、殺すにしても国のトップを殺せば、大陸中でお尋ね者になってしまうだろう。つまりはこの国を捨てるのではなく、この大陸自体から離れる必要も出てくる可能性がある。
(つまり、僕の復讐はこの反乱が終わる前に終わらせないといけない、ということか・・・)
それが分かってからは、あまり話の内容が頭に入ってこなかった。ただ、あるのはシルヴィアを攫い、こんな状態にしたのは僕の実の父親ということ。それに、僕を捨てたという事実を合わせて、頭の中が段々と黒い感情で支配されていくのを感じていた。
(こんな奴だったのか、僕の父親は・・・人を人とも思わない・・・生きている資格なんてコイツにはない!)
僕は既にこの時点で自分のする事を決めていた。そして、報告が終わって退出する彼らに紛れてこの屋敷を後にした。
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