第76話 学園トーナメント 5

 始まった学園トーナメント。僕の順番は昼過ぎの試合なので、時間にはまだ余裕があった。その代わり、シルヴィアは朝一の試合ということで、時間のある僕は応援に向かうことにした。メグの試合もお昼前らしく時間があるらしいので誘うと、ふたつ返事で了承してくれた。マシューとティアは今日に試合がなかったので、別の場所で訓練してくるといって別れてしまった。


 演習場は広大といっても審判の人数の都合上、一度に10試合が精々だ。さらに、試合が終わる度に地面をならす必要もあり、魔法コースの試合に至っては、大きく地面がえぐれることも珍しくないので、その整備のために一時間ごとの試合間隔となっている。


 応援のために僕とメグはシルヴィアと一緒に試合会場の近くまで来ていた。そこは簡単な柵で囲ってあり、両端に自陣としての線が引かれており、それより前に行くことは禁止となっている。基本的に魔法師は後方援護で、前衛に出ることはないとされているので、遠距離からの精密性を見るためのルールだろう。


 その線の前方5mほどに、高さ1mの5つの円筒が横並びに2mの等間隔で置かれている。これを全て破壊されてしまうと敗北になる。そして、お互い20m距離があるので、誤って相手に魔法が当たってしまうと反則負けとなる。つまり、ある程度の魔力制御が要求されるのだ。


(数撃って当てていこうと考えるか、集中して1つずつ当てていくかだろうな)


 試合会場を見ながら皆が考えるであろう攻撃方法を考えていた。僕の場合は数も撃って一気に命中させることも出来そうだが、それだと試合時間にして1分に満たないだろうし、対戦相手の反感を買ってしまうのは間違いなさそうだ。シルヴィアを横目でみると、試合会場を目にしたからだろうか見るからに体の動きが固くなっていた。


「大丈夫?シルヴィア?」


「っ!は、はい、大丈夫・・・だよ?」


「シルヴィアさん、少し落ち着いて。適度な緊張は集中力を向上させるけど、過度な緊張は実力を出せなくなってしまうのよ。何か試合とは関係ない楽しいことを考えたら?」


「た、楽しいことですか?」


「そう。例えば試合が終わったら甘いお菓子を食べに行くとか、可愛い服を買いに行くとか何でも良いの」


 シルヴィアを落ちつかせようとメグが助言をすると、彼女は目を閉じ人差し指を顎に当てながら考え出した。しばらくして目を開けると、僕の方を見つめてきた。


「じゃ、じゃあ、このトーナメントが終わったら、ダリア君とまたケーキを食べに行きたいな」


「?そんなことで良いの?」


 シルヴィアとは以前にも一緒にケーキを食べに行っている。それが彼女の考える楽しいことなのだろうか。僕としてはそれで彼女の緊張が解けて試合に臨めるのなら、約束するのに否はない。


「ま、待ってください。それなら私もその席に同席したいです!」


そこにシルヴィアに助言したメグが焦ったように一緒に行きたいと入ってきた。


「だったら、フリージア様やマシュー達も誘ってみんなで行こうか?」


 僕としてはみんなで行った方が楽しいかとも考えての提案だったのだが、2人からは据わったような目つきでじっと見つめられてしまった。


(あ~、多分返答を間違えたんだろうな・・・どうしよう?)


 どうにか2人の機嫌を治そうと頭をフル回転させていたのだが、試合の開始時間が近づき、位置につくようにと教師が声を上げたことで助かった。シルヴィアも今の会話で肩の力が抜けたようで、ふっと笑いながら移動する足取りはいつも通りだった。


「ダリアは女心が分かってませんね!」


その場に残っているメグがジト目で僕を覗き込んできた。


「ははは、前にも言ったと思いますが、女の子とは縁遠い生活だったので・・・」


「最近は違うと思いますが?要勉強ですよ!」


「ど、努力します」


僕の言葉を聞いて満足したのか、メグは笑みを浮かべて試合会場に目を向けた。


「さっ、シルヴィアさんを応援しましょうか!」



 シルヴィアの試合相手は2年生のBクラスの女の子だった。自信に満ち溢れているというわけではないが、相手が下級生ということで、いくらか弛緩しかんした雰囲気に感じられた。シルヴィアは自分の魔道媒体の杖を胸に抱え込みながら集中しているようだ。


「ではこれより試合を開始します!お互いに正々堂々全力を尽くすように!・・・始めっ!!」


 審判の教師の宣言のもとに試合が始まった。その合図を聞くと同時に、2人とも魔法を発動した。


「いけ~!!〈水の弾丸ウォーター・ブレッド〉!」


相手は水魔法の才能持ちだろう、第二位階水魔法を放ってきた。対するシルヴィアは未だ召喚の詠唱中だった。


(こればかりはしょうがない。先手は取られてしまうが、魔獣を召喚するまで持ちこたえれば逆転の芽はあるだろう)


 相手は命中の精度に重きを置いているようで、初回の魔法はその一発だけで連続して撃ってはこなかった。相手の狙い違わずオブジェの1つに命中して、破壊されてしまった。その時点でようやくシルヴィアは3匹のフォレスト・ウルフを召喚することが出来た。


「ここからだ、頑張れシルヴィア!」


「まだ焦る状況ではないですよ!落ちついて!」


メグと一緒に応援すると、彼女に少しだけ笑顔が見えた。


「みんな、お願い!あの円筒のオブジェを壊して!」


 どうやらシルヴィは防御を捨てて、全力で攻撃に専念させるつもりのようだ。相手が命中率を上げるために単発で魔法を放っているので、一斉に攻撃に移せば3匹の魔獣に対応できないと考えたのかもしれない。


(意外とシルヴィアって思いきりが良いんだな。細かく戦略を考えたというよりは、感覚でやっているようだけど、それが逆に良いのかもしれないな)


 そう思った僕の考え通り、相手は3方向から迫り来る召喚獣のどれから対処するか迷っているようだった。逡巡の後に相手は〈水のウォーター・アロー〉を連射して、精度を捨てて数で迎撃することを選択したようだった。


「くっ、当たりなさいよ!」


 最初にオブジェを当てた命中精度はどこにいったのか、焦って放っている魔法はシルヴィアの召喚獣にはなかなか当たっておらず、ついに自分のオブジェまで攻め込まれていた。ただ、近づいたことで狙いやすくなったのだろう、1匹の召喚獣に魔法が命中し、黒いもやとなって消えていった。


「よしっ!」


「みんな、頑張って!」


 1匹倒したことで少し安心してしまったのだろう、対戦相手は安堵の息を吐き出したが、召喚獣はまだ2匹いる。シルヴィアがすぐに指示を出すと残りの召喚獣がオブジェを次々に破壊していっている。


「や、やめろー!くそっ!このっ!」


 悪態をつきながら水魔法を召喚獣に放っているが、うまく円筒の影に隠れることでその攻撃をかわしており、逆に相手は自分の攻撃がオブジェに命中してしまい自爆している。召喚獣をここまで近づけてしまったことで既に勝敗は決してしまったようで、数分後には審判からシルヴィアの勝利が宣言された。



 このトーナメントの試合はすべてそうだったが、最後はお互いに遺恨いこんを残さないようにと試合後には握手をしている。シルヴィアも相手に近づいて恐縮しながらも握手を求めていた。


「あ、あの、ありがとうございました」


「ふ~、負けたわ。まさか、召喚獣がこんなに厄介だったなんて知らなかったわよ。この後のトーナメント頑張りなさいよ!」


「はい!ありがとうございます!」


2人共に笑顔で、相手は負けたにもかかわらず相手にエールを送っているという、見ていて気持ちの良い試合だった。


「おめでとうシルヴィア!」


「おめでとうございますシルヴィアさん!」


「あ、ありがとうございます!まさか勝てるなんて思ってもみなかったです!これも一緒に召喚獣の契約に協力してくれたダリア君のおかげです!!」


 とびきりの笑顔で僕に感謝を伝えてくるシルヴィアは、とても可愛かった。その隣でメグは少しつまらなそうな表情をしていた。



 シルヴィアの試合のあと、メグの試合まではまだ時間があったので、演習場を見渡していると、少し遠くの方にフリージア様がいるのが見えた。


「あそこにいるのはフリージア様ですね。ということは・・・」


「王子が試合をしているのでしょうね」


 僕とメグはお互いにどうしますかという意味合いで見つめ合った。あれほど平民を見下していたので、本人の実力はいか程なのだろうという好奇心と、こちらの姿が認められることで余計な事に巻き込まれたくないという思いがあった。


「あ、あの、一応フリージア様に挨拶にいきますか?」


シルヴィアは王子については特に何とも思っていないようで、そんなことを言ってきた。マシューもあんなことを王子に言われても特に顔色を変えてもいなかったようなので、平民にとっては普通の出来事だったのだろう。


「・・・じゃあ、行ってみようか」


僕が了解の返事をして、フリージア様のもとにゆっくりと歩いていった。



 その試合会場で行われていた内容は、見ていて気持ちのよいものではなかった。魔法コースと違って剣術コースは木剣による試合で、相手が敗けを認めるか、審判が続行不可能と判断した時に試合が終わる。しかし、対戦相手を王子はなぶるるように痛めつけ、大した傷は負わせずに、体力を消耗させるだけで降参させまいとしていた。審判もこの程度のかすり傷では止められないようで、ただ見ていることしかしていない。


「私はこういう戦い方をする方はあまり好きではありませんね・・・」


 王子の戦い方を見てメグがボソッと呟いた。幸いその言葉を周りには聞かれていないようだった。立場としては大丈夫だろうと思うが、王子相手の不敬な言葉となると、発言に気をつけなければならないだろう。


 王子は優位に戦いを進め、攻撃の合間にフリージア様に笑顔を振り撒く余裕も見せている。試合の相手も弱いわけではない動きだが、王子ということもあって思い切った攻めが出来ていないように感じられた。周りを見ると観戦している中には魔法コースのSクラスの生徒もいた。名前は忘れたが、学園に来た初日に通行門で見た貴族の女の子だ。そんな周りの様子を眺め、また試合に視線を戻す。


(出来レースだな・・・)


そう思い、これ以上見るものも無い試合内容に、フリージア様に声を掛けて離れようと考えると、王子の試合を見ているフリージア様が僕らに気づいた。


「あら、皆さんお揃いでどうされました?」


張り付けたような笑顔を見せながらフリージア様は話しかけてきた。


「近くでシルヴィアの試合だったのですが、早く終わったのでどうしようかと辺りを見ると、フリージア様を見かけたものですから声を掛けに来たんですよ」


「ありがとうございます。ですが、皆さんの試合もあるでしょうから、気にしなくても大丈夫ですよ」


僕がそう説明すると、フリージア様がこの場にいない方が良いと思えるような表現で話してきた。


「シルヴィアさんが試合に勝ったのでその報告も兼ねてですが、私達もこの後試合がありますし、おいとましましょう」


フリージア様の言外の想いを正確に読み取ったような返答をメグがする。


「まあ、それはおめでとうございますシルヴィアさん!この後の試合も頑張って下さいね!」


「はい!ありがとうございますフリージア様!」


 そうして僕達は王子に目を付けられないように、足早にその場を後にした。

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