第128話 戦争介入 6


side 宰相


 フロストル公国、エリシアル帝国の使者が王国へ到着してから早くも3日間が過ぎた。帝国の使者との会談は、開戦に向けて条件の折り合いがついてきているが、公国とは今のところ話は平行線のままだ。現状王国としては、帝国との開戦を協議終了の2か月後とし、開戦場所は、帝国側の国境付近の荒野となっている。あとはもう少し戦闘においての各種条件の取り決めが終れば良いだけだ。


 しかし、公国については開戦時期を半年後とした我が国の提案を完全に拒絶してしまっている。半年後から徐々に譲歩して、4ヶ月か3か月後にもっていければ良いと思っていたのだが、「2か月後だ!」と、頑として譲らなかった。公国は帝国の動きも既に掴んでいるようで、こちらが戦線を2つも抱えることを危惧しているにつけ込んで、有利な条件を引き出そうと言う考えが見え見えだった。


(あの兵器を使うにしても、兵力の分散は避けねば・・・くそっ!公国め!こちらの情勢が安定していない事にもかこつけよって!)


 国際法上は、開戦に際して相手国の同意を得ることは必須ではないが、慣例として互いに戦時協定を結んでから開戦となることが一般的だ。これは、非戦闘員への被害を避けるために出来たものだが、守らなかったからといっても非難はされない。何故なら国際法上、相手国に一ヶ月以上前に宣戦布告を出していれば良いのだから。一ヶ月あれば、宣戦布告された国もある程度の対応が出来る。そう、これはあくまでも慣例なのだから。


(しかし、今回はなんとしても公国と戦時協定を結んでおかねばならん!交渉の使者として公国へ直接出向くか・・・。おそらくマーガレット殿下は奴の手引きで国に戻った可能性が高いな。とすれば・・・)


 私は少しでも交渉の成功率を上げるために、娘を使う策を考えた。学園では同じクラスで、マーガレット殿下と共に公国へ行ったこともある。親交の深い娘と王女なら、なにがしかの譲歩を引っ張り出せる可能性があると考えたからだ。更にもう1つ、公国が我が国の改革派閥へ協力していた証拠も押さえている。公式な交渉に使うには弱いものだが、揺さぶりを掛けるには十分だと考えた。この2つでもって開戦時期をこちらの思惑通りに誘導しなければならない。


(そうと決めれば、後の事は次席の者に任せて公国へ出立するべきだな。帝国とはほぼ折り合いはついている。あとは、第一騎士団の【剣聖】にどんな手を使っても一月以内に教会派閥を吸収させて王国の力を一つにすれば勝機はある。それに、いておいた種も役に立つはずだ)


 私は部下を呼び、細かく指示を伝えた後に娘へ公国への出立準備をさせるために動いたのだった。




 公国へ到着してから一週間後には、公国の住民の目を避けるように王族所有の保養地へ向かった。女王からは、メグから聞いていた通りの身柄の扱いとなり、亡命者でありながら現状は客人待遇という微妙な状態となっている。女王は内心を顔に出すことは無かったが、よほど僕の扱いに苦慮しているのか、その顔色からは若干の疲労が見てとれた。


 保養地の場所は、スレイプニルの馬車で2日の所にあるらしいが、メグにお願いして公国の地図を見せてもらい、大体の検討を付けて空間認識で場所を確認した。確認した距離だと2回の〈空間転移テレポート〉で行けそうだったので、馬車は必要ないと伝えたのだった。以前よりかなり使い勝手は良くなっているので、地図さえあればこの大陸中を一瞬で移動できそうだ。


 そして現在、僕とメグ、フリージア、シャーロット、シルヴィアの5人で王族の保養地となっているレスト・シーへと到着していた。


「うわ~!!これが海か・・・綺麗だな~!」


 そこは見渡す限りの白い砂浜、終わりの見えない水平線、降り注ぐ温かな日差しの心地良い、まさに保養地と言える場所だった。しかも、王族所有というだけあって周りにはまったくといって良いほど人が居ない貸しきり状態だった。


「本当に綺麗ですね。私も海をこの目で見るのは初めてですが、本で読んだ以上に壮観な景色なのですね・・・」


「まったくですわ。言葉では言い表せないような気分ですわ」


「ほ、本当にこんなところに来て良いのかな?」


 みんな初めて海を見て、三者三様の意見を言っていた。最後のシルヴィアの言葉に、ここに移動することになったのはあくまで公国側の都合であって、僕達は仕方なしに来たので、遠慮する必要はないと思うと伝えると、「そんなに簡単に割りきれないよ」と言われてしまった。そんなシルヴィアの反応に、みんな微笑ましげな視線を向けていた。


「では皆さん、これからしばらく滞在する屋敷へと行きましょう!少し高台のところにありますが・・・あそこです!」


 メグが指差す先には、この砂浜から少し離れた高台に、シダ系の植物に囲まれた大きな白亜の屋敷が見えていた。その外観はここの景色ととても合っていて、建築した人の感性の高さが窺えるほどだった。さっそく屋敷に移動し、門から大きな屋敷をみんなで見上げた。


「まぁ、素敵なお屋敷ですね!」


「ええ、さすが王家所有の屋敷ですわ」


「・・・・・・」


シルヴィアだけはその屋敷を見てポカンと口を開けていた。平民である彼女にとってみたら、ここに滞在するということに現実感が無いのかもしれない。


 屋敷の前でそんなやり取りをしていると、屋敷の正面玄関が開き、中から白髪の執事が出てきて出迎えてくれた。


「ようこそおいでくださいました、マーガレット殿下、ダリア様、フリージア様、シャーロット様、シルヴィア様。わたくしこの屋敷の管理を任されておりますセバスと申します」


パリッとした執事服を着込んだセバスさんは、僕達に向かって深々と頭を下げた。


「お久しぶりですセバス。これからよろしく頼みます」


「はっ!お任せください。どうぞ中へ」


招き入れられた屋敷の玄関ホールには10人のメイドさんが左右に別れてお辞儀をしていた。


「「「お帰りなさいませ殿下!ご友人の皆様!」」」


 その光景は物語に出てくるような、どこぞの王家の屋敷のようだった。実際に王族所有の保養地のためか、新人のような人物はおらず、みんな一糸乱れぬお辞儀と挨拶だった。人間の僕にとって、エルフはその外見から年齢を計ることは難しいが、その所作から相応の経験年数を積んだメイドさんなのだろうと思わせた。


「皆様には不自由がないように一人一人専属のメイドを付けさせていただきますので、ご用の際は何なりとお申し付けください」


 セバスさんがそう説明すると、さっそくメイドの人達が動きだし、みんなを一人一人部屋に案内するようだった。僕は預かっていたみんなの荷物をその場に出した。メイドさんに驚愕の表情をされてしまったが、落ち着きを取り戻したメイドさんはその荷物を持って部屋へと向かっていった。ちなみに僕にはセバスさんが付いてくれるらしい。この屋敷を管理しているような人にわざわざ世話をしてもらうのは気が引けるのだが、これはメグを始めとしたみんなの要望だったらしい。


「ははは、何でもダリア様にメイドが付くと、そのメイドがダリア様をいてしまう可能性が高いからということでございますよ?」


「は、はぁ?そうなんですか?そんなことないと思いますが・・・」


「ダリア様、女性の扱いの心得を一つお教えしましょう」


「あっ、是非教えてください!」


「それは、女性の心の機微きびに敏感であれということです」


「心の機微ですか?」


「はい。ダリア様ほどの人物であれば洞察力は相当のものでしょう。自分の言動に女性がどんな表情や仕草をしたかよく観察することです。今までの経験もあれば、きっとそこに答えはありますよ?」


「な、なるほど・・・」


「しかし、気を付けねばならないのは女性は時に嘘を付くということでございます」


「嘘・・・ですか?」


「ええ、怒っていないと言っても実際は怒っていたり、良いと言ってもダメだったりと・・・女性とは男性に自らの本心を察して欲しい生き物なのですよ」


「そ、それは難しすぎますよ・・・」


「ははは、ですので経験していくことが重要なんです。剣術や武術の鍛練と一緒でございます」


そう朗らかに笑うセバスさんに部屋へと案内してもらいながら、屋敷の構造についても色々と教えてもらった。


「ではわたくしはこれで失礼します。ご用の際にはそちらに置いております魔具を押してください。可能な限り直ぐに参りますので」


「分かりました。ありがとうございます」



 一人になって案内された部屋を見渡すと、中々の広さだ。落ち着いた雰囲気の部屋にはクローゼットやテーブル、大きなベッドが置かれているのに狭さを感じることがない。かなり余裕をもった部屋の作りになっていた。差し当たってすぐに使いそうな服をクローゼットに押し込み、これからどうしたものかと考えていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。


「ダリア様よろしいでしょうか?」


訪れたのはメイドさんの一人だった。


「はい、なんでしょう?」


「皆様が海で羽を伸ばさないかと言っておりまして、ダリア様をお呼びするよう仰せつかっております。ご同行願えませんか?」


「海で羽を伸ばす・・・遊ぶってことですね。もちろん良いですよ!」


「ありがとうございます。では、こちらの服に着替えていただけますでしょうか?」


メイドは紺色のズボンのようなものを手渡してきた。


「これは?」


「水着という、海で遊ぶための服でございます」


 確かに、普通の服を着て海で遊ぼうものなら濡れてしまって大変だろう。その為の服ということなのだろう。


「分かりました。これを着ていけば良いんですね」


「はい。着替え終わりましたら、先に先程の浜辺に行っていて欲しいということです。女性は着替えに時間が掛かりますので、あまり待たせるのは心苦しいからと」


「・・・そうなんですね。じゃあ着替えたら先に行っていますので、みんなによろしく伝えてください」


「畏まりました。では、失礼いたします」


 一礼して去っていくメイドさんを見送って、着替えを済ませる。


(あれ?上は着ないのかな?まぁ、水に濡れてしまうことを考えればこれで良いのか)



 渡された水着という服は、膝丈ほどのズボンだけだった。それから言われた通りにさっきいた浜辺へと移動した。そして、浜辺で待つこと数十分、着替え終わったみんながゆっくりと歩きながらこちらに向かってきているのが見えた。


「・・・えっ!?」


 みんなのその姿に僕は目を見開いて驚いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る