第190話 ヨルムンガンド討伐 28

 「そう簡単に逃がすわけがない」と不吉な言葉を言い放ったヨルムンガンドは、嗜虐的な笑みを僕に向けた直後、姿がブレる程の高速の動き出しでみんなに襲いかかろうとした。


「くっ!みんな私の後ろへ!」


「「「はい!」」」


奴の言動から襲いかかってくることを予想したジャンヌさんだが、武器がないため、武術の構えを取りながらみんなを自分の背後に庇うように動き出そうとしている。しかし、とても間に合いそうにない。


「させるかっ!!」


僕も当然奴の動きは分かっていたので、みんなとヨルムンガンドの間に割り込む形で奴と対峙する。先程と同じ要領で〈雷鳴〉を使って一瞬の足止めを試みるが・・・


「甘いわ!同じ手を喰らうわけなかろう!!」


そう言うと、奴の持つ漆黒の剣が形状を変えて盾のように広がり、〈雷鳴〉を全て消し去ってしまった。それと同時に、僕とみんなを全方位から取り囲むような魔力を感じた。それは、僕の使った〈紅炎爆発プロミネンス・フレア〉を思わせる魔力制御だと分かる。


(不味い!まさか遠隔で発動出来るなんて!)


奥歯を噛み締め、焦燥感に駆られて周りを確認すると、ジャンヌさんは気丈にヨルムンガンドを見据えているようだが、その表情は焦りを感じさせるものだった。メグ達も自分達の置かれている状況を察しているようだったが、その表情は恐怖と言うよりは悔しさを滲ませているようだ。


「注意が散漫だぞ!!」


 周囲へ意識を割いていた僕に、ヨルムンガンドの怒声が響く。既に袈裟斬りに刃を振り下ろしている状況で、みんなの周囲を囲んでいる〈紅炎爆発プロミネンス・フレア〉を爆発させられたら、爆発の衝撃は抑えられても漆黒の剣の対処が難しいだろう。しかも奴が放つ〈紅炎爆発プロミネン・フレア〉が僕と同等程度の威力ということはないだろう。数段階上の威力があると思って防がなければ痛い目を見るのは明らかだ。


(爆発に最低二重の展開が必要になると、とても奴の剣を防げない・・・やるしかない!)


刹那の逡巡で決意を固めると、唇を噛み千切り、その血を媒介に力を顕現させる。


(みんなを守る!!その幸せを、命を、僕が守るんだ!!)



 瞬間、手元に深紅の輝きが溢れだし、〈祈願のつるぎ〉が現れる。僕はその銀色の剣を構えてヨルムンガンドの斬撃を迎え撃つ。奴の剣と斬り結ぶ瞬間、剣の能力でみんなを取り囲んでいる〈紅炎爆発プロミネンス・フレア〉を空間ごと消滅させる。


「セアアアァァァ!!!」


「むぅぅん!!」


『キィィィィィン!!!』


お互いの剣が接触すると、力が拮抗しているのか、甲高い音と共に白銀と漆黒が混じりあっているような閃光が辺りを包んだ。その光は決して混じり合うことがなく、お互いの存在を主張するように、どこまでも激しく輝いている。


「クハハハ!そうだ!その力だ!我と戦うには己の全てを掛けてもらわねばな!!」


「笑っていられるのも今のうちだ!この力でお前を倒す!!」


「良いだろう!やれるものならな!」


「セアアアアァァァ!!!」


 僕の作り出した〈祈願の剣〉は、奴の漆黒の剣と斬り結んでも消滅を免れている。それどころか、2戟3戟と剣戟を繰り返しても、十分に渡り合っているほどだった。しかも、この剣の能力で空間を詳細に把握しているため、次に奴がどう動くかの未来がはっきりと見てとれる。本来攻撃に適さない【時空間】の才能が、この剣を使用すると僕の認識した場所の〈時間〉と〈空間〉を消し飛ばす事が出来るのだ。


それは、剣で斬るということではなく、存在の否定。まるでその空間に存在したものは最初から無かったかのように消え去る力だった。最初はその大きな力の制御が難しく、奴のいる空間を大きく指定して消し飛ばして、周りの地面や岩などが消えていたが、次第に制御もなれ、今は的確に狙いを付けることが出来ている。


 しかし、この力を持ってしても奴には致命傷を与えることはできなかった。過去に戻り、最適な攻撃手段を繰り出そうともそれは変わらない。まるで、僕の力をその漆黒の剣の能力で消滅させているようだった。


(くっ!確かあの剣の能力は消滅の力が具現化したものだと言っていた。あの剣を何とかしないことには、本体にこのつるぎの能力が届かない!)


僅か数秒で雨霰あめあられと斬戟が繰り返された攻防の後、そう結論付けた僕は、ヨルムンガンド本体ではなく、まずあの手に持つ漆黒の剣についての考えを巡らす。


(僕の〈祈願の剣〉の能力も時間と空間を消し飛ばす事が出来るという意味では奴の剣と同種の能力だ。剣同士では斬り結べていても能力は消されている?・・・違う。打ち消しあっていると考えた方がしっくりくる)


もし、時間と空間を消し飛ばす能力が消滅させられているのだとしたら、奴の剣の能力の方が上ということになる。それならば、剣で斬り結んでも結果は同じで、僕の剣の方が消滅させられてしまうはずだが、実際は正面から斬り結べている事を考えれば、互いの同種の力を相殺し合っているのではないかと考えられる。


(つまり、小細工は不要!真っ向からの剣技でねじ伏せる!!)


 互いの剣の能力についてそう結論付けた僕は、今まで放っていた空間を消し飛ばす能力の行使を中断し、純粋な剣の技でもって奴に猛攻を仕掛けた。


「〈火珠銀華かじゅぎんか〉!!」


自分の中で出せる最速の連続剣技を叩き込む。それはさながら剣戟の嵐。自分の限界が来るまで止める事の無い一手を繰り出す。


「ぬっ!」


今までの小細工を労した戦い方から一転した僕の猛攻に、少し戸惑いの表情を見せたヨルムンガンドだったが、僕の絶技にもしっかり反応されてしまっている。だが、ここまでの攻防で、剣術については奴はそれほど腕があるというわけではない事は分かっている。ただ、元々の圧倒的な膂力りょりょくと早さでもって剣を振るっているだけで、技のキレや次の動きに繋げるたい捌き、足の運びなどはジャンヌさんの方が動きにムダがないほどだ。



 『キンキンキン・・・』と連綿と続く攻防の中、僅かにではあるが僕の攻防が優位に押し進められ始めていた。既に1秒先の未来を見る余裕もないほどの中、奴も僕の猛攻を掻い潜りながら反撃を仕掛けてきてはいたが、徐々に防御に回るようになってきていた。やはり剣術で見ると僕の方に一日いちじつの長があるようだ。


「セエエェェェイ!!」


「甘いわ、小僧が!!」


僕が優位になってきた状況で、渾身の一撃を見舞おうと大振りのをした袈裟斬りに、奴はまんまと反応して突きでの逆襲を狙ってきた。漆黒の刀身がその長さを延ばし、僕の喉に達する瞬間、身体を回転させてその突きを躱し、遠心力を上乗せした回転斬りを無防備になった奴の右脇下から切り上げるように放った。


『ザシュ!!』


「グヌゥ・・・」


「・・・・・・」


 右腕の付け根から上を斬り飛ばす気で放った斬戟は、奴が寸でのところで反応したことで、漆黒の剣を持っていた右腕ごと斬り飛ばすだけに留まってしまった。出来れば今の攻防で首まで斬り飛ばして決着を付けたかったのだが、奴とてそう簡単に死んではくれないようだ。


「ちっ!」


舌打ちをしつつ間合いを取り、呼吸を整える。右腕を斬り飛ばしたところで僕の限界が来てしまったので、追い討ちが仕掛けられなかったのだ。絶技は身体に対する負担も大きい。ここまで連続するのは初めてだったが、それでも奴を討伐する一筋の光が見えたと感じた。


「クハハハ!まさか我の腕を斬り飛ばすとは・・・大言壮語ではなかったようだな。なかなか楽しめたぞ!では、次の攻防が最後となるだろう!我も全力を出す!見事我を満足させてみせよ!死ぬようでは、そこの女共も含めてこの大陸ごと消し去ってくれる!」


 間合いをとった直後に奴の身体が黄金に輝き、あっという間に右腕は再生されていた。その状況に歯噛みしながら見ていると、奴から戦いの最終宣告を告げられた。その言葉に、ヨルムンガンドとの一連の攻防で、遠くまで引き離すことが出来たみんなの方に視線を向けた。


(覚えている・・・まだ消えてない!でも、どうしてだろう・・・大切な何かが足りない気がする。僕は何でこんなにも彼女達の事が大切なんだろう・・・)


みんなの姿を見たことで、自分の中にある大切なものが消えていることが分かってしまった。でも、何を失ったのかは分からない。彼女達との記憶にポッカリと穴が開き、その違和感から失ったんだと推測することしか出来ないのだ。


(あぁ、何故だろうな・・・メグ、フリージア、シルヴィア、ティア、ジャンヌさん・・・。僕は今、みんなを抱き締めたいよ・・・)


不意に頬をつたう涙に気づいた。想いが消える不安、恐怖、怯えから、寂しさを感じてしまったのかもしれない。みんなと過ごした幸せな日々の記憶が少なくなっている。そのことに、どうしようもなく心細くなってしまった。


「クカカカ!どうした!?恐怖しているのか?その力の代償に!そんな心の有り様では、死ぬぞ!!」


僕の様子にヨルムンガンドは不満げにそう指摘した。すると、離れているはずのみんなの声が、何故かはっきりと聞こえてきた。


「「「ダリア(君)ーーーー!!!!」」」


「っ!?」


その声に、俯いていた顔を上げてみんなを見つめた。


「思い出して!たとえ全てを忘れても、私はまたあなたを好きになる!!」


「信じています!あなたを!あなたの心の強さを!!だから私達の事も信じてください!!」


「あなたは何度も私を救ってくれた!命も、心も!あなたが挫けてしまいそうなら、今度は私が、私達があなたを守る!!」


「ん!力になる!だから、勝って私達の所に帰ってきて!!」


「肩を並べることは出来なかったが、私達の想いは常に君と共にある!!」


メグ、フリージア、シルヴィア、ティア、ジャンヌさんが風魔法を併用してか、その言葉を僕に届けてくれた。しかし、何故かその言葉に不安を覚える。それはその声が、確固とした覚悟を感じさせるものだったからだ。


「み、みんな・・・何を?」


何かをしようとしているのは分かった。〈祈願の剣〉の効果で、遠くにいてもその一挙手一投足が手に取るように分かるからだ。そこから認識した光景は、みんなが祈りを捧げているような姿勢で跪いている。


「ま、まさか!!?」


 そして、遠目からでも分かるくらいの深紅の輝きの奔流が、彼女達を中心に辺りを包み込むように放たれた。

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