第16話 冒険者生活 6

 買い出しから宿屋に戻り、ローブをクローゼットにしまおうとすると寝巻きがあることに気づいた。メモも置いてあり、朝に受付の籠に出してくれれば洗ってくれるらしい。

テーブルに座り一息つきながら串焼きを頬張る。オーク串は脂っこさはあるものの、さっぱり目のソースと合わさっていくらでも食べれるくらいだった。おまけも入れて6本の串を絶え間なく口に運び、しばらくモグモグと自分では作れない味の料理に舌鼓したづつみをうちながら明日以降の動きの予定を考えていく。


「まずは掲示板を見てどんな依頼があるのかと、周囲の魔獣の生息分布を知っておこう。師匠の地図だと王都から10km程北に行くとギルダの大森林への入り口があって、更に大森林を北上していくとドラゴンが住むと言われている霊峰山脈れいほうさんみゃくか・・・まずは森で魔獣を狩ることになるかな」


空間魔法で収納している魔獣の素材を売ってお金を稼ぐという手段もあるが、この辺りにどんな魔獣がいるのかまだ良く分かっていないので、無用な騒ぎを起こさないためにまずは確認してからにしようと考えた。


 しばらく明日からの装備の確認や、今日買ったリュックの確認などで時間を費やしていると日も沈んできて夕食の時間になった。廊下から多くの人の足音が聞こえてきたので、おそらくは食堂に移動するのだろう。今までの生活では時間の確認は太陽の位置で計っていたが、今後は細かい時間の確認も必要になるかもしれないと考えると、時計が必要になりそうだなと思った。


「実家に居た頃には大きな時計があったし、庭師の爺ちゃんでも懐中時計で時刻を確認していたなぁ。明日の稼ぎ次第で買っておこうかな」


食事の時間をより正確に知りたいという思いからだったが、冒険者としても必要になるかもしれなかったので明日の予定に時計の購入も入れようと考えた。


「さぁ、ご飯食べよ~!」


 食堂に着くと既に多くの人でにぎわっていた。入り口付近でどこのテーブルに座ったものかと考えていると、カレンちゃんが駆け寄って声を掛けてくれた。


「あ、あのダリア様!ご案内しましゅ・・・します!」


言葉を噛んでしまうのは癖なのか、自信の無い表れなのか・・・見た目も相まって応援してあげたくなってしまう。


(なるほど、確かに看板娘だ)


 通されたテーブルに座るとすぐに食事を持って来てくれた。今日の夕食は豆のサラダに鶏ガラベースの具沢山スープ、野鳥のステーキと説明してくれた。さらにパンはおかわり自由なので足りなかったら声を掛けて欲しいと言われた。カレンちゃんにお礼を言ってさっそく食事にありつくと、実家で食べていた食事と同じくらいの美味しさで驚いた。特に野鳥のステーキはピリッとした辛みが鳥の油のしつこさを和らげてとても美味しかったので、それをおかずにパンを2回おかわりしてしまった。


 お腹も膨れたので食堂に居る人たちを見回してみてみると、今日絡まれたオッサンの様な粗野な服装や外見の人はほとんどおらずマナーもしっかりしているようで大声で話していたり、お酒を飲み過ぎて暴れるような人もいないようだった。


(なるほど、門番のお兄さんの言う通り料金が高いこともあって人を選ぶ宿屋なのかもしれないな)


 食事も終わったので自室に戻り、浴室にお湯をためて入浴をして1日の疲れを癒す。


「はぁ~・・・1日の最後はこれだなぁ・・・」


しばらくお風呂を堪能し、寝巻きに着替えてベッドに入ると新しい生活の始まりに精神的に疲れていたのか、すっと眠りに落ちていった。



翌日ーーー


 朝、冒険者協会へ向かうと、昨日の閑散とした雰囲気が嘘のように広いロビーは人で埋め尽くされ活気で溢れていた。5つある窓口は全て埋まり、装備を整えている冒険者達がみんな手に依頼書と思われる紙を持って並んでいた。


一先ずどんな依頼があるかを確認する為にボードを眺める。


(街道に蔓延はびこるゴブリンの討伐にオーガの素材の納品・・・護衛依頼、凄い種類だ!)


 常時募集には薬草の採取や野鳥、獣肉、食用可能な魔獣の肉の納品、魔獣の牙や角、心臓等があった。ただ常時募集の報酬は割安なものが多く、薬草だと1kg銅貨1枚、肉系統だと高くてもミノタウロスで肉1kg銅貨3枚程だった。しかもミノタウロスは銀ランク推奨となっているので魔獣が討伐出来る実力で、素材の状態も考慮した倒し方が出来なければ、駆け出しの冒険者にとってはお金を稼ぐのは大変なんだろうと察することが出来た。


(4人部屋の安宿でも1日銀貨2枚って言ってたし、宿代と食費だけでも1ヶ月金貨1枚は使う。装備の購入や整備、怪我の治療を考えれば月に金貨3枚以上は稼がないと不安だろうなぁ)


単独で魔獣討伐出来ればいいが、チームで動くとなるとその分報酬を配分するわけだから、一人当たりの報酬は目減りしてしまう。例えば4人チームの目標が月に金貨12枚だとすると、ミノタウロスの肉で考えれば、月に4tの量を納品しなければならない。


(3m級のミノタウロス2体から採れるお肉の可食部が大体150kgだから、毎日そのくらい納品が必要と・・・常時募集では効率悪過ぎだな)


あまり人の事を考えてもしょうがないので、本来の目的だった僕が住んでいた森で討伐した魔獣はここの森にも生息しているという情報を確認できたのはありがたかった。


(これなら溜め込んだ素材の買取りも不自然無く出来そうだ)


まだボードに残っている依頼を見ると、上級魔獣の討伐やその素材の納品が大半で、なかなか受注する冒険者が居ないのだろう。


(三つ星までの依頼はすぐに無くなる感じかな。逆に五つ星の依頼なんかは紙が日に焼けていてずっと貼られている感じだ)


ボードには霊峰山脈のドラゴンの牙や鱗等の納品依頼が古ぼけた紙で貼られていて誰も受注する様子はなかった。

今のところ僕のランクで受注出来る依頼はもう残って無かったので、仕方なく常時募集の依頼をこなすために協会をあとにした。



 外壁から王都外に出ると昨日の門番のお兄さんが今日も哨戒しょうかいに立っていた。僕を見つけると気さくに声を掛けてくる。


「よぅダリア君じゃないか!さっそく冒険者になったようだね」


「はい!お陰さまで今日から依頼をこなそうと来ました!」


「そうか、お金に余裕があるなら門の前から森まで乗り合い馬車が出てるから使うと良い!帰りも素材が持ちきれないようだったら、素材を担保にお金が無くても使えるぞ。片道銅貨5枚だ!」


そう言われて門の前から少し離れた広場に3、4台の馬車が停まっており、冒険者達を乗せていた。とは言え僕は走った方が早いので、教えてくれた事に感謝してお兄さんに手を振って走り出した。


 10分程走り続けると多くの馬車が停まっている場所に冒険者達がいたので、ここがギルダの大森林の入り口だと分かった。さらに森へと続く道の脇に汚れた突貫着を着ている子供たちが荷車と一緒に何人も座っていた。みんな一様に銅の認識票を付けているので、おそらくこの子たちがポーターと呼ばれる荷物運びをしてくれる子達なのだろう。そんな子達を横目に森へと踏み込んでいき、少し入ったところで狩りの効率を上げるため使い魔を召喚する。


「『我の求めに答えよ、契約の名の元に現れいでよ、その名はフォレスト・ウルフ』!」


常時募集の中で肉類はミノタウロスが高かったので使い魔に探させる。数分で2m位のメスのミノタウロスを見つけた。ミノタウロスは牛系統の魔獣で主な攻撃はその豪腕で殴り掛かってくるか、武器を使う個体もいる。動きも機敏で気を付けないと撲殺されて餌食になってしまうという。

目の前の個体は素手が主体らしく手ぶらだ、胸部が脂肪の塊で邪魔のようだが、剣で討伐する場合にはその脂肪に邪魔されて急所まで届かないらしい。


「今回は魔法で片付けよう。〈風の刃エア・カッター〉!」


僕の魔法は寸分違わずミノタウロスの首から上を切り飛ばし周囲に血の雨を振らせた。さらにそのまま手早く解体して、各部位のお肉と心臓に分けて買っておいた袋に包み背中のリュックに入れていく。


「う~ん、これだけでリュックの半分以上を使うのか・・・空間魔法を使わないと大変だな」


一般の冒険者のようにやってみようとしているのだが、ハイドラさんが言うように荷物運びのポーターが居ないと中々稼げそうにない。


「素材として高額で買い取ってくれる牙とか角を狙っていこう!となると・・・オーガが手っ取り早いな」



 討伐の方針を変えてオーガやファング・ボアの角や牙を中心に狩りを行っていく。いちいち討伐するのも面倒だったので、弱めの〈浸透打しんとうだ〉で昏倒させてから素材だけ切り取っていく。

お昼前にはリュックの中もパンパンになってしまったので、戻ろうとした時に3m級のオークを見かけて屋台のおじさんとの話を思い出す。


「もうリュックに入らないし、一匹丸ごと持っていこう」


オークとすれ違いざまに〈浸透打しんとうだ〉を叩き込み一撃で討伐してそのまま持ち上げてさっさと大森林を後にする。

入り口まで戻ると馬車が1台停まっていて、御者のおっちゃんが僕の事を目を丸くして驚いて見ていた。


「お、おい凄いな嬢ちゃ・・・ボウズ!乗っていくか?」


(こういう時は乗ってくのが普通かな・・・)


「はい、お願いします!」


 銅貨5枚を渡して荷台にオークを置き、馬車に乗ると既に他の銅ランク冒険者が3人俯きながら乗っており、僕が乗ると馬車はゆっくりと出発した。せっかくなので他の冒険者達とコミュニケーションを取ろうと話し掛けた。


「こんにちは!僕はダリアと言います。皆さんもお戻りですか?」


僕が明るく話し掛けると、剣士と思われる装備をした青年が応じてくれた。


「あ、いや、装備が破損してしまってね、急遽きゅうきょ戻ることにしたんだよ。それに負傷者も出てしまったから今日はもうね・・・」


予想外に暗い雰囲気になってしまった。奥に乗っている小柄な女の子をよく見ると、魔法師のようで杖を抱えていた。その隣の槍使いと思われる男性は俯いているのではなく、胸を押さえて痛みに耐えているのだと気付いた。主武器が疑問なのは槍と思われる武器が真っ二つに折れて穂先も無いからだ。


「大変だったんですね、どんな魔獣だったんですか?」


「3m程のファング・ボアだったんだ。大きいから肉や牙を売ればそれなりの稼ぎになると思ったんだが・・・自分達の実力が足らなかったんだよ」


ファング・ボアは確か二つ星難度になっていたはずだが、銅ランクだと3人チームでも難しいものなのだろうか。僕には気の効いた言葉が浮かばなかったので、そのまま暗い雰囲気のままに外壁に到着した。


 馬車の3人に別れを告げると、荷台に乗せていたオークを担いで門から王都へと入る。オークが大きいので担いでいる僕はほとんど隠れてしまって、通行人から死骸が勝手に動いているとちょっとした騒ぎになってしまった。


昨日の屋台のおじさんに会いに行くとまだ昼前だからかお客さんはまばらだった。オーク一頭を丸々掲げて行くとおじさんは驚いていた。


「な、なんだなんだ!?」


「おじさんオーク持ってきたよ!」


掲げていたオークをドサッと下ろして顔を見せる。


「お、え?ダリアか?お前さんよくこんな丸ごと持ってきたな!」


「大人の人は内蔵も食べるって聞いたけど、どれか分からないから、とりあえずそのまま持ってきたよ!解体するならすぐにやるよ?」


「いや解体はこっちでやるからここに置いときな。後で店の手伝いに運ばせるからよ。この大きさだと200㎏位か・・・取れる肉は100kg、モツが20㎏程だから、相場だと大銀貨2枚と銀貨2枚程度だが大銀貨3枚で買い取ってやるよ!」


おじさん曰く相場と比べると銀貨8枚分のおまけという感じで買い取ってくれるという。懐からお金を取り出し僕に渡してくれた。


「ほれ、1本食べてきな!」


サービスで肉串もくれたおじさんにお礼をして、剥ぎ取った素材を換金すべく冒険者協会へと向かった。

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