第30話 冒険者生活 20

 スタンビート討伐作戦当日、時刻は午前7時。外壁前の広場は完全武装の騎士達の熱気に包まれていた。

その数は約4000人で、全体の1000人弱が魔法師、3000人強が近接戦の剣士や武術師、30人ほどが神殿から派遣された治癒師と、その護衛の聖騎士が50人だ。対する魔獣達は、最終的にその数を8000匹まで増やし、約6000程がゴブリンやオーク、オーガなどの下級・中級魔獣、残りはフェンリルやケルベロス、グリフォンなどの上級魔獣で構成されている。僕は治癒師の護衛する聖騎士の中に混じって、出陣に向けた士気高揚の掛け声をぼーっと聞いていた。


 台の上に立ち、声を張り上げ騎士達を鼓舞しているのは今回の無謀な作戦の元凶であるオーガスト王国第一王子のゲンティウス・オーガストその人だ。その容姿は、耳まで掛る金髪に端正な顔立ちをした王子然とした姿だった。背丈は160cm程で、僕と一緒でまだまだこれから十分成長する余地のある身長だった。


そんな感じで王子の観察をしていると、いよいよ演説も佳境に入ったらしく、最後に今までで一番大きな声と共に拳を振り上げていた。


「我らの勝利に女神の加護を!!」


「「「おーー!!」」」


周りにならって僕も一緒に拳を振り上げ、掛け声を上げておいた。この『女神の加護』というのはこのオーガンド王国で信仰されている宗教[フローラ教]が豊穣を司る女神をあがめているからだ。宗教にはあまり興味が無かったので、師匠から教えられている時にもそれほど真剣に聞いてはいなかったが、この大陸の5つの国はそれぞれの神を信仰しているという事だった。そのせいでもあるが、国同士の争いは時に宗教戦争の様相を呈しているらしい。


 士気高揚も終わり騎士達が馬車に乗ったりと出発準備を始めていると、演説をしていた王子がチームを率いて僕のいるフリージア様のチームの方へと近づいてきていた。


(婚約者だって言うからフリージア様が心配で声を掛けに来たのかな?)


そう考えた僕の思惑は外れて、王子は真っすぐに僕の方へと向かってきていた。その表情には若干苛つきのようなものが見て取れた。相手は一応王族の為、周りに合わせて僕も片膝をついて臣下の礼を取っておいた。


「お前が冒険者協会から派遣された護衛か!ふん、女みたいな顔して本当に金ランクか?まぁいい、お前の出番などないが、せいぜい周りの足を引っ張るでないぞ!」


そう言いたい事だけ言って王子はフリージア様に特に声を掛けることも無く去って行った。その様子は余裕がないのか周りが見えていないのか、焦りのようなものが感じられた。


「さて、こちらも準備しますか」


 治癒師の陣営は後方のテントになっているので、大森林入口付近の広場が持ち場となっている。戦いが始まれば多くの負傷者が運び込まれてきてしまうので、その前に動く必要がある。


フリージア様の持ち場となるテントは周りと比べても3倍はあり、用意されている負傷者用の敷物も大量だ。なんでも、才能の1つに【広域化】があるらしく、本来は一人一人に施す必要がある治癒をその才能を用い、多くの負傷者を第三位階光魔法でも一気に治せるらしい。


側仕えの一人に僕の銀色のローブを渡し、替えの黒いローブをフライトスーツの上から着込んでいるとフリージア様が話しかけてきた。


「ダリア君、側仕えの2人で交互に変装して貴方を演じますが、光魔法の〈幻影イリュージョン〉をするのも1、2時間が限界です。彼女達は治癒の仕事もしなければなりませんから、2人で稼げる時間は2~4時間程度。つまり―――」


「それまでにドラゴンを見つけて討伐しなければならないと言うことですね!」


「大変困難な事をお願いしますが、よろしく頼みます!」


「分かりました!ところで、殿下はいつもあんな感じなのですか?」


先程の王子とのやり取りを見ていたはずのフリージア様に聞いてみる。


「・・・昔はあんな風ではありませんでした。ただ、色々とあって焦っているのでしょうね・・・」


どうやらいろいろと複雑な事情があるようで、平民の僕には関係ない話だろうし、関わっても薮蛇になりそうだったので、この話しは終わりにした。


「すみません、変なことを聞きました。では、時間もないようですので行ってきます!」


「はい、御武運を!」



 テントを出ると人目がつかないように森の中に入っていき、予め用意しておいた少し艶のある黒い仮面を着けて大森林の奥へと移動していく。時間が限られている為、出会う魔獣は無視して深層へと急いだ。今回の相手はドラゴン種のワイバーンなので見つけること事態は簡単だろうと踏んでいる。スタンビートを率いているなら、後方の上空から全体を見渡すようにいるはずだ。

問題はどの程度後方で、どの程度上空にいるのかということだ。


(王子達はどうやって討伐しようとしているんだろう?)


 空を飛ぶ魔獣の討伐は、魔法や弓などの遠距離攻撃で翼を攻撃し、地面に落としてから接近戦で討伐していくのがセオリーだ。ただ、ワイバーンの厄介なところは火魔法が扱える事や、その硬い鱗は第三位階以下の魔法を反射するところにある。


つまり討伐には、魔剣クラスの武器と第四位階以上の魔法が使える魔法師が必須ということだ。王子である彼なら魔剣などの武器は問題ないだろうが、魔法は第三位階の火魔法と聞いているので、チームには優秀な魔法師がいるのだろう。


 そんな事を考えながら移動すると深層までたどり着いていたが、依然としてワイバーンは見つかっていない。埒があかないので闇魔法で使い魔を召喚して探すことにした。


「『我の求めに答えよ、契約の名の元に現れいでよ、その名はフェンリル!』」


この数ヶ月の内に契約していたフェンリルを呼び出し、ワイバーンの索敵をまかす。30分ほど掛ってしまったがようやくワイバーンを発見することができた。


「まさか中層のあんな上空にいるとは・・・」


発見したワイバーンは大森林中層付近で、かなりの上空にいたため僕では気付けなかったようだ。


「あんな場所に居たんじゃ魔法も弓も届かないぞ。フライトスーツで飛ぶしかないが、飛行操作中に魔法は困難だな・・・」


フライトスーツでの飛行は風魔法を発動しながら制御版で操作する。そこに攻撃のための魔法まで使うとなると、3つの事を同時にしなければならないので、集中力が散漫になってしまう可能性がある。相手がその辺の上級魔獣ならいざ知らず、ワイバーンとなると少しの集中の乱れが敗北に繋がるかもしれない。


「翼を切り落として地上で戦った方が良いな」


収納から取り出した銀翼の羽々斬を腰に下げ、上空を悠々と旋回しているワイバーンに向けて飛び立とうとした時、遠くの方から戦闘音が聞こえてきた。


(王子のチームか?思ってたより早いな・・・ドラゴンが中層に居たからその分速かったか。急ごう!)


第四位階風魔法を発動して一気に加速してワイバーンがいる上空へと到達する。勢いそのままに斬りかかろうとしたが、さすがに超級魔獣だけあって気付かれてしまい、4、5mはある巨体に似合わぬ俊敏さでヒラリと躱されてしまった。


「ちっ、急いでるのに!」


身体を反転させるとワイバーンと目が合い、どうも僕を敵とみなして睨んでいるようだった。


「ガアァァァァア!!」


突如ワイバーンが咆哮をあげて、圧倒的なスピードで飛びかかって体当たりしてくるが、僕も数ヶ月練習したフライトスーツを巧みに操り相手を避けると、後ろから魔力の高まりを感じた。振り返ると首だけこちらに向けたワイバーンの大きな顎門あぎとが炎を放とうとしていた。超級であるワイバーンの魔法は第五位階に相当する威力があるので、その口から放たれた炎はまるで壁のような大きさで襲い掛かってきた。


「悪いね、その魔法は貰うよ!」


冷静な判断で愛剣に炎ごと魔力を吸収させると、刀身が見たこともない形状へと変化していた。


「な、なんだ?長さが倍くらいになって、刀身が黒くなったぞ!」


銀色のから黒へ色が変わり、形状もなんだかワイバーンの翼をイメージするような形になっていた。


「切れ味が増すって言ってたけど、形状も変化するのか!?」


「ギ、ギ、キィィィィイ!」


自らの炎が効かなかった事に苛立ちを見せていたワイバーンだったが、何故か僕の持っている剣を見ると怯えた目をするようになった。


「高位の魔獣は相手の脅威が分かると言うが、あいつにとってこの剣は最大限の脅威なんだろうな」


僕自身が脅威と見なされなかったことに師匠との力の差を感じたが、そもそも一撃を入れることすら出来なかったのだ、僕なんて足元にも及ばないだろう。


「だけど、ワイバーンに負ける気はない!」


剣を正眼に構えると、本能なのか身体を反転させ急激に距離をとった。


「逃がすかっ!!」


僕も負けじと第五位階風魔法で加速して一気に背後から距離を詰めるが、ワイバーンは翼を巧みに動かし、変幻自在な軌道で僕の攻撃を躱してみせる。僕も自由自在に飛べてはいるが、加速や減速はボタン操作に依存しているため、単純な速さは僕が上でも機動性はワイバーンが上だった。


(くっ、ただ追いかけているだけじゃダメだ!相手の先を読むんだ!僕がワイバーンだったらどう躱せば次の動きがスムーズに繋げられる?反撃できる?考えろ!)


思考速度を上げ、様々な状況における行動を予測し実行すること数分、ワイバーンがどう動くかようやく予測出来るようになってきた。そして、相手の行動を限定させ僕の剣の間合いに誘い込む。


「今だ!〈6連紅刃戟こうじんげき〉!」


「ギャアァァァァア!!!」


一太刀で6つの斬撃を放つ剣術の上位技を繰り出し、ワイバーンの翼を切り離し、首や胴体に致命傷となる斬撃を加える。その切れ味はするど過ぎるあまり手応えが感じ取れない程だった。翼を切り落とされ、瀕死の状態のワイバーンが地上へと落ちていった。手元の剣を見ると元の銀色の刀身に戻っていた。ただ、戦闘に集中するあまり1つ重要なことを忘れていた。


「しまった、王子のチームは今どこだ!?」


剣を収納し高度を下げて大森林を見回すと、王子のチームはワイバーンの落下地点のすぐ側にいた。


「まぁ、止めは王子達に任せれば良いか」


そう考えた僕は急いでフリージア様のテントに戻っていった。ただ、高度を下げたことで騎士の一人に仮面が光を反射して、飛び去る姿に気付かれていたとは知らぬままに。

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