第七章 神人 編

第106話 オーガンド王国脱出 1


side マーガレット・フロストル


 ダリアがシルヴィアさんの捜索のために学園を出た翌日から、私は帰国の準備をしていた。表向きはオーガンド王国の情勢不安の為の一時帰国となるが、実際のところは、また別にある。


「準備はどうですか?」


「はっ!ほとんど完了致しました!明日の早々には公国から迎えが来るようです!」


「分かりました。明日、迎えが次第ここを発ちます」


「はっ!かしこまりました!」


 そう言うと、私の護衛は部屋を出て扉の前でいつも通りの護衛任務に戻る。既に学園長には公国に戻ることは伝えて、了承してもらっている。内乱状態になった王国に公国の王女が居ることは安全管理上の理由で難しいと言うと、学園長も納得していた。


(実際のところは、お母様が王国の改革派閥に協力していたからだけどね・・・)


 この事が公になると、今結ばれている公国と王国の休戦協定が破棄され、再び戦争状態へと突入することになるだろうが、反乱で弱った王国が、さらに疲弊するような公国との戦争を選択するとは考え難いことでもある。


とはいえ、安全を考えるなら一度王国を離れるべきだろう。私の身柄を王国に捕えられ、公国との交渉材料にされるという可能性もある。


(お母様に反対されても、彼に会いたくて来てしまったから、何としても無事に帰らないと)


そう考え、反乱が王国中に波及する前に、急ぎ王国脱出の準備をしていた。あとは、明日迎えが来れば、少なくとも3日で国境を越えられる。



 翌日、日の出と共に公国からの迎えが到着し、学園を出発した。公国までの行程は順調で、予定通り3日目には国境の検問所に到着した。



 そして、そのまま何事もなく公国へと戻るはずだったのだが・・・


「これはマーガレット殿下、現在我が国は少し取り込み中でございまして、通行許可の確認を行いますので、少々お待ちください」


「何?ちゃんと許可は取ってあります!通行してもよろしいでしょ!?」


「申し訳ありませんが、これも仕事でして。少々お待ちください」


「くっ・・・」


 何度交渉しても相手は首を縦に振ることはなく、公国を目の前に仕方なく馬車の中で待機するしかなかった。



 事態が急変したのは、待ち始めてから2時間が過ぎようとしていた時だった。


「で、殿下!大変です!」


 馬車の周りで歩哨に立っていた護衛の一人が、焦りながらノックもせずに馬車の扉を開けた。


「どうしたというのです!?」


その尋常ならざる雰囲気に、ノックをしなかった無礼を咎めるなど考えている余裕などなかった。


「囲まれております!!」


「何ですって!?一体誰に?」


「おそらく王国の騎士団と、冒険者と思われる一団です。その数およそ50人!」


「くっ・・・もう公国の関与に気付いたというのですか!?いくらなんでも早過ぎます!」


「殿下はこのままここに待機を!我々がなんとか活路を見出だします!」


「ま、待って!私もーーー」


それだけ言い残した護衛は、勢いよく扉を閉めて、外側から鍵を掛けて迎撃に向かってしまった。一人取り残された馬車内で呆然と今の状況を考えた。


(無理だ・・・いくら公国のロイヤルナイツとはいってもたったの4人。相手は50人となれば多勢に無勢だ・・・)


 現状を認識すると、公国へ戻ることはほぼ不可能であるということが理解できてしまった。公国は目前だというのに、おそらく私は捕虜として身柄を拘束されてしまうだろう。


(ダリア・・・王国を混乱に陥れる手助けをしていた国の王女である私を、あなたはどう思うでしょう・・・)


 愛しい人に想いを馳せ、直後に馬車内に雪崩れ込んできた王国の騎士達に私は拘束されてしまった。




 宰相の話の最中に、あまりにも長い話の為、暇潰しに王城の構造を知ろうと空間認識を使用すると、王城の地下にメグが囚われていることを認識した。


(何だ?何だ?どういう事だ?何で公国の王女であるメグが罪人みたいに捕まっているんだ?)


あまりの状況に僕の理解が追い付かない。もしかしたら何かの間違いかもしれないと、何度も空間認識をやり直したが、やはり間違いなくメグだった。


(そう言えば、シルヴィアをさらった奴らがいたのは公国の領土だったし、奴らの口からも公国が関与していることは言っていた・・・)


 つまり、公国が今回の内乱に関与していたとして、公国の王女であるメグを拘束したようだ。それにしても、他国の王女を地下の牢屋に閉じ込めるなんて、この事が相手国に知られれば間違いなく戦争の引き金になってしまうはずだ。


(未だ王国は混乱していると言うのに、これ以上の火種を抱え込もうとするなんて、一体何考えてるんだ?)


今以上の混乱を招けば、王国は衰退するだけでなく、最悪滅ぶ可能性もあるのではないか。だが、その程度の予想を子供の僕がしているのだ、王国のお偉方が考えていないはずはない。


(これも何かの策の一環なのか?いや、別に考えるまでもないな。僕は僕のしたいようにするだけだ)


 ちょうどメグには公国の事で聞きたいこともあったし、救出ついでに聞いておこうと考えた。王国の思惑も公国の思惑も関係ない。僕はただ、一緒に居て楽しい友人達と一緒に居たい。それが今の僕の行動原理になっている。


(まさかこんな状況になっているなんて。戻った時に友人の全てを空間認識しておけばよかった・・・)


 シルヴィアのことがあったので、彼女を中心に空間認識をしていたのが仇になってしまった。とは言え、公国の王女であるメグには4人の護衛もいたはずなのに今は彼らがどこに居るのか分からなかった。正直そんなに交流がなかったので、顔もうろ覚えで空間認識に引っ掛からないのだ。


 僕はさらに認識を広げて、現状出来る最大の範囲で友人がどうなっているのか確認することにした。


(・・・シルヴィアは学園の自室、マシューも同じか・・・ティアは上級貴族街の自宅、フリージア様は・・・ん?下級貴族街の広場?何でそんなところに?)


 そう認識していると、玉座の間の外から大音量のフリージア様の声が聞こえてきた。


『みなさん、わたくしはフローラ教のフリージア・レナードです!本日はみなさんにお伝えしたいことがあり、このような方法でみなさんのお耳をお借りいたしました。少々わたくしの声に耳を傾けて下さいませんか?』


 その声が玉座の間にも響いてきたことで、部屋は騒然となった。


「何だこれは!?」


「一体どうなっている!?」


「どうやってこんな広範囲に声を!?」


 武人や文官の人達は混乱するように口々に今の状況を口にしているだけで、誰も具体的な行動を取っていなかった。そんな中、宰相が一喝する。


「静まれ!!王の御前であるぞ!!」


 騒然としていた玉座の間はピタッと静まり、みんな宰相に注目していた。


「どうやら教会派閥が動き始めたようですな。現時点をもって、この式典を終了します。関係閣僚達は会議室へと集まってください!ダリア・タンジーは退室を許可する。下がってよい!」


 厳しい視線を投げ掛けられた僕は、メグのことも聞きたかったが、状況が状況だったので一応頭を下げて玉座の間を後にした。メイドさんも手にする箱を持ちながら僕と一緒に退出した。


「ダリア殿、王城はこれより緊急態勢に入ると思われますので、このまま門まで案内いたします」


玉座の間を出ると、メイドさんが告げてきた。おそらく彼女の言う通り、これからますます王国は混乱していくのだろう。先日あった枢機卿やギルさんの言葉が思い起こされるが、こんなに早く行動するとは思わなかった。


「分かりました。案内お願いします」


 僕にとってこの混乱は、メグを救出するのに都合が良かったので、一旦王城を出た後に混乱に乗じて侵入しようと決めていた。


 城門への途中、最初に案内してくれたメイドのシエスタさんが案内を引き継ぎ、出口の門まで案内してくれた。


「ではダリア様これを」


シエスタさんはそう言って、金貨が入っている箱を僕に渡してくれた。


「ありがとうございます。ではこれで」


「ダリア様!王国は今、大変な混乱にありますので、お気をつけください」


「はい!シエスタさんもお気を付けて!」


 彼女に別れを告げて、王城の門番からも見えない位置へと足早に離れた。その間にも、フリージア様の演説は続いていた。内容としては、全ての民に平等な社会を目指していると言ったところだ。特に貴族の特権を廃して、国民みんなで国のあり方を決めると言う、民主主義という聞きなれないことを言っている。


「よく分からないけど、何となく良さそうには思えるな。特にフリージア様は聖女として万民に分け隔てなく接していたようだから、人気もあるんだろう」


 フリージア様の演説の合間には、民衆の歓声が上がっている声が聞こえてきていた。だがそれはおそらく平民達の声であって、貴族達の声は皆無だろう。現に僕が今いる王族区画やその周辺は静まり返っている。


「どうやって声を届けているのかは知らないけど、だいぶ盛り上がっているな」


 聞こえてくるその声の様子に、民衆が興奮してきていることが窺える。おそらく直ぐに騎士団が鎮圧に向かうだろうし、それがメグ救出にも絶好のタイミングだろう。


(別に見つかったところで何とでもなりそうだけど、王族との厄介事となると面倒そうだからな)


 そう考えて、王城から少し離れたところで見つからないように〈不視化インビジブル〉を展開しつつ時を待っていた。



 そしてーーー


(おっ、動き始めたようだね。じゃあ僕も動きますか)


 王城から出動していく騎士団を見ながら、僕も動き始めた。

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