第197話 絆 4

 翌日、正午ーーー


「それでは、ただ今より緊急3カ国会談を開催いたします!」


午前中のうちにオーガスト王国とエリシアル帝国それぞれの王と宰相、更に数人の護衛を〈空間転移テレポート〉でフロストル公国の王城まで連れて来ていた。そして少しの休憩の後、会談は始まった。開催の言葉を発したのは、今回の会談の主催地の女王であるヴァネッサ・フロストルだった。


「急な開催日時の求めに応じてくださり、まず発起人である私、公国女王の名においてお礼申し上げます。しかし、事は緊急を要する案件のためご理解ください」


「帝国としても今回の異常事態に大変苦慮している。その中で早急な開催を申し出ていただいた公国に対して否定的な考えなど無い。今回の事は各国共に乗り越えるべき事案だと帝国は考えている」


「王国も同様だ。既に国家運営に鑑みても支障が出始めている状況だ。解決できるような手段があれば最善だが、そうでなかった場合は各国協力すべき事だと考えている」


女王の感謝の言葉に皇帝も国王も肯定的な考えを返し、今回の苦難に協力しようという姿勢を見せていた。その苦難というのは、もちろん魔法の【才能】が消えてしまったことについてだ。魔法自体が消えなかったのは、最初からこの世界には魔力はあったが、人々はそれを認識することが出来なかったので魔法の行使ができなかったのではないかという考えに落ち着いた。その為、魔力を認識できるようになった今となっては、たとえヨルムンガンドが消滅したからといっても魔法まで消えなかったのではないかと考えられる。


しかし、魔法の【才能】はヨルムンガンドがもたらした恩恵であり、奴の消滅と共にして消えたのだろうという結論に至った。そのことで、【才能】によって魔法の制御を支えられていた人々は、途端にその制御が難航することとなり、魔法を利用した職業に就いていた人々への影響が著しいものとなっていた。


「そもそも魔法技術によって発展した我が公国において、魔法の制御が困難になることは切迫した問題です。魔具の製作には繊細な魔力制御は欠かせませんし、魔獣から領土を守るという国防の面から見ても大きな問題が出てきています」


「それは帝国も同じこと。国の基盤を支えている鉱山での鉱物採取には、土魔法が必須なのだが、現在はほとんど採取できない状況になってしまっている。早急に打開策を確保する必要があるのだ」


「王国としても魔獣の討伐には魔法が欠かせん。遠距離から高威力の魔法攻撃が無ければ、群れを成す魔獣との戦いにおける接近戦での比重が大きくなり過ぎて、兵士への負担が著しく増加してしまう。看過できない事態に陥る可能性が非常に高い!」


 魔法の【才能】が消滅したことで、各国とも様々な問題が噴出していた。特に国防や産業の面から言えば、高威力、高精密な魔法が使えないことは死活問題に直結している。各国の問題点を解決する術が無いわけではないが、それは僕に今後依存してしまうという形をとることになる。果たして各国の為政者達はそれをどう捉えるかによって、僕の取るべき行動が変わってくるだろう。


「発言よろしいですか?」


「ええ、どうぞダリア殿」


自分の考えを伝えるために、円卓に座る面々に向かって挙手をした。僕は女王に勧められる格好で口を開いた。


「現状ではすぐに解決策を用意することは不可能でしょう。そこで、時間を稼ぐ意味で僕が各国の問題の解決に当たるということはどうでしょう?」


「「「・・・・・・」」」


僕の言葉にしばらくその場が沈黙に包まれた。各国の為政者達は僕の言葉をどう受けとるべきか考え込んでいるようだった。そんな中、最初に口を開いたのは王国の宰相リーガースだった。


「失礼ですが、ダリア殿は今議題に上がっていた各国の問題を一人で解決できるお力があるのでか?」


「公国の魔道具については難しいかも知れませんが、それ以外の各国の問題点であれば解決可能です」


「なんとっ!?・・・しかし、今回のヨルムンガンドの襲撃において各国とも少なくない打撃を受けており、魔法技術衰退の代替え策の模索や、滅んだと言われるミストリアス国やイグドリア国への調査もする必要があるでしょう。そうなりますと、それだけの働きをなさるダリア殿へ支払う対価がですね・・・心許こころもとないと申しますか・・・」


リーガースさんは察して欲しいと言わんばかりの口調と表情で、こちらにチラチラと視線を投げながら口ごもっていた。


「そ、そうですな。それだけの偉業を請け負っていただけるとなると、相応の対価を用意はしなければなりませんな。しかし、今後の混乱を終息する為の事を考えると・・・難しい問題ですな」


「まさに、まさに。しかし、今回の事の原因はヨルムンガンドが消滅したことでございますからな・・・いやはや、困ったものですな」


リーガースさんの言葉に乗るように、帝国の宰相もまた同調した言い回しだった。公国の宰相は沈黙を貫いているが、積極的に発言しないことを考えれば、彼らの発言内容に異を唱えるという感じでもないようだ。


(どうやら今回の問題を僕のせいにして、無償で働かせたいようだな・・・僕から言うなら良いけど、他人から言われるのはあまり気分がよくないな・・・)


別に無償でやっても良かったのだが、こうも『発言の内容を察して自分から申し出ろ』というような雰囲気を作られると、思う事が無いわけではない。そんな考えが表情に出ていたのか、女王が割って入った。


「お二方ともそれまでに。の敵であったヨルムンガンドは強大な力を有していました。そのような存在に対して、適度に手を抜いて満足させるなど不可能でしょう。それはあの映像からも明白です」


諭すような女王の口調に、2人の宰相は苦笑いを返した。


「女王陛下、私は何も今回の件に対してダリア殿に責があるとは一言も申しておりません。ただ、我が国の現状をお伝えしたまでです」


しかり。帝国としてもそんな意図は毛頭ございません。しかし、誤解を招いてしまったようであれば、失礼なこと。大陸を救っていただいた英雄殿には、平にご容赦願います」


2人の宰相は、大袈裟な所作で僕に対して謝罪を行った。ここまで大っぴらに謝罪されてしまえば、それを受け入れない僕は狭量だという印象になってしまう。


「・・・お二人とも謝罪を受け入れますので、頭を上げて下さい」


「おぉ!さすがは英雄殿だ!器の大きさも相応のものでございますな!」


「いや、まったくその通り!さすがでございますな!」


手放しで僕を称賛してくる宰相達。そして、事の推移を静かに見つめていた各国の為政者。何となく今の雰囲気の流れに嫌な感覚を覚える。まるで最初から決まった流れに沿っているような、既に答えは用意されているような、そんな気分だった。


(各国とも通信魔具で連絡を取りあっていたとしたら、既に僕に対する答えは出てるんじゃないか?もしそうだとしたら、この会談はとんだ茶番かもしれないな・・・)


 僕の懸念を余所に、話し合いはどんどんと進んでいった。各国の一通りの問題点を羅列していき、それに対して互いに協力できないかという解決策の模索。しかし、結局のところ魔法の制御という問題点に阻まれる形で結論は出ないまま、いたずらに時間が過ぎていくのだった。


そしてーーー


「やはり問題は、代替え手段の準備のための時間の確保とそれまでの問題解決手段の用意ですね・・・」


女王は僕にチラッと視線を向けながら今までの話し合いを総括した。結局のところ、僕が序盤に提案したように各国の問題点を代替え手段が出来るまで助けるという形になりそうだと感じた。わざわざ遠回りするようにあれから話し合いをしてその結論にしたのは、おそらく僕に議題に上がった全ての問題点を解決してもらいたかったのだろう。


僕が各国の全ての問題が議論に上がる前に助力を申し出たため、それまでに出た問題点しか動かないと危惧したのかもしれない。


(後からあれもこれもとお願いするよりは、一度全部聞いた上で助力を申し出してくれた方が後腐れ無く頼めるということか・・・)


後ろ向きな考えが頭をよぎるが、何となくそれが正解のような感覚はある。それは、流れ的に僕が発言するのをみんな心待にしているようなこの雰囲気のせいだろう。


「・・・分かりました。では、今まで話の上がった各国の問題点で、僕が対処可能なものについては善処しましょう」


そう言うと、場の空気が少し弛緩したように感じたが、数瞬の後、会議に出席している全員の表情が引き締まったような気がした。


「ダリア殿、一つよろしいですか?」


皇帝が僕の目を真っ直ぐ射ぬくような視線を向けてきた。


「はい、何でしょうか?」


「ダリア殿は今後、どちらに拠点を設けるおつもりですか?」


「拠点ですか?」


「ええ、現在は公国にいらっしゃるようですが、他国から見た場合は公国へくみしているという印象を受けます。その場合、それが真実でも虚実でも、国民達は不安を抱いてしまいます」


「・・・不安ですか?」


「これはあくまでも仮定の話ですが、いつか公国と共に自国へ攻めてくるのではないか、と・・・」


「僕はそんなことは考えていないんですけどね・・・」


「仰る通りだと思います。しかし、それを証明する手段がない以上、国民の不安が払拭することがない。その不安は、いずれ何らかの形で噴出する可能性もある。それほど、各国の軍事バランスというのは重要なことなのです」


「・・・・・・」


「皇帝の仰ることはその通りでしょうな。ダリア殿も、先の各国の戦争介入時に同じ懸念をされていたはずだ」


僕が皇帝の言葉に考え込む仕草を見せていると、国王が戦争停止の説得に行った際の僕の言葉を引き合いに出してきた。


(つまり、困った時の手助けはして欲しいけど、その後はどこかに消えて欲しいということか・・・随分と嫌われたもんだな)


そう嘯くが、実際は皇帝の言う通り、僕の過剰な戦闘能力の扱いに苦慮していることは理解しているつもりだ。ただ、だからといって「ハイそうですね」と受け入れることは難しい。僕だって幸せになりたいのだ。孤独に暮らす生活に、そんな幸せがあるとは思えなかった。


「ダリア殿、これはあくまで仮定の話です。・・・ですが、起こりうる可能性のある未来と言うこともお察しください」


沈黙している僕に、女王は優しげに声を掛けてくるが、その内容は皇帝、国王の発言と何ら変わらないものだった。とはいえ、ここで僕が意固地になって居座るようなことを言えば、それがまた争いの種になることは明白だった。


「・・・はぁ、分かりました。ではーーー」


『バタン!!』


諦めの境地のような思いで大きなため息を吐き、この大陸を離れる決意を伝えようとしたところで、会議室の扉が乱暴に開かれた。

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