第198話 絆 5

『お、お待ちください殿下!!今は各国の首脳を招いた重要な会議中でございます!』


『ええ、分かっています!ですから用があるのです!』


『お、お待ちを!!』


『バタン!!』


 僕の発言を遮るように、会議室の外から大声が聞こえてきたかと思うと、乱暴に開かれた扉には公国の王女マーガレットと、フリージア、シルヴィア、ティア、ジャンヌさんが怒りの形相で入室してきた。


「・・・何事ですか!?マーガレット!」


彼女達の登場に呆気に取られた表情をした女王だったが、我を取り戻すと娘であるマーガレットをいさめた。


「隣室にてやり取りを聞かせていただきましたが、陛下!大陸に平和をもたらしたダリア殿に対して、あまりな仕打ちではありませんか!?」


「私も同感だ!信賞必罰は世の常であるはずが、まさか各国の為政者がこんな扱いをするとは・・・帝国の軍隊を預かり、戦場に立つ者としても信じられん!!断固、異議を申し立てるぞ!」


マーガレットは女王の言葉に怯むこと無く不平不満を伝え、ジャンヌさんに至っては喧嘩腰に食って掛かっていた。


「ジャ、ジャンヌ・・大佐。これは高度に政治的な話なのだ。この大陸に住む住民の感情、各国の軍事バランスを鑑みれば、仕方の無い処置なのだよ・・・」


ジャンヌさんの迫力に、若干怯んだ皇帝だったが、それでもこの状況で彼女の言動に苦言を呈さなければならないという立場からの発言のようだったが、その声に力は無かった。それはおそらく彼女の発する怒気のせいだろう。確か彼女は帝国の【剣聖】ということだし、いくら無手であったとしても、そんな彼女の発する迫力は、この会談で話し合っている為政者達に対抗できるようなものではなかった。


「ロ、ロウタス皇帝、自国の臣下の言動はきちんと制御していただかねば困りますぞ」


彼女の怒気に呑まれている国王だったが、顔を引きつらせながらも不快感を伝えていた。その真意は、彼女をこの会議室から一刻も早く退出させてくれと懇願しているようにも聞こえてきた。


「神の信徒たる私も、この会議の方向性は疑問を禁じ得ません!ダリア殿はこの大陸の人々を守ったのです!それがこんな排斥を良しとするような方向性となっているのは、許しがたい事態です!」


「ん、この大陸に住む者として、彼に助けられた者としても、彼を邪魔物扱いするのはおかしい!」


「それどころか、助力だけはさせようとするなんて間違っています!」


フリージア、ティア、シルヴィアが、それぞれの立場と考え方でこの会議の内容を糾弾する。彼女達の想いは嬉しいのだが、この場でそんなことを主張して大丈夫なのかと心配になる。仮にもここは、この大陸の王達が勢揃いしているのだ。そんな場所で不敬を働いたとあっては、最悪処刑されるのではないだろうか。


(大して親交の無いはずの僕の為に、何でそこまで彼女達は本気で怒ってくれるんだろう・・・)


彼女達の言動に困惑しながらも、自分がどうすべきか分からず、ただ見ていることしか出来なかった。


「ジョゼフ国王におかれても、自国民の制御ができていないようですな?」


「何を仰る!彼女達は王国を追放された者達だったはずだ!つまり王国とは一切関係ない!これは身を寄せている公国の問題。その証拠にこの公国の王女殿下が先陣を切っておりましたではありませんか!」


「こ、公国に非があると言うのですか!?元は王国の住民である彼女達が妾の娘をかどわかして行動したのではないのですか!?」


「それは王国のせいだと言いたいのか!?」



 彼女達の乱入と主張で、会議は各国の罵り合いへと様相が様変わりしてしまっていた。そもそもこの三ヶ国は、僕が無理矢理戦争を止め、ヨルムンガンドという共通の脅威があったことで纏まった国々なので、脅威が去った今となっては少しの事でこの連携はすぐ崩壊してしまうようだ。


(・・・なんで僕はあんなに戦争を止めようと奔走したんだろう・・・)


為政者達の罵り合いをぼんやりと見つめながらそんなことを思う。元々は自分が平和に幸せに暮らす為だった気がするが、別に僕の実力だったら、そこまで頑張らなくてもこの大陸を離れても良かったはずだ。


それでも戦争を止めようとしていた大きな理由に、大切な誰かにお願いされたような気もしてしまう。


(はぁ、ヨルムンガンド討伐から何かおかしいよな・・・その事についてもっと深く検証したいが、今は眼前の問題を片付ける方が先か・・・)


醜い舌戦を繰り広げているこの状況を、僕は柏手を打って制止する。


『パンッ!!!』


「「「・・・・・・」」」


耳がおかしくなるのではないかという爆音を響かせることで、全員の注目を僕に集めて黙らせた。


「僕から提案があるのですが、よろしいですか?」


僕は努めて笑顔で語り掛けた。当然楽しくて笑顔をしているわけではない。いよいよもって不毛な言い争いに愛想を尽かしただけだが、感情のままに発言してしまうと、殺気が籠りそうだと思っての対応だった。


ただ、完全に感情を制御しきれなかったのか、乱入した5人の女の子以外の全員が、僕の表情を見て戦慄したような表情を浮かべていた。


「・・・ダ、ダリア殿には大変お見苦しいものをお見せして申し訳ありません・・・」


「大変失礼いたしました」


「どうか、怒りを収めて頂きたい・・・」


皇帝が、女王が、国王が、蛇に睨まれた蛙のように萎縮して謝罪の言葉を口にした。別に暴れたわけでもないのだが、僅かに漏れ出た殺気に当てられたのかもしれない。


(いや、彼らにとって見れば僕はヨルムンガンド以上の危険人物だ。こう言う態度になってしまうのも仕方ないのかな・・・)


そう考えると、人外扱いをされているようで少し寂しいのだが、それが現実なんだろうと諦める。


「正直に言って、この大陸で今後穏やかに生活できるとは思いません。そこで、各国の問題点を解決した後、どこかに旅立とうと考えています」


「・・・どこか、と申しますと?」


おずおずといった態度で、王国の宰相が確認してくる。


「さぁ、未だ決めていませんが、別の大陸か、どこかの島か・・・誰も僕の事を知らない場所にしようとは思っています」


「ま、待ってください!そんなダリア様を追い出すような事には私達は反対です!!」


「そ、そうです!この大陸を救ったというのに、出ていく必要なんてありません!」


僕の提案に、マーガレットとフリージアは猛反対のようで、語気を強めて抗議してくる。


「2人とも落ち着きなさい。我々としても、ダリア殿は救国の英雄と言う認識はありますが、非力な我らにとって見れば、制御の叶わない圧倒的な力は脅威なのです・・・」


「我らの中だけの事であれば何も言うことはなかったが、ヨルムンガンドはこの大陸中にダリア殿の実力を知らしめてしまった。それはこの大陸の住民にとって、彼はドラゴンを凌ぐ力を持っているという認識を持たせたてしまった」


「今は英雄と考えていても、やがてその力が自分達に向くのではないかと、危機感を抱くこともある・・・」


女王、皇帝、国王が大陸に住む住民達の考えを代弁するかのような口調でそう言い放ってきた。正直、僕を排除したいだけの言い訳のようにも思えるが、実際そう考える人も少なからず出てくるだろうということは理解できる。建前と同時に考えられる現実でもあるため、その発言内容に対して反論は難しかった。


「し、しかし・・・」


尚も言い募ろうとするマーガレットに片手を上げて制し、口を開く。


「言いたいことは分かりますが、それに笑顔で同意することは出来ません」


イラついた表情を見せて話す僕に、周りの為政者達は戦慄したように体を硬直させた。


「とは言え、無用に怖がらせたいわけでも、争いたいわけもない。それに、彼女達の僕を想っての言動はとても嬉しかった。そこで、先程言ったように各国の問題を解決した後、僕は新天地を探してこの大陸を離れようと思いますが、当分生活できる相応の物資を提供してくれれば、それで手打ちとしましょう」


「・・・こちらとしては願ってもないことですが、よろしいのですか?」


女王が僕の言葉におそるおそるといった様子で確認してくるが、僕に是非もない。周りから腫れ物に触られるような扱いを今後ずっと受けるよりましだろうと考えた結果だ。正直、僕を庇ってくれた彼女達と離れるのは辛いものがあるが、会って間もないみんなを、僕の事情に巻き込むわけにはいかないだろう。


(みんな国の中枢に近しい人のようだし、これ以上為政者達と溝を深めるわけにはいかないだろう・・・出来れば彼女達ともっと話したかったな)


僕の為に本気で彼女達が怒ってくれたことにとても温かい気持ちになる。下手をすれば不敬罪になりかねないというのに、そんなことはお構い無しで各国の王達に意見してくれたのだ。感謝しないわけがなかった。


「それが最善と判断したまでです。それと、僕の為にあなた達に意見した彼女達には、何もしないでくださいね」


「ええ、それはもう、お約束いたします」


 話しはこれで纏まったとばかりに、僕は肩の力を抜いた。その様子に、周りの王や宰相達、はては護衛までも同様に安堵した雰囲気だった。未だ考え込んだ表情をしている彼女達5人を除いて。

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