第28話 冒険者生活 18
季節は過ぎ去り、冒険者生活が始まって10カ月が過ぎようとしていた。受ける依頼は相変わらず討伐系や素材の納品系が多く護衛依頼は今まで受けたことがない。それもそのはずで、僕は単独で活動している冒険者のため、チームとしての依頼が多い護衛依頼は僕のスタイルに合っていなかったのだ。ただ、討伐系の依頼ばかりこのしているせいか、最近のギルダの大森林での異変に気付き始めていた。そのことを依頼の報告ついでにエリーさんに話してみた。
「こんにちはエリーさん」
「こんにちはダリア君!このところ依頼のペースが週に一回くらいだから、お姉さん寂しいのよ」
「ははは、すみません。結構蓄えがありますし、最近はフライトスーツで遊んだり、会頭さんから頂いた国立大図書館への入館許可証で本を読んでいますので」
フライトスーツは最初こそ多少ぎこちなかったが、半年も飛んでいるとまさに自由自在に空を飛び回ることが出来るようになって、空の散歩はお気に入りの遊びになっていた。
また、金ランクになってから3カ月が過ぎた頃に会頭のギルさんに呼ばれて行くと、つてを使って貴族から国立大図書館への入館許可証を手に入れてくれていた。結構大変だったらしく、その苦労話を愚痴のように延々と聞かされて申し訳なく思ってしまったほどだ。ただ、残念ながら地下書庫への入室までは出来ないらしく、大図書館の司書にかなり粘ったのだが相手にもされなかった。それでも僕が閲覧できる書物にはあの500年前の
「ところでエリーさん、最近の大森林ではかなり魔獣が多いんですけど、この時期はいつもそうなんですか?」
「・・・やっぱりそうなのね。もしかするとスタンピードの兆候じゃないかって言われてて、今協会としても調査しているのよ」
「スタンピードですか?」
「そう、大森林の魔獣が増殖し過ぎて、普段は群れをなさない魔獣までもが集団で襲って来るのよ!」
師匠や図書館の知識からだが、魔獣は通常の獣の何倍も繁殖力も成長力もあるらしく、討伐数が少ないとあっという間に増えてしまい、手軽な栄養源を求めて人里に殺到するらしい。ただ、魔獣同士で殺し合って互いに食料と認識しているはずなのに、なぜ一定数増えると魔獣同士ではなく人間を狩ろうとするのかは未だに良く分かっていないらしい。そして、このスタンピードにはもう一つ大きな問題がある。
「それに、今回の規模は今までと比べてかなり大きいらしいの!よほど強力な魔獣が率いているのね・・・」
これがもう一つの問題で、何故かスタンビートの際には魔獣をまとめる存在が生まれる。そしてその魔獣が強大であればあるほど群れの規模も大きくなる。多いのは上級魔獣だが、過去には超級と言われるエルダードラゴンが率いたスタンピードは王都の外壁を破壊し、内壁の王族街まで侵攻されたこともあったらしいが、それは遠い昔の話らしい。
「それは大変そうですね。討伐には僕たち冒険者が向かうんですか?」
「そうね、規模にもよるけど基本は王国の騎士団が討伐に当たることになるわ。騎士団だけでは戦力が足りない規模の時には王国からの依頼と言う形で冒険者も加わる感じね」
「それは・・・統率が取れるか心配ですね」
「そうなのよ!プライドの高い騎士団は自分達だけで解決しようとするし、冒険者は自分勝手に討伐しようとするから大変らしいのよ!だから余ほどのことがなければ合同でスタンピードに立ち向かうなんてことは無いでしょうね」
「じゃあ、王国から依頼が来ることがあれば、それは余ほどの事ってなりますね」
エリーさんとそんな現実感のない会話をしていると、窓口の後方からマリアさんが顔を出し、僕を呼んだ。
「ダリア君、ちょっと執務室まで来てくれるかしら?」
その言葉に僕はエリーさんと顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
「どうも余ほどのことが来ているかもしれませんね・・・」
執務室に通されると、会頭のギルさんが出迎えてソファーに座るよう案内してくれた。僕が座ると対面にギルさん、その後方に秘書のようにマリアさんが立ってから話が始まった。
「お呼びたてしてすみませんね」
「いえ、何となく理由は分かっていますので」
「そう言ってくれると話が早いです。君も知っているでしょうが、最近大森林の魔獣の数が異常なまでに増加しています。協会でも調査したところ、スタンピードの前兆が見られるという結果でした。さらに不味い事に今回魔獣を率いているのは大森林よりさらに北にある霊峰山脈のドラゴンである可能性が指摘されています」
どうやら今回の相手はドラゴンという事になりそうだ。師匠から王都へ送り出される際に『お前に敵う存在は私とドラゴンくらいだ』と言われているが、はたして今の僕にドラゴンと渡り合えるだろうか。
「では今回スタンピードの討伐には冒険者の力も借りるという事なんですか?」
「それがね・・・マリアさん」
ギルさんは後ろにいるマリアさんに目配せをして続きを促した。
「主戦力である騎士団にはゲンティウス殿下のチームがおります。冒険者協会でも登録されていて、ランクはダリア君と同じ金ランクです」
「前に話しただろ、未成年の金ランク3人の内の一人さ!殿下はチームでの評価だけどね」
「・・・それが何か問題なんですか?」
「はい、どうやら殿下は今回のスタンビートの功績を自分の物にしたいらしく、騎士団の指揮から討伐に至るまで全て任せてくれと息巻いているのです」
「つまり冒険者の手は借りたくないってことだね」
困ったものだとギルさんは肩を
「でも、騎士団だけで討伐可能ならそれでいいんじゃないんですか?」
「可能ならね・・・」
「え~と、無理なんですか?」
「はい、プラチナランクの冒険者に偵察してもらった結果、魔獣の数は現在およそ5000匹。しかもその内の半数は上級魔獣が占めていると報告がありました。討伐に向かえる騎士団の総数は3000人足らずですから、衛兵から応援を呼んだとしてもせいぜい4000人位しか参戦できないでしょう。上級魔獣が相手となればよほどの実力者でもなければ1匹に対して4人は必要です。しかもドラゴンが率いているとなると・・・こちらの見立てでは圧倒的に戦力が足りません」
エリーさんも頭を抱えながら困った表情を見せていた。
「それって不味いですよね?でも僕がここに呼ばれた理由はなんですか?」
「あぁ、そうだったね。つい愚痴が先行してしまった。実は騎士団に危険性を提言しても取り合ってくれなくて、教会に今回の件を相談しに行ったんだ。スタンピードの討伐には教会の治癒師達が同行するからね。ただ教会からの主張でもなかなか首を縦に振ってくれなくてね・・・結果として治癒師の護衛という条件のもと、金ランク冒険者の帯同が許可されたんだ」
「なんで金ランクなんですか?プラチナかダイヤであれば安心なんじゃ?」
「それがね・・・どうも自分の手柄を奪われる可能性があると思っているらしくてね、冒険者の同行を全く取り合ってくれなかったのを何とか金ランク1人を認めさせるのが精一杯だったんだよ」
一体その殿下とやらは何を考えているのだろうか。国民の安全や安心ではなく王族の虚栄心・・・いや、単なる自己満足のために騎士団だけでなく王都も危険にさらすつもりなのだろうか。
「それは既に作戦として認められてしまったのですか?」
「軍務卿といえど王族には逆らえないからね・・・一応秘密裏に冒険者協会に打診があって、数百人規模で後方に待機してもらいたいってね。ただ、殿下にバレないように距離を空けて且つ、別の依頼でそこにいたらたまたま巻き込まれて、仕方なく魔獣を討伐したという裏工作も必要なやり方でね・・・」
そんな子供の我が儘がまかり通る国なんて遅かれ速かれ滅ぶのではないだろうかと思ったが、さすがに不敬罪になるだろうと考え、口にはしないでおいた。
「そうなると僕の役目は・・・」
「そう!万が一の時には魔獣達をまとめているドラゴンだけでも討伐、もしくは足止めをお願いしたい!金ランクでありながらその実力はダイヤに匹敵するだろう君にしか頼めないことだ!」
話の途中からもしやと思っていたが、その通りの話の展開になってしまったようだ。
「いやいや、それやっちゃったら僕が殿下に目をつけられるじゃないですか?」
「さすがに君に責任を押し付けることはしないよ!その時には軍務卿と枢機卿の命令で仕方なくやったということになっている!」
どうやら既に国の上層部とは話しはついているようだった。ただ、責任は取らされないにしても、子供のような言動を見せている王子の感情はどうなるか分からなかったので、その事に不安を感じていた。
「う~ん・・・」
「もちろん報酬は破格だし、条件付きだが、君が見たがっていた国立大図書館の地下書庫も見れるように話しはつけてある」
こちらの欲する物を的確についてくる辺りは、さすがに貴族との交渉事も多いらしいギルさんだ。
「条件ですか?」
「地下書庫には王国から禁書指定されている書物もあるからそれ以外ならと言うことだ」
さすがに才能に関することが禁書にまで指定されていることはないだろうと考え、ギルさんの話しに乗ることにした。
「・・・分かりました。僕の出来る範囲で良ければ!」
「すまないね、よろしく頼む!」
「ところで、治癒師の護衛と言うことですが、どの程度の人数を守るんですか?」
さすがに何十人も守るとなると、最悪ドラゴン退治の時には邪魔になりそうなので、人数が分かっているなら知っておきたかった。
「実は君が帯同するのは、神殿騎士5名・側仕え兼治癒師2名、そして聖女と名高いフリージア・レナード。レナード枢機卿の孫娘で、もう一人の未成年者金ランク。そして、殿下の婚約者だ」
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