第89話 復讐 2


side シルヴィア・ルイーズ


 私の日常は突然壊れてしまった。


 服飾店の娘として生まれた私は、幼い頃はよく母に作法や敬語などについて厳しく教えられていた。それは、いずれは王宮へと呼ばれるはずだからと、そんなおとぎ話のような事を常々つねづね母は言っていた。何故そんなことを耳にたこが出来るほど言われるのか、幼い頃の私には理解できなかった。


 私には父親は居なかった。そのことを母に聞くと、決まって「もう少し大きくなったらね」と話をはぐらかしていた。でも、幼い私はどうしても聞きたくて、何度も我が儘わがままを言って母を困らせていた記憶がある。それでも、がんとして母は話してくれなかった。


 母との暮らしは幸せだった。お店が繁盛しているかは私には分からなかったが、食べることに困ったことはなかった。欲しいものも、そこそこ買って貰えた。幼い頃は、我が家は裕福なんだと漠然ばくぜんと思っていた。母との笑顔の絶えない生活がこのままずっと続いていくのだと、信じて疑っていなかった。


 そんな生活が豹変したのは、私が12歳の時だった。母が突然、流行り病に倒れたのだ。病に伏せる母を必死に看病したのだが、有効な薬も無く、日に日に衰弱していく母を私はただ見ることしか出来なかった。



 やがて、母は自分の死期を悟ったのだろう、私に父親についてと、自分の秘密を教えてくれた。


「シルヴィア、あなたはこのオーガンド王国の国王との間に出来た子供なの」


母のその言葉に私は衝撃を受けた。そして、いろいろな事を語ってくれた。



 ある日、何かの気紛れなのかこの国の王がお忍びで自分の店を訪れたのだと言う。王は母を見初みそめ、私が生まれたのだ。だが、私は王の子供であると認知されることはなかった。後に、平民にとっては一生暮らせるだけのお金を、母は渡されただけだったそうだ。


 しかし、もしかするといつの日か、王が考えを変えて私を王宮に招くかもしれない。そんな期待を胸に、幼い頃から私に礼儀や作法、言葉遣いを教えていたのだと言う。残念ながら、自分が生きている内にはその願いは叶わないようだと、力なく母は笑った。


 ただ、私に王族の血が流れていることが誰かに知られれば、利用しようとする者に狙われる可能性もあるので、私がちゃんとその事を理解できるようになるまで内緒にしていたのだと言う。


 そして、自分の亡き後は、親戚の家へと引き取って貰えるように話を付けてあると言われた。ただ、その親戚にも私の父親については秘密にしており、世話を頼むと渡したお金も、商売が上手く行ったからと言って、多めにしてあるだけなのだそうだ。


 しかし、居候いそうろうになった際にどんな扱いを私が受けるか心配だったので、商業組合に私名義の口座があり、そこにもお金を残しているので、困ったことがあったら使いなさいと証書の場所を教えてくれた。


場所を指差す母の指は、いつしか骨と皮だけのように痩せ細っており、私は涙を止めることが出来なかった。




 やがて、母を看取った後、私は母の言っていた通り、親戚の家へと引き取られた。そこは実家と同じような服飾店を営んでいた。


 幸いにも引き取ってくれた叔父さんと叔母さんはとても親切で、私をよく気にかけてくれた。「自分達には子供が出来なかったから嬉しいんだよ」と言って。一度も会ったことの無い親戚だったので、母との関係を聞いてみると、叔母さんとは元々従姉妹いとこだそうで、小さい頃はよく一緒に遊んだのだという。しかし、私を身籠みごもった直後から、周囲を遠ざけるようになってしまい、以来疎遠になっていたらしい。



 居候として肩身が狭かった私は、いろいろとお店の手伝いをした。実家でもよくお手伝いをしていたので、叔父さんと叔母さんはとても助かるとよく言ってくれていた。上手くやっていけそうだと、そう思っていた。



 そんな生活が変わってきたのは、引き取られて1年ほど経った頃だった。私は小さい頃から胸の成長が早く、この頃になると見た目にもかなり大きくなってしまったと自覚していた。そんな私を叔父さんはまとわり付くような目でよく見てくるようになったのだ。


 次第に見るだけではなく、時には触られることもあった。嫌だった私は叔父さんから隠れるように生活したが、一緒に住んでいるため、まったく接触しないと言うことは出来ずに、触られることが多くなっていった。


 そして、決定的なことは私が14歳になったある日、就寝していた私に叔父さんは突然覆い被さってきたのだ。反射的に大声をあげてしまい、結果として叔父さんのしていた事を叔母さんが知ることになった。



 大騒動になった。


 それから毎日のように叔父さんと叔母さんは喧嘩をするようになり、次第に私へも矛先が向けられた。叔母さんはまるで私が誘惑したんだろうと言うようなことを言ってきて、私はただ叔母さんの怒りが静まるのを我慢するしかなくなった。


 それから1年経ち、学園へ入学となった私は救われた思いだった。既に家に居場所のなかった私は、これで解放されると喜んだ。長期休暇には手伝いに帰らなければならなかったが、今までの日々を考えれば、それくらいの期間なら我慢できた。



 そして私は学園で運命的な人と出会うことが出来た。見た目は可愛い女の子のような男の子で、私と同じ歳でなんと金ランクの冒険者なのだという。それどころか、上級貴族のフリージア様や他国の王女とまで親交があるらしく、Bクラスでも話題だった。


 そんな人が私に友達になって欲しいと声を掛けてきたのだ。さらに、実地訓練では二度も私を救ってくれた。そんな事もあって、私は彼の事を自分だけの王子様のように思った。


 そう自覚してからは、積極的にアプローチしてみたものの、反応はいまいちだった。しかも、彼の周りには私と同じ想いの女性がたくさんいた。だからこそ、コンプレックスだった胸も使って、これで彼が振り向いてくれればと頑張ったのだが、結局彼はまだ恋をすると言うことが分かっていなかったらしい。


 そう面前と私達の前で言った時に、ライバルだったみんなと顔を見合わせて納得したものだ。同時に私のライバルが宰相の令嬢に他国の王女・・・そんな自分の置かれた状況に笑ってしまった。でも、なんだかそれさえも楽しかった。


 結果として私が彼に選ばれなかったとしても、本来であれば平民の私が上級貴族である彼女達と話す事さえおこがましいはずなのに、何故か良いお友達になれそうだと思ったからだ。そんな私と彼女達を結び付けてくれる彼は、不思議な魅力であふれていた。こんな楽しい学園生活がこれからも続くものだと、信じて疑わなかった。



・・・・・・


「着いたぞ、今日はここで休憩する」


 私を誘拐した人がそんな言葉を掛けてきた。その言葉に、彼との時間を思い出していた私は現実に引き戻された。今の私は逃げられないように、両手両足を縛られ、声も上げられないように布で口を覆われている。そんな私をこの人達は物のように抱え上げ、宿の部屋へと移動した。



 部屋のベットに寝かされると、さらった人達が何やら話し始めた。


「さっさと薬を飲ませて目的地へ運んじまおうぜ」


「そうだな、到着してからだとそこからまた時間が掛かるしな」


「あ、待てよ。たしか泣き叫ぶ姿を見ながらする趣味の人がいたよな?」


「「「ああ~・・・」」」


なんの話なのかは分からないが、私にとってろくでもない内容なのはなんとなく理解した。


「っても、何かの拍子で叫ばれたら事だぜ?」


「それもそうだよな・・・実際、効果が出るまで複数回投与が必要だし、やっといた方が良いだろ」


「そうだな。ここまできて失敗したら、俺らの命だって無いかもしれないからな」


「じゃあ、俺らが押さえておくから、ちゃちゃっと頼むわ」


話が纏まったのか、男達が私の腕を押さえつけた。


「いいか、今から口枷くちかせを外すが、大きな声出したらこの腕を切り落とすぞ」


 帯剣していた剣を引き抜き、その刃を私に見せつけながら脅してきた。私は恐怖に顔を引きらせながら、分かったとばかりに何度も顔を上下した。そして、口枷が外されると、顔を掴まれ強引に上を向けさせられた。


「今から飲ます物を吐き出しても腕を切り落とす。分かったら大人しく飲めよ」


 さっきの話を聞く限り、この薬を飲んでまうと、私が私ではいられなくなってしまうのかもしれない。それでもこの状況で拒否することは出来ないだろう。そう理解した時、無意識に頬を涙がつたった。


(ダリア君・・・助けて!)


 心の中でそう叫びながら、冷たい感触が喉を通っていくの感じたのだった。

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