第56話 フロストル公国 2

『『ヒュヒュヒュン!』』


 風切り音が護衛に向かって降り注ぐ。相手の放った弓矢だ。この時点で僕は相手を盗賊と認識し、ただの殲滅対象へと切り替わった。とはいえ皆殺しではなく、敵の頭は前回同様に生かして捕えるつもりだ。

護衛達は敵から見つからないように隠していた盾を掲げて、難なく弓の攻撃を防いでいた。僕にも数本飛んできたが、コマ送りの様に見える弓矢を躱すのは苦でもなく、全て避けてみせた。攻撃の第一弾が終わり、護衛の一人が声を上げる。


「何者だ貴様ら!!我らが誰か知っての狼藉ろうぜきかっ!!?」


その声に応えるように一人の人物が集団から進み出てきた。この状況で単身前に出るとは、よほど腕に自信があるのだろう。茶色の短髪で背の高いスラリとした青年で、正直盗賊とは思えない顔立ちをしている。貴族と言われても違和感ないが、その歪んだ笑みは人を殺したもの特有の残虐な顔をしていた。


「ふん!この程度でどうなるとも思ってなかったが、無傷とは・・・さすが、公国に名高いロイヤルナイツかよ?」


(ロイヤルナイツ?良く分からない単語が出てきたから、あとで聞いてみよう)


「・・・知っていての襲撃か!であれば我らがお守りする方が目的か!?」


「当然だろ!安心しろ、お姫様は殺しゃしない!ただ・・・護衛のお前らは邪魔だから死んでもらうがなっ!」


腰に掲げた剣を抜き放ちながらその男は急接近してくる。と同時に盗賊の十数人が一気に雪崩込んでくるように駆け出してきた。その場に残っているのは魔法師の様で、大きめの杖を掲げていた。


(あの先頭の男がこの中では一番強そうだ。僕はあれを抑えよう。ティア達は後方の魔法師を攻撃してもらってみようかな。万が一の時には僕が全て片付ければいいし!)


そう考え僕はその先頭の男と2本のナイフで切り結びながら皆に指示する。


「この人は僕が相手しまから、護衛の皆さんは接近している盗賊をお願いします。手助けが必要なら言って下さい。それからマーガレット様とティアは後方に居る魔法師へ攻撃をしてください!!」


そう言うと護衛の皆は自分の相手を見つけるように散開した。マーガレット様とティアも得意の風魔法と水魔法を放とうとしている。


「んだ?俺様の剣を受けるとは、テメーただのガキじゃねえな?」


「これでも金ランク冒険者だよ!悪いけどあなた達はなんの目的も果たせずに終わるよ」


「はぁ?大した自信だな。だが、その自信がいつまでもつかな?俺たちはこれでも元はプラチナランクの冒険者チームなんだぜ!」


 男はそう言いながら切り結んでいたナイフを弾き、縦横無尽な連続剣技を見せてきた。それは確か剣技の中の〈剣舞けんぶ〉だったはずだ。4段階からなるこの技は、第一楽章で相手の力を確認するように攻撃を繰り出し、第二楽章で相手を動きで翻弄して攻め立て、第三楽章には剣速を自在に早くしたり遅くしたりと惑わせ、4段階目の最終楽章で相手を確実に殺すという技の継ぎ目のない高等技術だ。

そんな連続攻撃を僕は2本のナイフで軽々と弾きながら、周囲に目配せをして戦場を把握する。


(護衛の人はなんだか凄い肩書そうだったから大丈夫かと思ったけど、少し苦戦しているな・・・1対3じゃしょうがないか。ティア達は良くやっているな、敵の魔法攻撃を防ぎながら攻撃もしている。即興だけど、2人で攻撃・防御の役割分担を決めて対処しているのか。さすがSクラスだ!)


 相手は火魔法の魔法師が主体なのか、火属性の魔法がバンバン飛んで来るのだが、ティアの水魔法で迎撃されていた。マーガレット様も相手の攻撃の隙間を縫って風魔法による攻撃を加えている。時折弓術士もいる様で弓矢が飛んできても、マーガレット様が迎撃に加わり、その風魔法が相手の弓を上手く防いでいる。2人とも第三位階まで使えているらしく、中々いい勝負をしていた。


「おいおい、余所見とは俺も舐められたもんだな!まだまだ俺の剣技はこれからなんだぜ!」


 相手をしている男の剣技は第三楽章に入ったのか、テンポが変わり変幻自在の攻撃を仕掛けてきている。正直今すぐに決着をつけることも出来るが、相手の心を折るためにわざわざ受けているのだ。ついでに護衛へ加勢するためにナイフを投擲して直ぐに収納からナイフを取り出していく。いつか僕が襲撃された時に回収していたナイフがこんなところで役に立つとは思わなかったが、今の状況ではちょうど良かった。次々と離れた敵の頭部に命中させていくその様はまるで的当てゲームの様に当たっていくので、簡単過ぎてつい顔がにやけてしまう。護衛の人達も最初は驚いていたが、僕の加勢だと知ると納得顔をして残り半数にまで減った前衛を掃討していった。


「ちっ!ふざけやがって!!おら゛~!!!」


 語気を強めた男が更に速度を上げていく。周りからは戦闘音が無くなり、息を呑む声が聞こえる。どうやら普通は対処するのも困難な速度で攻撃されているようだ。その速度に驚愕しているようで、皆は僕らの戦闘を見守っているのだろう。


「いい加減死ねや~!!」


 最終楽章に入ったのか、速さに加えパワーも上がっている。壊れないように受け流しているナイフもあまり良いものでなかったのか、刃毀はこぼれしてきてしまったので、仕方なしに使えないナイフを投げ捨て、自分の銀翼の羽々斬を取り出す。吸収した魔法が少ないので刃は無い状態だ。


「はっ?テメーそんな剣どこから出しやがった!?」


「これはローブに隠していたんだ。さて、こっちもそろそろ行きますよ!」


「舐めやがって!刃引きしてある剣で俺様とやろうってのか!?」


 刃の無い剣を見て男は激昂してきた。今までは受けに徹していたが、遊ぶのも飽きてきた。相手も全力を出したうえで叩き潰されれば心が折れるだろうと思い最終楽章になるまで待っていたのだがもういいだろう。


「ぐっ、俺様がこんな舐めたガキなんかに負けるかよっ!!」


相手の〈剣舞〉の一撃を強めに弾いて強制的に技を止め、少し距離を開けさせる。


「さぁ、あなたからは聞きたいこともあるので、死なないでくださいね!」


 連続攻撃を中断させられ苛立っている男の懐に一瞬で移動し、男の剣に僕の剣を交差させて剣術の〈衝戟しょうげき〉を相手の武器越しに放つ。この技は剣術でも下級の技で、切るのではなく衝撃波を剣を使って送り込むと言うものだ。本来の使い方は相手との間合いを取ったりするくらいなのだが、僕との力量差を分からせるには丁度良いだろうと思って放ったのだ。


「ぐあっ!!」


男は衝撃で弾き飛び、その勢いで自分の剣を落として両腕をぶらんと下げてありえないという表情で僕を見ていた。どうやら両手の骨が砕け、衝撃で肩が外れてしまったらしい。落とした剣を見ればバキバキに刃毀れしてしまっているので、もはや使えないだろう。


「どうする?まだやる?」


「・・・ば、化け物・・・」


男の言葉からは先程までの威勢は無く、その目に力は無くなって怯えたような視線を僕に向けていた。


「そう思うなら投降してもらえる?別に抵抗するなら消しても良いけど」


「・・・わ、分かった!投降する!だから殺さないでくれ!お前らも何もするなよ!」


男は生き残っている自分の仲間に向けて大声でそう叫んだ。


「殺すかどうかは僕ではなく、あなた達の目的だったお姫様が決めるんじゃないかな?」


「だとしても、これだけの力があるんだ、あんたの言葉を無下にはしないだろう?ここで死ぬなら犯罪奴隷として売られた方がいい!」


「なるほど、でもそれはあなたがどんな話をするかに依るよね?」


「・・・何が聞きたい?」


「それは本職の人に任せるよ」


そう言って僕は護衛の1人とマーガレット様を呼んで男からの情報収集を任せた。彼らの仲間も皆武器を捨て地面にうつ伏せになっており、それを3人の護衛が見張っている。僕は後学のために尋問している様子を後ろから眺めていた。


 彼曰く、目的は公国の王女を誘拐し、王国との休戦協定を破棄させ、戦争を再開させる。そこで、敵国の王女を人質に王国の戦いを有利にすることでそれを成した自分はもう一度貴族に返り咲きたかったのだという。


どうやら彼は以前に没落した貴族の子弟で、剣の腕は確かだったようだ。事実プラチナランクのチームを率いるほどの実力があったので、没落するまでは魔獣の討伐や護衛などをしていたが、没落した際に莫大な借金を親が背負ってしまった為、装備等も売りにだし、仕方なく盗賊として商人を襲うようになったらしい。


そして今回、王国へ交換留学として来ている王女が長期休暇で公国へ戻る事に目を付け、貴族に成るために計画したのだという。端から聞けば穴だらけな計画だとも思うのだが、追い詰められていた彼らはその事に気付かなかったのだろうか。


(いや、既に盗賊という犯罪行為に手を染めてしまったんだ、真っ当な方法では不可能だったんだろう)


彼らの目的や事情は分かったが、あとは襲ってきた彼らをどう裁くかはマーガレット様次第だろうと、事の推移を見守った。


「あなた方の事情は理解しましたが、その事情に私は関係ありません!まして、他国の王族を襲ったのです、死罪になる覚悟もおありでしょう?」


「そ、それは・・・そうだが・・・」


「それに、あなたを打ち負かした彼が居なければ私達はあなたの計画通りになっていたかもしれません」


「・・・・・・」


マーガレット様の護衛はかなり腕が立つのだろうが、後方の王女とティアに敵が行かないように常に3人を相手するように位置取りしなければならないというハンデもあって苦戦していた。もしその戦線が崩れたら、王女を人質に取られ敗北していたかもしれないので、マーガレット様の言うことはもっともだ。


「ただ、私も積極的に人を殺したいわけではありません。そこで、あなた方には我が国の奴隷となっていただきます」


マーガレット様がそう言うと、護衛の人が馬車の荷物から首輪のようなものを持ってきていた。


「この隷属の首輪にあなた方を登録します」


 首輪が繋がっている接続部分を外すと、針のようになっており、その先を男の腕に刺していた。その首輪をマーガレット様に渡すと、魔力を流したようで、ぼんやりと首輪が光った。それを男の首に嵌めると一際輝きだし、やがて光は収まった。どうやらそれで効果が発揮するのだろう。


「これで、私の意に反した行動は取れません。あなた達はこれからこの街道を公国へ進み、国境の砦の兵にこれを渡しなさい。その体で無事に辿り着くかは分かりませんが、あなたの仲間に光魔法の才能を持つ者がいればなんとかなるでしょう。無事到着したならば、そこで指示を受けるでしょう」


 男に渡した手紙のような物に何が書かれているかまでは良く分からないが、どうやら生きるチャンスを与えて、何か利用価値も有るのだろう、奴隷にするようだ。尋問については完全に心が折れているのか素直に話しているので、これといって参考にはならなかった。黒幕が別にいるとしても、表だって動けば国際問題になると考えれば、この場合は証言の裏を取らない方が正解なのだろう。それに、【看破】の才能があれば裏を取る必要も無い。


(いや、考えてみれば頭の回る黒幕なら、実行犯には自分の正体が分からないように、間に人を挟んで、渡す情報も最低限にするのが普通のはずか・・・)


そう考えると、あのSクラスの貴族の行動はあまりに稚拙ちせつだった。もしかしたら貴族という立場に甘んじていたかもしれないが、今となってはもうわからない。


 そんなことを考えているうちに、男の仲間達にも首輪が付けられ、今回の襲撃の事後処理も終わり男達の一団を公国へ向かわせていた。その間ティアは少し離れてそのやり取りを静かに見ているだけで、ティアの側仕えはこんな状況でも落ち着いて昼食の用意をしていた。

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