第62話 フロストル公国 8
フロストル公国に来てから5日間が過ぎた。帰りの馬車の日数も考えると、滞在できるのは後5日程だ。僕はせっかくなので買った魔道バイクで帰ろうかと考えていたのだが、ティアに一緒に馬車で帰ろうとお願いされてしまった。少し顔を赤らめて頼んでくるので、よほど一緒に
この5日間公国を観光するために、執事のサジルさんにはあちこちを案内してもらった。公国の首都にある絶景スポットだったり、城が建つ湖でボートに乗ったり、外壁の外にある農場や牧場なんかも見せてもらった。有名な料理屋もたくさん教えてもらって、食事についてもしっかり楽しむことが出来た。もちろん本屋に行って購入しても問題無い書物もしっかり購入させてもらった。
観光していく内に驚いたのは、王国と違っていわゆる貧民街という場所が無いことだった。皆ちゃんと仕事があって、生活に必要な金銭を稼ぐことが出来ているのだろうと思わせた。ちなみに公国に冒険者という組織はなく、基本的に国の騎士団が各種の問題に対処しているようだ。
観光中ちょこちょこマーガレット様も同行してくれるが、やはり王女というのは忙しいらしく、公務が大変そうだった。忙しいなら無理しなくても良いですよと何度か伝えたのだが、『大丈夫です』と笑顔で言われてしまうと、それ以上は言えなかった。
そんな公国を満喫して5日目の夕暮れ時、騒ぎが起こった。いつものように観光して馬車でお城に戻っていると、ボロボロになった鎧を身に纏いながらスレイプニルに乗った騎士たちが一目散に城へ向かって行く。僕達の馬車を凄い勢いで追い越していったので、何かただ事ではないようなことが起こっているのかもしれないと感じさせた。
城に戻り何かあったのか、執事のサジルさんに聞いてきてもらおうとお願いした。ティアも不安そうにしていたので、理由さえ分かれば落ち着けるだろうと考えたからだ。しばらく部屋で待っていると、サジルさんが戻ってきて状況を説明したいので来て欲しいと言われて、彼の案内についていった。
サジルさんに案内されて通された部屋には8人程座れる長テーブルが置かれており、既にティアが側仕えと共にそこにいた。
「ティアも説明をしてくれるって聞いたの?」
「ん、そう。お城の中がバタバタ騒がしくなってるから、もしかして結構大事なのかもしれない・・・」
「馬車でスレ違った騎士もボロボロだったから、何かに襲われたのかもしれないね」
何があったのかいろいろと予想していると、マーガレット様が入ってきた。
「すみません、お待たせしました」
「ん、大丈夫。それより皆騒がしくなってるけど、何があったの?」
「少し長くなりますので、座って説明しましょう。どうぞ掛けて下さい」
着席を勧められたので、ティアと共にテーブルに座ると、対面にマーガレット様が座り一息ついてから話し始めた。
「ダリア殿はカインの事を覚えておいででしたよね?」
「はい。歓迎のパーティーの時にも聞きましたから」
「カインは任務で今は首都に居ないと言いましたが、その任務というのが今回の騒ぎに関係があります」
フリージア様が言うには、公国南部の都市周辺に大型の魔獣の目撃が相次いだという。さらにその調査に向かった南部都市駐屯の騎士達が戻ってこない事が続いたことから、騎士団長であるカインさんに報告があり、女王との相談の
「つまりそのロイヤルナイツが帰還したということは、その魔獣の正体が分かった、もしくは討伐してきたということですか?」
あのボロボロの姿を考えればよほどの強敵だったんだろう。ロイヤルナイツは公国でも最精鋭らしいから、そんな騎士達がボロボロになる程とは一体どんな魔獣だったのやら。
「ん、ダリア、この騒ぎようからして討伐したとは考え難い」
「ティアさんの想像通りです。魔獣を発見した段階で数名のロイヤルナイツでは討伐不可能と判断し、彼らは一目散に撤退したようですが・・・」
「ん、逃げ切れなかった・・・?」
「えぇ、その魔獣に見つかり撤退もままならず、騎士2名の犠牲の元、何とか帰還を果たしたと・・・」
「・・・それで、その魔獣の正体は?」
「はい・・・ドラゴンです。しかも中級種のバハムートであると・・・」
「ウソっ!?バハムートなんて天災と言われる存在じゃ!?」
ティアが珍しく語気を強めて叫び、立ち上がりながらマーガレット様に確認する。
「ティアさんの言う通り、一説には人に抗える存在ではないと言われています。対抗するには一国の力を全て持って相対する他無いでしょう」
「それはつまり、公国中の全騎士を集めて対抗すると?」
「はい。報告では南部の各地に被害が出ており、王族としてこの状況は放置できません」
「ん、それでは本来各都市の守備に必要な人員が居なくなってしまう」
「しかし、ほとんどの騎士を動員しなければ対抗できないのもまた事実です。バハムートとはそれほどの存在と言われています」
悲壮感を漂わせながらマーガレット様は話し続ける。たしかバハムートは体長10m程の巨体で、第四位階以下の魔法を受け付けない特徴がある。人間で言う土魔法を主とした攻撃を繰り出してくるが、固有魔法のブレスは人が分類した属性に分けることが出来ず、射線上の全てを薙ぎ払う威力があると言われている。そういった事から僕は大規模な討伐隊を組んでも犠牲が増えてしまうだけで、むしろ少数精鋭で向かった方が言いと思うのだが、それは僕が判断することではないと思い直した。
「ん、状況は分かった。それで、その話を私たちに聞かせてどうするつもり?」
警戒したような目でティアがマーガレット様に質問した。
「はい、ですのでティアさんとダリア殿には至急王国へ帰れるように手配いたしました」
「・・・帰れるように、ですか?」
「はい。今回の事は公国内での事ですので、このままここに留まれば巻き込まれるかもしれません。現に南部を襲ったバハムートは、少しづつ北上しており、首都レイクウッドに現れる可能性も指摘されています」
「ん、フロストル公国としてはそれでいいの?」
「はい。客人を巻き込むわけにはいかないという判断です。この後荷物を整理してもらい、積込み終れば明日早朝にはここを発てます」
「ん、分かった。私はそれで構わない。正直私がいても邪魔になるだけで、もし私が巻き込まれると外交的に色々面倒なことになる」
ティアは王国の宰相の娘という立場でもあるので、この公国で負傷したりあってはならないが死ぬようなことがあれば、もしかしたらまた戦争の引き金になりかねないという判断だろう。では僕はどうしようか・・・
(公国では結構散財しちゃったし、前回はワイバーンでさえ大金貨100枚だったから、バハムートならもっと稼げるかも・・・よしっ!)
「マーガレット様に聞きたいんですけど、もしバハムートを撃退あるいは討伐したら公国から褒賞金は頂けますか?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
2人とも僕が何を言ったか理解できないというような表情で僕を凝視している。
「・・・あ、あの?マーガレット様?」
「何を言ってるのダリア!?バハムートは人がどうこう出来る存在じゃない!いくらダリアが規格外でもそれは人の中での話!」
「え、えぇ、確かにダリア殿はその辺の魔獣は歯牙にも掛けないでしょうが、ドラゴンの、しかも中級種となれば話しは別です!オーガ・ジェネラルのような上級種とは格の違う超級種なんですよ!天災と言われてるんですよ!」
僕としてはちょっとお小遣いでも稼ごうかなぁと思って聞いただけなのに、物凄い勢いで
「そ、そんなに過剰に反応されるとは思いませんでしたけど・・・心配しなくても大丈夫ですよ!それで、褒賞金はどうなんですか?」
「心配要らないって・・・いや、それは勿論解決に協力して頂いたのであれば相応の感謝はいたしますが・・・本気で公国に協力してバハムートに対峙するつもりですか?」
「あっ、僕一人でやりますから大丈夫です!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・あの?」
「ん、ダリアは冗談だった。じゃあ一緒に帰ろ」
「そうですね。では、荷物を整理して明日の準備を。魔道バイク等はこちらで積み込んでおきますので」
どうやら僕の発言は2人にとってあり得なさ過ぎて冗談に取られてしまったようだ。
「あの~、そんな白い目で見ないでもらえます?僕の攻撃に味方が巻き込まれると面倒なんで、一人の方が気楽なんですよ」
「ん、ダリア、現実をしっかり直視して。相手は天災と言われているの。人間一人の力なんて限界があるの!」
「我が国を助けたいという思いから言ってくれたのであれば嬉しいですが、私もこの後会議があるので・・・」
なんだか段々と説得するのが面倒になってきた。僕は今まで周りの知り合いを自分の事で巻き込んでしまったことがあるし、僕らを巻き込ませまいとするマーガレット様の言動は正直好感が持てたので、助けたいと思ったことは事実だ。
(仕方ない、勝手に討伐して公国に素材を売るなりしてお金は稼いでおこう)
面倒事を棚上げして、勝手に動こうかと決めた時、この部屋にもう一人の人物が現れた。
「失礼します王女殿下!」
「ん?カインか、どうした?会議はもう少し後のはずだろう?」
それは2年前に森で会った騎士のカインだった。
「はい、実は女王陛下より金ランク冒険者でもあるダリア殿のお知恵を
余計面倒な事態になってきてしまった事に溜め息を吐きたい気持ちをぐっとこらえた。とはいえ、バハムートが何処にいるのかも知りたいので、その会議に参加する意思を伝えた。
「分かりました、参加させていただきます」
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