第63話 フロストル公国 9

 僕は現在、場所を移して大きな会議室に居る。ティアは既に自室に戻り、帰国の準備に取りかかっているはずだ。なんと言っても彼女は荷物が多いので大変だろう。主に服でほとんどは側仕えがするのだろうが、ティア自身も色々とすることはあるはずだ。


 この会議室には女王陛下を始め、王配、マーガレット様、僕の出席を打診に来たカインと数人の騎士、それにまだ会ったことの無いエルフが何人かいた。


「ではこれより、対バハムート迎撃作戦会議を開く!既にある程度の情報は伝えているが、その上で再度有効な解決策を模索していく!なお、この場にはアドバイザーとして王国の金ランク冒険者でもあるダリア殿を招いている。何か思う事があれば遠慮せず発言してもらいたい!」


 陛下が立ち上がり、その言葉で会議が始まった。陛下が席に戻ると次に立ち上がったのはカインさんだった。


「ダリア殿にお礼を伝えたいところだが、今は時間がないのでご容赦願いたい。では、現状我が騎士団が取り得る事が可能な迎撃手法について申し上げます」


 騎士団が検討しているのは、一点集中型の作戦だ。強大な相手に対し戦力を分散して当たることは愚の骨頂。バハムートの予想進路上に全部隊で待ち構え、主に合体魔法にて攻撃。魔法は火系統魔法と水系統魔法を交互に打ち込み、バハムートの鱗を疲弊させる。その後、近接戦での戦闘により一気に勝負を決めるというものだった。その発言に対して一人のエルフが意見する。


「相手はあのバハムートだ、攻城戦の兵器も導入してはどうだね?」


「ご助言感謝します!しかし、相手の機動力に対し攻城兵器では準備に時間が掛かり意味を成さない可能性が高いと考えています」


「では、攻城兵器を準備した場所に誘い込むというのは?」


「現状ではバハムートの行動目的が不明のため、誘導できる確証がありません。奴は街を襲ったり、魔獣を襲ったりとしていますが、特段行動に一貫性が無いのです。奴が急に進路を変えても対応できるとすれば、スレイプニルやフライトスーツを使った移動が現実的です」


「つまり、兵器を動員するとなると、よほどの幸運が味方せねば意味はないということか・・・」


「はっ!そう考えていただいて結構です!」


 僕は静かに作戦会議を聞いていたが、その内容は出たとこ勝負の総力戦に聞こえる。ただ、相手が相手だ、中途半端な戦略では意味を成さない相手なら、戦力を一点に集中させて押しきるしかないだろう。攻城兵器がどんなものか、いくつあるかも知らないが、僅かばかりの幸運にかけて準備しても良いとは思うが、使用まで時間が掛かればバハムートに壊されるのがオチだろう。実際カインさんの反論に、発言していたエルフは何も言えないようだったので、強力な武器なのだろうが使用にはそれ相応の制限もあるのだろう。


「ふむ、皆落ち着け。相手がバハムートでは策らしい策も浮かばぬと見える。少し頭を切り替えよう。ダリア殿には何か手は浮かばぬか?」


 会議が紛糾してきたところで女王陛下が場に水を差し、僕に意見を求めてきた。謁見えっけんの時の話し口調と違うのは、女王としての立場ゆえなのだろう。


「えっと、少し確認したいのですがよろしいですか?」


「ああ、構わぬぞ!」


「まず僕の記憶が確かなら、バハムートは第四位階以下の魔法を受け付けません。公国には第五位階魔法が扱える魔法師がどの程度居るのですか?」


「・・・すまんが、国防の関係上他国の民であるダリア殿にその情報は伝えられんのだ」


「とすると、話の上がっていた攻城兵器の威力や数も・・・」


「察しの通りだ」


 残念ながらこの国の者ではない僕にはほとんど情報が貰えないらしい。それは仕方ないことだと分かるが、だったら何故僕はこの会議に居るのだろうと疑問に思ってしまう。この状況で良い案を出せと言っても、ピースの全く足りないパズルをするようなものだ。いや、あるいは僕の言葉を待っているのかもしれない。誰が発案して僕をこの会議に出席させたかは不明だが、きっとその人物の思惑は・・・


「そうですか。・・・実は先程マーガレット殿下にも伝えたのですが、僕は冒険者ですので、依頼していただければバハムート討伐を引き受けますよ」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「ダ、ダリア殿。この会議ではそのような冗談は・・・」


僕の発言に困ったような反応をマーガレット様が見せて、微妙な雰囲気になった場を収めようと何か口にしようとしたところで、別の人物が割って入ってきた。


「ダリア殿、それは可能なのか?」


口を開いたのは、僕が名前の知らないエルフの紳士だった。


「ええと、あなたは?」


「失礼、私はヴィクター・ウォーンズ。公国にて宰相の地位にいるものです」


 なるほど、この会議には本当の意味で公国のトップ達が勢揃いしているようだ。こんな公国の中心人物たちが揃う会議に、言ってみれば部外者の僕がいること自体あり得ないことだ。にもかかわらず、出席を打診されたという事は最初から僕をこの件に巻き込むつもりだったのだろう。問題はそれは誰の差し金なのかだが・・・。


「これは初めまして。ええと、ご質問の答えですが、私は実際にバハムートとの戦闘経験は無いので確実なことは言えませんが、ワイバーンとは戦闘の経験があります。それを基準に、戦闘能力がある程度上だったとしても大丈夫と考えています」


「・・・は?ハイバーンと戦闘?・・・それは何百人での作戦だったのかね?」


「いえ、私一人です」


「・・・君、冗談を言っている時間は無いのだ!もっと現実的な話をしてくれ!」


「はぁ、やっぱりそんな反応になってしまいますよね。では、僕が単独先行してバハムートを討伐してきますので、僕の事はいないものとして皆さんは作戦の準備をしてください。それなら支障ありませんよね?」


「確かにそれは支障は無いが・・・そんな自殺行為を我々が推奨したとなれば体面が良くないのだ」


 今度は体面の問題か。つまり、他国の人間に対外的には死んで来いと言っているも同然の依頼を出すことは反発を生む可能性があるのだろう。ならどうするのが最善か・・・


「では、バハムートの場所だけ教えてください。独断専行という事で、勝手にそこに行ったというていにすれば問題無いでしょう?」


「・・・君は一体?それでいいのかね?」


「ええ、マーガレット殿下は友人ですし、困っているなら力を貸したいと思います。それに、この国の魔具は僕の興味を刺激してくれるのでとても気に入っているんですよ」


「そんなことでか・・・我々に否は無いが、死ぬかもしれんのだぞ?」


「大丈夫です。さすがに敵わないと感じれば直ぐに逃げますよ」


「ダリア殿、公国にとっては願ってもない申し出だが、本当にそれでいいのだな?」


女王陛下が再度確認するように僕に問いかけてきた。


「ええ、いいですよ!」


「・・・分かった。財務卿、討伐・撃退の成否にかかわらず、ダリア殿が生きて戻った際には最大限の報奨を用意しておくように」


「かしこまりました!」


財務卿と呼ばれたエルフが深々と頭を下げ、女王陛下の命令を受けていた。


「よし、カイン!ダリア殿にバハムートの予想地点を伝えろ」


「はっ!ダリア殿、バハムートはこの首都より300km程南下した場所にて確認しました。我々はそこから何とか撤退してきたのです。おそらくその周辺か、もっと首都の方に移動しているかもしれない・・・女王陛下、あの魔具をダリア殿に貸与した方がより効率的かと愚行致しますがいかがいたしましょう?」


「・・・よし、許可しよう」


カインと女王陛下の間だけで色々とやり取りをしているが、一体どんな魔具なのだろう。


「ではダリア殿、後ほど公国の地図と魔力探知の魔具を貸与します。これは公国の秘匿技術でもありますので決して無くさないように、生きて返しに来てください」


カインさんのその言葉の意味も含めて承諾する。


「はい!分かりました!」


「ま、待てっ!ダリア殿!本当に死ぬかも、いや死ぬぞ!私とはただの友人だぞ!そんなことで命を懸けるようなことではない!」


 マーガレット様が焦ったように僕の行動を止めようと立ち上がった。その表情は僕の行動が理解できないといった顔をしていた。


「友人の為にしたいと思う事は何もおかしくないと思いますよ?僕はマーガレット様の為にそうしたいから、動くだけだよ!」


 僕には仲の良い同年の友人なんて片手で数える程度しかいない。そんな友人が困っているんだから手を貸すのは当たり前だろうと思っている。ワイバーンの時よりも成長している実感はあるし、自分の力がどこまで通用するのか知るいい機会だとも考えている。そう考え、マーガレット様の説得の為に少々不敬な言い方になってしまった。


(僕の考えが伝わればいいのだけど・・・)


「・・・そ、そうか。ダリアはそんなにも私の事を・・・。し、しかし私はエルフで君は人間だ、共に歩むには・・・いや、その気持ちは嬉しいのだが・・・私は王族で・・・」


マーガレット様は頬を赤らめ下を向きながら何かをブツブツつぶやいている。


(?これは伝わったのか?伝わってないのか?)


そんな状況に女王陛下が柏手かしわでを打って雰囲気を変えた。


「では、カインはダリア殿に地図や魔具など必要な装備を渡してくれ!他の者達は引き続きバハムート迎撃について会議を続けるぞ!」


「「「はっ!」」」


未だに何かを呟いているマーガレット様は心配だったが、カインさんと共に会議室を後にした。

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