第177話 ヨルムンガンド討伐 15

 王城の書庫にはメグ、フリージア、シルヴィア、ティア、シャーロットと数人の司書さんがいた。扉の開く音で気づいたのか、みんなが一斉に僕達の方へと読んでいる本から顔を上げて視線を投げ掛けてきた。


僕の姿を認めたみんなは笑顔になったが、後ろにいる軍服姿のジャンヌさんを見つけると、途端に訝しげな表情に変わった。そして、みんな何故かすぐに穏やかな笑顔を見せた。その表情の変化にどんな心境が込められているのか見抜けない僕は、ただただ苦笑いをしながらジャンヌさんをみんなに紹介しようと意を決して書庫へと足を踏み入れた。


「み、みんな、今戻ったよ!」


「おかえりなさいダリア。滞りなく済んだようでなによりです」


「ええ、どうやら各国からの協力は得られたようですね」


メグとフリージアは僕が話し合いの結果を伝えていないにも関わらず、各国が僕に協力してくれるようになったことを確信しているような口ぶりでねぎらってきた。何故そんな事が分かったのかという疑問はあるが、その通りなので頷く。


「うん。各国ともヨルムンガンドの危険性を認識しているようで、僕が満足させなければ世界が滅ぼされるかもしれないということで意見が一致したんだ」


「ん、私達が考え付くくらいだから、各国の為政者がその考えに辿り着くのは当然」


「そうですね。問題はダリア君の後ろにいる人くらいでしょうか?」


ティアはその結論に当然という感じだったが、シルヴィアはなんだか怖い笑顔で僕の後ろにいるジャンヌさんに視線を送る。


「ダリア様、帝国の軍服を着ているそのお方はもしや・・・」


おずおずといった雰囲気でシャーロットが指摘しようとしてきたので、ジャンヌさんをみんなに紹介しようと口を開く。


「えっと、この人は帝国のーーー」


僕が紹介しようとした気勢を制するようにジャンヌさんがずいっと僕の前に出て、自ら自己紹介を始めた。


「初めまして。私はエリシアル帝国の【剣聖】ジャンヌ・アンスリウム!ここには対ヨルムンガンドの為に、私の武術的知見を有効活用するべく、皇帝陛下からの勅命で参っている。武術的分野については存分に頼りにしてもらって良い!」


ピシッっと背筋を伸ばしながらそう言う彼女は、その服装もあって格好良く見えた。ただ、何となくだが、みんなに伝えているその言葉には、どこか挑発的な感情も込められているように聞こえた。


そんな若干ピリピリしている雰囲気の中、みんなジャンヌさんの前まで進み出て握手を交わした。


「初めまして。私は公国の王女、マーガレット・フロストルです。武術的な面では頼りにさせていただきますね。」


「初めまして。私はフリージア・レナード。私達の知識の足りない分野を補ってくれて助かります」


「ん、ティア・ロキシード。よろしく」


「・・・シルヴィア・ルイーズです。よろしくお願いします」


「初めまして。シャーロット・マリーゴールドです。帝国の【剣聖】のお噂はかねがね、頼りにさせていただきます」


メグやフリージアは笑顔なのに、目が笑っていないような表情だった。ティアはいつも通り、よく感情が窺えないような表情で、シルヴィアはジャンヌさんの胸の辺りを見ながら若干笑顔になり、シャーロットは警戒するような雰囲気で握手を交わしていた。そんな異様な雰囲気に苦笑いになってしまう。


「み、みんな、今は世界の危機だから・・・その、仲良く頑張ろうね!」


精一杯の笑顔でみんなを見渡しながらそう言った。


「ふふふ、何言っているのダリア君?もちろんじゃないですか!!」


「そうですよ、ダリア!」


「「「ふふふふふ・・・」」」


シルヴィアの言葉を皮切りにみんな突然笑い声を上げたが、僕だけだろうか、何故かその声は笑っているようには聞こえなかった。そんな混沌とした状況に、一筋の光が差し込んできた。


「ダリアお兄ちゃん戻ってきたの!!?」


 扉を開けて駆け込んできたのは、アシュリーちゃんだった。不安げな表情だったが、僕の姿を認めると途端に花が咲いたような笑顔で抱きついてきた。


「良かったの!元気なの!」


「心配掛けたようだね?僕は見ての通りもう元気だよ」


「ふぇ~ん・・・良かったの!心配したの!」


僕の胸に頭を擦り付けるようにして、涙声でそう言ってきた。こんな幼い女の子にまで心配を掛けていたことに申し訳なく思う。そんな彼女の頭を撫でながら、このまま場の雰囲気が和んでくれればと考えていた。しかしーーー


「・・・ダリアお兄ちゃん、女の人を連れてきたの?アシュリーは器が大きいからいいけど、みんなは嫉妬しちゃうよ?」


僕から顔を離し、周囲を見回してジャンヌさんの存在に気づくと、そんなことを言い放ってきた。


「ア、アシュリーちゃん?」


悪気もなくそんなことを言う彼女に、焦りながら止めようとするが、その言葉を聞いたみんなの険のある雰囲気が消えたような気がした。


「う、う゛ん・・・今は世界の危機、時間が惜しいので作業に戻りましょう」


「そ、そうですね。まだ全然終わりが見えないような状況ですから」


「ん、頑張る」


「わ、私も・・・」


メグの言葉を皮切りに、フリージアとティア、シルヴィアが書物を読むためにテーブルへと移動した。


「で、では私も手伝おう」


その様子を見て、ジャンヌさんもさっそく動き出した。


「そ、それでは私はアシュリーを一度部屋に連れていきます。ここでは邪魔になるかもしれませんので。アシュリー、行きますよ」


シャーロットはアシュリーちゃんの手を引いて彼女の部屋へと連れて行くようだった。確かに今の状況では、彼女の相手をしてあげられる時間は取れないだろう。ただ、アシュリーちゃんは去り際にぼそっと呟いた。


「まったく、みんなダリアお兄ちゃんの事になるとまだまだ子供なの」


 その言葉は扉の閉まる音と共に掻き消えていき、誰の耳にも入っていないようだった。いや、入っていなければ良いなという僕の願望がそこにはあった。ただ、彼女のお陰であの混沌とした雰囲気が霧散したことも確かだった。


(アシュリーちゃんって、本当に6歳だよな・・・)


 女の子は精神的な成長が早いと聞いたことがあるが、既に女心という面に関しては大人と一緒なのではないかと考えさせられた。


(もしかして、僕の方がある面では彼女より幼いかも・・・)


6歳の女の子にそう考えさせられる事実に、釈然としないものを感じてしまった。ただ、恋や愛といった面では彼女の方が僕よりも大人な考えなのかもしれないと思い知らされることになった。




 それからしばらく、みんなで公国の古い文献などから何か参考になることはないかと読み漁っていたが、決定的な手掛かりとなるような情報を得ることは出来なかった。


シャーロットが事前に文献からある程度目を引く記述を抜き出し、纏めていてくれた書類をジャンヌさんが目を通していたが、やはり公国は昔から魔法が発展しているだけあって、技術や知識はそちらに偏りがちだった。魔法の効かないヨルムンガンド相手では難しそうだ。


 ただ、調べられた中で気になったのは、遥か昔、人がドラゴンと渡り合う為に産み出されたとされる【祈願のつるぎ】という記述が気になったのだが、それがどんなものなのかということは何も分からなかった。文字通りそういう名称が記述されていただけで、詳細は何も書かれていないのだ。


「ジャンヌさんはこの【祈願の剣】という言葉を聞いたことはありませんか?」


行き詰まりを見せていた情報収集に一息入れるため、彼女に気になった名称について質問してみた。


「すまないな、聞いたことの無い名称だ。私は小さい頃から皇帝の姪という立場で、貴重な書物なども読み漁っていたが、それでも読んだことも聞いたこともないな・・・」


ジャンヌさんが申し訳なさそうに頭を下げてくる。彼女の【天才】の才能は、一度覚えようと思ったことは忘れることが無いらしく、とりわけ帝国で得られる武についての情報は一通り知っているのだという。そんな彼女でも聞いたことは無いという。


「名称を聞いて想像するに、剣に祈りを捧げるのですかね?」


フリージアが頭を悩ませている僕とジャンヌさんの間にひょこっと入ってきた。


「祈るか・・・宗教的な儀式か何かなのかな?」


剣に祈りを捧げる人々の姿を想像して、何となくそんなことを口にした。


「だとしたら、教会に奉納された品物か、もしくは御神体ということも考えられますね」


フリージア曰く、名のある名工が打った剣をお布施として教会に寄贈することもあるし、聖遺物とした剣を御神体としてまつることも昔はあったのだという。


「しかし、フロストル公国ではそういった風習はありません。我が国のアウラ教では、ユグドの木を御神木として遥か昔から奉っているんです」


フリージアの言葉にメグが反応して、フロストル公国の宗教観を語ってくれた。今読み漁っているのはフロストル公国の書物なので、この国の伝統的な儀式や文化なのかもしれないと思ったのだが、どうも違うようだ。ただ、剣に祈りを捧げると聞くと、武器が発展しているエリシアル帝国を思い浮かべるのだが、期待を込めた目でジャンヌさんを見ると、力なく首を振った。


「剣は使用するものであって、祈りを捧げる対象ではない。帝国にもそんな文化は無いな・・・」


「やっぱりそう簡単に有益な情報は得られないですね・・・」


ジャンヌさんの言葉にシルヴィアが疲れの感じる声で言ってきた。既に書物を読み始めて相当な時間が経過している。メグ達は朝からずっと籠っていたので、その疲れも一際大きいだろう。肉体的な疲労は、僕が回復速度を上げているので大丈夫だと思うが、進展の無いこの状況に精神的に疲れてしまっているのかもしれない。


「ん、そろそろ食事をして気分を変えるべき。今のままやっても効率が落ちる」


「そうですね!みなさん、少し休憩しましょう!」


ティアの提案にシャーロットが賛同して、みんなに休憩を促した。その言葉にみんな頷き、食事を摂るため食堂へと移動するのだった。移動中の重い足取りを見ると、思った通りみんな疲れを感じているようだった。


(みんな表面的には見せないけど、あと4日という制限時間と、目ぼしい情報が見つけられない今の状況に押し潰されてしまうかもしれないな・・・)


何か気分転換をした方が良いだろうと思うのだが、みんなが心の底から笑顔になれるような事をすぐに考え付くことは難しい。食堂に着くまで頭を悩ませていたが、ふとある考えが浮かんだ。


(・・・仕方ない、あれしかないか・・・)

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