第2話 ティアとの出会い

<???視点> 


 ガサガサガサッ!!! ドン!


「ん、なにかしら?」


 いきなりの頭上からした大きな音に私は疑問の声をあげる。気配を感じるとそこからは弱った人のような気配を感じる。しかし、こんな場所に人がいるとは普通は考えられないし、普通の人はこの森に入らない。

 

「人……?」


 私が音の発生源に目をやると体のあちこちから血を流し、落下時に木にぶつけたのか腕が曲がってはいけない方へ曲がっている少年が見えた。あれは痛そうね。でも生きてるのかしら?

 駆け寄ってみるとまだ息はあるようで気を失っているようだった。


「へぇ、運のいいことね」


 そうつぶやきながら私は、その少年の首元へそっと牙を突き立てたのだった。




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 ガバッ!!





 目を覚まし、あたりを見渡す。


 まず視界に入ってきたのは、オイルランプのような揺らめきのある明かりだった。

 そこから徐々に目が慣れてくるにつれて、自分がなぜ気を失ったかも思い出し慌てて体のほうに目をやった。


「!!!!」


 傷がない……?


 崖から滑り落ちる直前ですらあちこち怪我をしていたのに今は何一つ怪我が残っていなかった。その上、崖から落ちているのに。

 そのことに少し不思議に思いつつ、今は怪我がないことに安心する。そう考えていると冷静な思考が戻ってきたのを感じた。


 そして、今現在の状況に気づく。

 俺がはベッドから体を起こすと、外から誰がいるような気配が感じられた。


ガチャ


 外側からドアが開けられ中に入ってきたのは、腰ほどまである綺麗な銀髪で少し幼い顔立ちの可愛い少女だった。


「○○○、△△?」


 その少女はこちらを覗き込みながらそう言う。


「う、うん? すまないが何と言っているかわからないんだが」


 少女の言葉に困惑しながらそう答えると、伝わったのか伝わってないのかよくわからないが、少女は少し考えるそぶりを見せ、ふと何かを思い出したように部屋を出ていった。


 正確なところはわからないが体感時間で5分ほどたったくらいだろうか。少女が大判の雑誌ほどの大きさの綺麗な表紙の本を持ってきてあるページを開いた。

 少女はその本に書かれている魔法陣のようなものに手のほうから何かオーラのようなものを流し込み自分に向けた。


「まぶしっ!」


 その魔法陣から眩い光がもれ思わず声に出し目をつぶる。


「どう? これで言葉は伝わる?」


 少女の言葉に俺はハッとなる。言葉が理解できたのだ。俺は光が収まった本にちらりと視線をやり、それから少女の方へと視線を戻して返事をする。


「あ、ああ。君が崖から落ちた俺を助けてくれたのかい? 怪我も? それにさっきの光は?」


 俺は言葉が伝わる安心感からか、自分の中の疑問を少女に答える隙もなく口に出してしまう。しかし少女はそれに何か言うわけでもなく短く返事を返してくれる。


「一応、そうなるわね。それ以外は後で説明してあげるわ」


「……そうか、ありがとう」

 

 少女の落ち着いた態度に俺も少し落ち着きお礼を言う。少なくともこの少女は俺を保護してくれた恩人の様だ。それに理由は分からないが怪我も治っている。


 俺のお礼に少女は少し笑ってから言葉少なに口を開く。


「いいのよ。対価はもらったから」


「……?」


 えーと、対価。対価ね? 果たして俺は意識を失っている間に何を取られたのだろうか。

 知らない間に果たして何を持っていかれたのだろう。むしろ何を持っていけたのだろうか。ふむ、わからん。わからないことは聞くにかぎるな。


「対価には一体何を持ってったのかな?」


 そう少女に聞くと少女はすっと自分のほうに指をさして


「あなたの血よ。おいしかったわ」


 と、少女は簡潔にしかしにっこりと舌なめずりしながら、笑って答えた。幼い見た目なのに舌なめずりする様は心なしか妖艶にも見えた。


「なるほど、血ね。それにおいしかったって……。まるで俺の血を飲んだみたいだ。吸血鬼みたいなことを言うんだな」


「そのとおりよ」


 またしても少女の返答は落ち着いており簡潔だ。

 そして俺は少女の返答を聞き少し考えた。

 この少女は自身を吸血鬼だと言う。そして血を対価に俺を助けた。怪我の治療も含めてだ。


「そうか。本当にありがとう」


 導き出された結論は俺は少女に助けられたということだ。俺は心からお礼を言って、少女を見た。

 すると少女はひどく驚いたような顔をしてこちらを見ていた。


「え、どうした?」


 俺は思っても見なかった反応をされて、思わず聞いてしまう。


「私のことを知って、驚いたり怖がったりしない人初めて見たわ」


 そう少女が答える。だが、俺も別に驚いていないわけではない。怖がったりはしていないが。

 少女にそう教えると、それでも不思議そうにされた。そうか、吸血鬼は怖がられるのか。この子はこんなにかわいいのに。


「そうだ、俺の名前は神山良。神山(カミヤマ)が苗字で、良(リョウ)が名前だ。リョウって呼んでくれ。君の名前を教えてくれるか?」


 不思議そうに見られているだけでは話が進まないと思い自己紹介を始める。


「ティアよ。わたしもティアと呼び捨てで呼んでくれればいいわ」


 少女が答えながら何か思い出したように立ち上がり、棚のほうへ歩いていく。

 そしてカップに水を入れて持ってきてくれた。それを受け取りお礼を言ってから口をつける。



「聞きたいこともあるでしょうけど、今日はもう休みなさい。まだ疲れているでしょう?」


「分かった。ありがとう、ティア」


「ええ。おやすみ、リョウ」


 そうして、俺はまた意識を沈めたのだった。





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「んー、うん?」


 目を覚ました俺はとりあえず起き上がる。俺がきょろきょろと周りを見渡すと少女の姿が視界に入る。


「あら、起きたのね」


 ティアはすでに起きていたようで何か料理を作っているのが見えた。


「あ、ああ。おはよう」


「ええ、おはよう」


ぐうぅ


 誰かのお腹が鳴ったような音がした。というか俺だった。


「あら、食欲はあるようね」


 クスリとティアが笑い、おかゆのようなものをお椀に入れて持ってきてくれた。中を見るとオートミールの様な物のおかゆだ。


「ありがとう」


 俺はお礼を言い、それを残らず食べたのだった。







 食事が終わり、俺は気になっていたことや知りたいことを質問していくことにした。ティアはそれに淡々と簡潔に答えてくれた。


 ティアの話によると自分たちが今いるところは〈魔の森〉と呼ばれる森の中のティアの住処らしい。〈魔の森〉は他より強い魔獣が生息しており人は近寄らないらしい。また、ティアは吸血鬼族と呼ばれる種族で数は少ないものの強い力を持つために他種族から恐れられたりするため、一人で森に引きこもって過ごしているそうだ。そして、何故俺が急に言葉が通じるようになったかというと【言語理解】という魔法を覚えられる魔道書を使い、俺に【言語理解】を覚えさせたそうだ。


「魔法があるのか?」


 当たり前だが現代日本で暮らしていた俺は、魔法という存在を物語でしか知らない。


「逆にないところがあるの?」


 ティアは何を言っているのだろうと言わんばかりの表情をしながら、小首をかしげる。


 そこで俺はここにいた経緯を伝えていないことを思い出しそれを伝えた。


「魔法のない世界ね……」


 自分のいたところについてティアに伝えると不思議そうにしながらも概要は伝わったらしい。そこで俺は帰る方法がないかを聞いた。


「私にはわからないわ。ごめんなさい」


 予想してはいたがそう答えが返ってくる。謝ってもらう必要はないんだけどなぁ。


「そうか。いや、気にするな」


 それによく考えると両親も恋人もいない俺にとっては生きている場所が違うだけの些末なことのように思える。それにもともと俺は、あまり考え込む性格でもない。それよりも俺はこの世界で生きていけるような生活の基盤を作る必要があると考えた。


「すごく前向きなのね」


 ティアが感心なのか呆れてるのかわからない表情で言ってくる。


「いや、深く物事を考えていないだけだよ。それより魔法やここで生きていくにはどうしていけばいいか教えてくれないか?」


 俺は日本での生活に別れを告げ、この世界で生きていくことに決めた。

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