第9話 休憩中に

 アデオナ王国への道中は、いくつかの街を通過する。ウカとキコは寄った街ごとに何かを調べるように外に出ていた。


 それに対して俺たちは街によると屋台や露店を見つけては買ったり冷やかしたり、完全に観光気分でいた。そして今、しばらく国境まで街がなくなるという道中。山間部に差し掛かる道に出ていた。


 そこは馬車がすれ違える程度の道幅はあるものの、地面の状態がとても悪かった。もう一つの馬車の御者台にいるキコの部下が顔をしかめているのが見える。それに加えて徐々に馬車の揺れもひどくなる。


「これ、尻が痛くなるな」


 俺はそう呟いた。それに対してウカが苦笑しながら答える。


「そうですね。ここはいつもそうなんです」


「誰か整備しようとは思わないのか?」


「この先はアデオナ王国しかありませんし、食料を売りに行く私たちといくつかの商会ぐらいしか使いませんから」


 ウカの説明に俺は一応の納得をする。確かに商品を運ぶ商会の人が我慢さえすればどうにでもなるのであろう。それにしたってこの大きな揺れは不快である。


「ちょっと整備してくる」


「え、ちょっ!?」


 俺はそう言って馬車から飛び降り、そのまま馬車の上に飛び上がる。俺の突然の行動にウカは驚きの声を上げた。


 そんなウカの声を無視した俺は、魔法で地面を均す。ある程度見える範囲まで均すと、俺は馬車の上で休憩をする。揺れもだいぶマシになり、快適とは言い難いが無視できるレベルにまで落ち着いた。


「ほんとに無茶苦茶ですね」


 ウカは俺の方に向けてそう言った。それを聞いていたティアが何でもないように答える。


「私もリョウがいかなければやろうかと思ったわよ?」


「そうでした。そう言う人たちでした」


 ウカは諦めたようにそう言った。その横でウカの様子にリースとラピスが首をかしげる。実に微笑ましい光景だった。


 しばらく俺が均した道を進み、少し広い場所に出る。そこで馬車が止まった。


「少し休憩しましょう」


 キコがそう言って御者台から降りる。そしてその場で体を伸ばす。俺たちもそれに従って各々、体を伸ばしたりして休憩をとった。


 こうして10分くらい休憩をしていたところ、ふと遠くから近づいてくる気配を感じた。


「ん?」


 俺は短く声を上げて、気配の方向へ視線を向けた。ティアとリースは俺と同じくらいのタイミングで、ウカとキコは少し遅れて気が付いたようだ。


「なにかしら」


「さあな。盗賊とかじゃないことを祈りたいね。あとが面倒だ」


 俺とティアは顔を見合わせてそんな会話をする。そんな俺たちにウカは呆れたように声をかけてくる。


「なんでそんなに呑気なんですかね」


「問題ないことは決まっているのですね」


 そんなウカにキコも相槌を打つ。


「そんなこと言われてもな。そもそもウカでも余程の相手でもない限り大丈夫だろ?」


「それは、まぁ、そうなんですが」


 俺の言葉にウカは少し困ったように返事をする。そんな会話をしていると、ようやくその気配が視認できるくらいまで近づいてきた。


「お、あれかな」


 俺はそう言って気配の対象をしっかり見ようと視線を向けなおす。見えてきたのはボロボロの格好の男だった。そして男は俺たちに気付かづ、そのまま倒れた。


「死にかけじゃね?」


 俺は出てきた男を見てそう呟く。それに同意するようにティアやリースが頷いた。


「助けなきゃダメじゃないですか!」


 ウカは慌てて駆けだそうとする。しかし俺はそれを止めた。


「待て」


「なんでですか!?」


 怒ったように、そして焦ったように抗議してくるウカ。俺はそんなウカをなだめながら理由を話す。


「もう一つ、今度は集団の気配を感じる。あれはこいつを追いかけてきてるようだ。今飛び出すと俺たちもなんかされるかもしれない」


「でも、死にそうなんですよ!?」


「誰も助けないとは言ってない」


 俺はウカに苦笑しながら返事をしてボロボロの男に近づく。そのまま魔法を使って死なない程度の治療を施した。その治療が終わった頃にもう一つの気配の集団もこちらから見える範囲に近づいてきていた。


「今度は何だと思う?」


 俺はティアにそう尋ねる。ティアは少し考えた後答えを言った。


「貴族の私兵っぽいかしらね」


「やっぱりか」


 ティアの答えに俺はげんなりとする。もしそうなら確実に面倒ごとである。そしてそれはあたりだった。


「おい、お前! そこに倒れている男をこちらによこせ」


 俺たちに気付いた集団の一人が尊大な態度でそう言った。俺はため息を吐きながら答える。


「こいつは何をしたんだ?」


「私たちの領主様に反抗的な奴だ。何でも領主様の悪評を流そうとしていたらしいぞ。さあ、早く渡せ」


「ただの言論統制かよ」


 俺はますます面倒になる。どうせ渡してもろくなことにならなさそうだ。しかし俺の言葉を聞いた私兵の一人が怒ったように語気を荒げた。


「貴様も領主様に歯向かうのか?」


「いや、俺はその領主様を知らないから」


「知らないだと!?」


 もうどういえばいいんだよ。正解がわからん。


 俺は疲れたようにティアに視線を向けた。ティアは何も言わずに頷いた。


「あー、わかった、わかった」


 俺はそう言ってボロボロの男を担いだ。私兵たちはそれでも少し納得がいかないような表情をしているが、一応従う気があるなら、という感じで黙る。


「じゃあね」


 俺はそう言って魔法を放つ。今回は簡単に電撃だ。不意打ちで放ったため、私兵たちはなすすべもなく倒れた。


「よし、先を急ごうか」


 俺は何事もなかったかのようにウカにそう言った。ウカは呆れたように顔をしかめている。俺はそんなウカを放置して、私兵たちを道の端に適当に放り捨てるとティアたちに馬車に乗るように促して、ボロボロの男を荷物の場所に放り込む。


「あ、一応連れて行くんですね」


 俺の行動にウカはそこだけ反応した。


「まあ、事情を知ることができたら俺たちに何か来ても対処できるかもしれないしな。あとは端っこにさっき捨ててきたのと一緒においてたら絶対殺されるだろ」


「それはおそらく、はい」


「それよりも、早く行くぞ」


 こうして微妙な表情で返事をするウカを馬車に詰め込んで、俺たちは先を急ぐのだった。

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