第60話 溜息
「あれでよかったんですか?」
国王さんルシルのもとを辞した後、王城内の廊下を歩いているとふとウカがそう尋ねてきた。
「あれって?」
俺はウカにそう聞き返す。
「国王陛下に対する態度のことです。それと褒賞の件も」
「ああ、いいんだよ、あれで」
ウカの言葉に俺は短くそう答える。
「でもリョウさんって一応平民ですよね?」
ウカは俺が国王さんに対して砕けていたのを気にしているようだ。
「じゃあ、この国の兵士や騎士が俺や、ましてやティアを止められるか?」
「それは……。無理でしょうね」
「だろ?」
俺の言葉にウカが「むむむ」と唸るように考える。そんなことを気にしても仕方がないのに。
「でも後から不敬罪だ! とか言われませんか?」
「そうなったらこの国の王城がなくなるだけだしなぁ」
俺がそう答えると、ウカは今度こそ諦めたようにため息を吐いて渋々納得する。
そして王城を出ると俺は家とは別方向に歩き出す。それにウカが気が付いたのか、首をかしげて聞いてきた。
「今度はどこに向かっているのですか?」
「今度はマリーのところ。ついでに子供たちの様子も見ようと思って」
俺の言葉を聞いたウカは「ああ!」と声を出した。
「デルマ侯爵領の孤児たちですか?」
「そう言うこと」
短く返事を返した俺はそのまま先へと進む。その後ろにウカがちょこちょこと小走りでついてきていた。やがて見えてきたのが普通の屋敷よりやや広めにとってある土地と屋敷だ。王子が来ているのか騎士が数人入り口を警備している。
「ここですか?」
「そうみたいだな」
俺はウカにそう答えながら入り口を警備している騎士に声をかけた。
「エディがいるのか?」
「貴様、王子殿下を呼び捨てとはどういうつもりだ?」
「どういうつもりも何も聞いているだけなんだが」
「貴様ぁ!」
どうやらファーストコンタクトに失敗した様だ。俺の後ろでウカが頭が痛そうにして、ため息を吐いている。そんな俺たちの態度が気にくわなかったのか騎士たちが殺気立つ。今にも剣を抜きそうだ。
「じゃあ、もういいから、中に入れてもらってもいいか? 俺は用事があるんだが」
「いいわけないだろ!」
騎士の一人が剣を抜いてこちらに構えた。どうしようか。殺してしまうわけには行かないしなぁ。
「何の騒ぎだ!?」
騎士が今にも俺に飛び掛かろうとしたその時、屋敷の方からそう声がかかった。
「よっ」
俺はその声の主に手を上げて短く挨拶をする。中から駆け足でやって来たのはエディ王子だった。その後ろにマリーがゆっくりと続いている。
「エディ王子殿下! こやつが侵入しようと!」
どうやら騎士の中では俺が無理やりここを通ろうとしたことになっているらしい。酷い言いがかりだ。
「リョウ殿じゃないか。ん、侵入? そんな馬鹿な。そんなことよりも貴様! 死にたいのか!? 速く剣を下ろせ!!」
騎士が俺に向けて剣を構えている様子を見て、王子が焦ったように怒鳴りつける。
「な、何故です?」
王子に怒鳴られた騎士は「解せぬ」みたいな表情で、そう聞き返していた。そこに後ろからゆっくりと追い付いてきたマリーが言う。
「あなたじゃ、何かをする前にリョウ様に殺されますよ?」
マリーがにこにことそう言うと、騎士はますます引っ込みがつかなくなったのか顔を赤くして怒りを露にした。
「マリー殿、そんなバカな話を誰が信じるんです?」
騎士はそう言って俺に向けて剣を構えなおした。他の騎士は王子の言葉を聞いて冷静になっているというのに、こいつは何なんだろう。
「おいおい」
俺はため息交じりにそう言って王子に視線を向ける。言外に「こいつ殺っちゃっていい?」という意味を込めて。
「できればやめてくれ」
王子が沈痛な面持ちでそう言葉を絞り出す。マリーは「あらあら」と言う風にニコニコ顔のままだ。
「死ねぇ!!」
俺がよそ見をしているうちに、隙があると思ったのであろう騎士が切りかかってくる。俺は騎士に対して一瞥もせずにその剣を避けた。
「なっ!?」
「「はぁ……」」
騎士が一瞥もせずによけられたことに驚くのと同時に、王子とウカの「やっちゃった」と言う諦めに近いため息が聞こえてくる。
「貴様ぁ!!」
騎士は恥をかかされたと思ったのかますます憤怒の表情を見せ、連続で切りかかってくる。怒りでまともな思考力が落ちてきたのか、どんどんと避けやすくなっているのにすら気が付いていないようだ。
しばらく騎士の剣よけ続けていたが俺はふと足を止める。
「む?」
騎士が「好機!」と言わんばかりに口元を歪めた。そしてすぐさま剣を振り上げて向かってくる。
「飽きた」
俺はそう言うと騎士の剣を白羽取りする。
「なにっ!?」
騎士は驚いて固まってしまう。隙だらけである。俺はそのままつかんだ剣に力をいれて騎士の手から奪い取る。
「!?」
騎士は剣を手放すまいと踏ん張ろうとするが、態勢が悪く、剣を手から放してしまった。
「もういいよな?」
俺はすぐに剣の持ち手を掴むと騎士の首筋に充てて見せた。騎士の表情に絶望が宿る。
「それくらいでやめてあげてくれないかな?」
俺が一歩を踏み出そうとすると、エディから待ったがかかった。俺と騎士の視線がそろって王子に向けられる。俺は「は?」みたいな顔で、騎士は「助かった」と言わんばかりの顔で。
「王子の指示を聞かなかった時点でもういいんじゃないか?」
俺は王子にそう問いかけた。
「たとえそうでも子供たちが見ているかもわからないこんな入り口付近でやることじゃないよ」
王子はそう言ってこちらの目をまっすぐと見てきた。それにしても王子の周りの騎士は血の気が多い奴が多い気がする。冷静な人もいるにはいるようだが。
「ふーん。じゃあ、こいつの処理は任せても?」
「ああ。しっかりと教育しておくよ」
「なぜですっ!?」
王子の言葉に切りかかって来た騎士は絶望した様な暗い表情でそう叫んだ。
「私の指示を聞かなかった時点でだめだろう?」
王子は呆れたようにそう言った。そして冷静に王子の指示を守った騎士に暴れた騎士を連れていくように指示を出す。
「王子殿下ぁー!!」
連れられて行く暴れた騎士は必死に王子に呼びかけているが無視されていた。見ていた俺の心境としてはドナドナが心の中で流れている。
「元気だねぇ」
俺はそう呟いて連れていかれる騎士を見る。その後ろでは王子とウカのため息の音がやけに響くのだった。
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