第29話 ティアと散策

「わかったわ」


 男の頭を掴み記憶を抜き取っていたティアはふとそう呟いた。ティアから記憶を抜き取られた男は苦痛に耐えるような表情を浮かべて気絶している。どうもその魔法は相手になかなかの刺激があるようだ。


「お、誰からの指金かわかったのか?」


「ええ。どうもこの国はよそから王都に来た人を監視しているようね」


「ああ、それについてはそいつも言ってたな。で、その指示は誰が?」


「この国の宰相ね。どうも自分に対する敵をなるべく速く見つけるためにそうしているみたいよ。それに加えて私たちは特に監視するように言っているみたい。私たちって何かしたかしら?」


 この国の宰相の指示している場面を見ているらしいティアが不思議そうにしながらそう呟く。それについては俺も同感だ。この国の宰相に目を付けられるようなことを俺たちはまだしていないはずだ。


「ちなみにこいつの所属は?」


「この国の暗部ね。なかなか大きな組織みたいよ」


「そりゃ、まいったな。一人逃がしてるし、俺たちは完全に目を付けられてる」


「リョウが逃がしたの? 珍しいわね」


「そうじゃない。矢を放って速攻でとんずらこかれた。追ってもよかったんだけどこいつからも話を聞きたかったし放置したんだ」


「そう。じゃあ、どうするの?」


 ティアの質問に俺は腕を組み考える。別にこいつらの集まる場所に報復をしに行っても構わないがそれが最善かと言われると疑問である。ウカの話の邪魔になるかもしれないしそうなるのは俺の本位じゃない。


「とりあえず放置でいいかな。騒ぎを大きくすればウカの話の邪魔になるかもしれないし」


「そう、わかったわ」


 ティアも納得したのかそう言って頷くと、記憶を抜き取った男に邪魔だと言わんばかりに道の端に投げ捨てる。俺もティアにならって俺を後ろから襲ってきた男をティアが投げ捨てた男の方に重なるように放り投げた。


「それで、リョウはこれからどうするの?」


「そうだな。今日はもう何かする気分じゃないし……。ティア、向こうはどうだった?」


「みんな楽しそうに留守番してくれていたけど?」


「じゃあ、二人で散歩でもしないか? 最近はみんないて忙しかっただろ?」


「いいわよ、でもその前に……」


 ティアはそう返事しながら俺に近づいてくる。そして俺に抱き着くようにして、首筋に咬みつき俺の血を啜る。なんだかティアの吸血鬼らしい行動を久しぶりに見た気がする。やがてティアは満足したのか俺から離れてこちらを見る。


「ふふ。ご馳走様」


「満足したのか?」


「ええ、久しぶりだったからおいしく感じたわ」


「そりゃよかったよ。じゃあ、行こうか」


 俺は甘えるように腕を組んできたティアを連れて、この場を離れる。ここは人気がないとはいえ少し行くとすぐに人がいる場所にでる。こんなところでいつまでもいてもしょうがないだろう。


 少し歩いて大通りに戻った頃、ティアは組んでいた腕を話しふと口を開いた。


「それで、どこに行くの?」


「そうだな。適当に露店でも回ってそのあと飯にしないか?」


「いいわね。そうしましょ」


 俺の言葉に同意して頷いたティアは今度は嬉しそうにして俺と手をつなぐ。そうしてまた少し歩いて行くと大通りから若干離れた場所に露店が並んでいる通りに出た。


 そこで俺たちはこの露店がある場所と大通りの雰囲気の違いに気付く。大通りにいる人達はどこか暗い雰囲気を纏っていたがこの露店がある通りでは、どこかたくましさというものを感じるのだった。


「お、ティア。これなんかどうだ?」


 俺は露店に並べられている一つのアクセサリーを見てそう声をかける。俺の声につられてティアはそのアクセサリーに視線を向ける。それは青銀色に輝く石を加工して革の紐で結んであるペンダントだった。


「これいいわね」


「じゃ、これ買うか」


 俺はそう言って露天商に声をかける。


「これいくらだ?」


「ん? 銀貨五枚だ」


「じゃ、これで」


 俺は愛想の悪い露天商に銀貨五枚を払い、そのペンダントを受け取る。そしてそれをそのままティアに付けてやる。


「似合ってるぞ」


「そう? ありがとう」


 ティアが俺にそう言いながら嬉しそうに微笑む。ティアの銀色の髪に対して主張しすぎない青銀色のペンダントはそれでいて決して目立たないというわけではなく、いいアクセントになっていた。


 こうしてプレゼントを買ったり、いろいろな露店を冷やかしたりしながらしばらく歩いていると、時間的には夕方に差し掛かろうとしていた。


「軽く夕飯を食べてから帰ろうか?」


「そうね」


「何が食べたい?」


「なんでもいいわよ?」


「それが一番困るんだが……」


 俺とティアは意味のない会話を楽しみながら飲食店がありそうな場所を目指して歩いて行く。そしてしばらくいろんな店を見て回ってそこそこ人が入って入る酒場を見つけた。


「ここにするか?」


「そうね。人がある程度入っているのを考えると大外れってことはなさそうね」


 俺の提案にティアはそう言って同意する。そして店に入るとそこには酒場らしい喧騒が広がっていた。案内された席に座り、俺とティアは渡されたメニューから気になったものを選んで注文して待つ。その間、急に俺たちに近づいてくる者を感じた。


「おい、嬢ちゃん! そんな男より俺たちと飲まないか?」


 どうやら待っている間に来るものはいらない騒動だけらしい。

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