第32話 思わぬ気付き

「え?」


 俺はマリーの言っていることが理解できず、一瞬の硬直の後疑問の声を上げた。


「ですから、お姉さまに好かれていますね。と言っているんです」


 マリーは俺が理解できていないのを察したのか、そう言って捕捉説明を入れてきた。ティアは珍しく表情を大きく変化させて羞恥でか真っ赤になっている。


「そんなの見てれば誰でもわかるの!」


 そう、唐突に言葉をぶち込んできたのはリースだった。ティアは「!?」となってリースの方を向く。


「何も気づいてないのはリョウお兄ちゃんだけなの!」


 そう言葉を続けるリースはなんてこともない、当然といった表情をしている。俺はリースのいいように愕然とした。


「そ、そうか」


 俺は辛うじて苦笑いしつつそう答える。確かに定期的に吸血が必要ならあんな森の中に引きこもりはしないだろう。それに俺たちと一緒に普通に飯も食べている。遅まきながら、俺はティアの行動の意味を理解したのだった。


「「……」」


 静寂が訪れる中、俺とティアはそろって無言で顔を見合わせている。そして目があったティアは顔を赤くした。


「ティアお姉ちゃん可愛いの!」


 そして畳みかけるようなリースの言葉。もうやめたげて。ティアのライフはゼロよ。仕方ない。とりあえずこの場は流すか。


「その話は今度俺たちで話し合おう。それよりもしないといけない話はあるだろ」


 俺はそんな風に提案した。


「逃げたな」


「逃げましたね」


 王子とマリーのそんな指摘が入る。しかし、ここはスルーだ。これ以上、この話を今広げても進むとは思えないしな。


「そんなことより、子供たちの話だ。王子の方はどこまで進んだんだ?」


 俺は二人の視線を丸っと無視してそう質問する。俺が今はこれ以上話す気がないというのを感じたのか王子もすっぱりと態度を変えて答えた。


「今は子供たちが生活できる屋敷の確保と手続きの途中だな。父上の説得も終わっている。明日には屋敷も手に入るだろう」


「そうか。で、マリーが子供たちを見てくれるということでいいのか?」


 話の流れからうやむやになっていたがティアの妹ってことは、結構な長生きのはず。加えてティアもなかなかの過去を持っていた。マリーも同じような過去を持っていてもおかしくない。すると考え方まで似ているのだろうか。具体的にはすぐに頭を吹き飛ばしてしまうような……。


「リョウ様? 何か失礼なことを考えていませんか?」


 にっこりと笑いつつも目が笑っていないマリーから声がかかる。怖い。


「そ、ソンナコトナイデスヨ」


 俺は目を逸らしながら言葉も片言になる。


「怒らないので言ってみてください?」


 表情を変えずにそんなことを言うマリー。それ絶対怒るやつじゃん。それ言って怒らなかった奴を見たことがない。


「いや、マリーもティアみたいにすぐ殺して解決! みたいな考え方なのかな……と」


 マリーの視線の圧力に耐えきれず、正直に考えていたことを言ってしまった俺。ティアからさっきとは一変してジト目が突き刺さる。そしてマリーからもジト目を頂戴する。なるほど、確かに姉妹だ。


「リョウ様。その評価も甚だ不本意なのですが、それの前にも何か考えていらしてましたよね?」


「え、えーと?」


 マリーのやまない追及になんと考えていたか思い出そうとする。


「あ。ティアと姉妹なんだったら結構長生きしてるんだよな、って……」


 言いながら気付く。女性に年齢の話を振ってしまった、と。これやばいかもしれない。案の定。姉妹からのジト目からの圧力が増す。王子からの「あーあ」みたいな視線が痛い。リースはのほほんとしてるし。保護した少女は何も考えていないような表情でボケっとティアの膝の上に座ったままだ。助けになりそうな者がいない。


「もうっ。失礼ですよリョウ様。私だってお姉さまより100歳は若いんです!」


「す、すみません」


 俺はとっさに謝ってしまう。しかし、そう言って可愛らしく怒るマリーは確かに数百年以上生きているとは思えないほど可愛らしい。しかし、俺にとっては数百歳も生きている者同士の差なんて誤差のように思う。言わないけど。


「それに私はずっとこの近辺で人に紛れて生きてきたんですよ? ティアお姉さまみたいに何でもかんでも魔法で吹き飛ばし始めるような危険人物と一緒にしないで欲しいです。常識ぐらいわきまえています」


「ぐぅ……」


 今度はティアが流れ弾をもらっている。ティアからは辛うじて呻き声が漏れ出た。


「悪かった。とりあえず、子供の面倒を見てくれるってことでいいのか?」


 俺は自分が原因とは言え、またも話の中身が明後日の方に飛びそうなのをもとに戻しつつそう聞いた。


「ええ。任せてください」


「そうか。じゃあ、よろしく頼むよ」


 こうしてひとまずマリーとの話しは、ひと段落をつけることができたのであった。


「さて、残る問題は……」


 俺はそう言ってティアの膝の上に乗っている少女に視線をやる。それにつられるようにほかのみんなの視線も少女に向いた。みんなの視線を一斉に集めた少女は首をこてっと傾ける。


「この子のことが何一つわからないってことなんだよなぁ」


 俺はそう呟いた。少女は何を言われているのかわからないというような表情だ。そもそもほとんど口も開かないしな。


「何か覚えていることはないのか?」


 俺は少しでもわかることがないのかと少女に質問してみる。しかし、少女は首を横に振るだけだ。


「名前は?」


 少女は首を横に振る。


「親とかは?」


 またも少女は首を横に振る。


「どこに住んでいたとかは?」


 またまた首を横に振る少女。


「だめだぁ。何もわかんねぇ」


 俺はさじを投げた。


「とりあえず、本当の名前がわかるまで仮でもいいので名前をつけてあげたらいかがですか?」


 そう提案してきたのはマリーだ。なるほど。確かにいつまでも保護した少女と言い続けるのもおかしな話か。


「何か希望はあるかな?」


 俺は少女にそう問いかける。しかし少女には首を横に振られてしまった。ほんとに喋んないな、この子。


「しかし、名前か。ぱっと思いつく名前が出てこないな」


 俺はそう言って考え込む。改めて少女をしっかり見てみる。痩せてほっそりとしているがしっかり食べさせて成長すれば可愛くなるだろうと思えるような少女だ。髪も王城で初めて会った時よりもきれいにされていて、瑠璃色の髪がきれいに見えていた。


「瑠璃とか、ラピスとか、か?」


 俺が髪の色から連想してそう言うと少女がこっちを見てにぱっと笑う。


「この世界であればラピスの方がいいか?」


 俺がそう言って少女に視線を向けると今度は首を縦に振った。気に入ったようだ。


「いいんじゃないかしら」


「いいと思うの」


 ティアとリースも同意を示し、エディ王子とマリーの反応も悪いようには見えなかった。


「じゃあ、とりあえず本当の名前がわかるまではラピスって呼ぶな?」


 俺がそう少女に……いやラピスに問いかけると、ラピスは嬉しそうに頷いたのだった。

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