転移した男の気ままな旅

mk

始まり

出会い

第1話 始まりは森の中

 まず目に入ってきたのはひたすらに木であった。まるで樹海かと思うほどに、木が生い茂っている。地面は落ち葉や雑草が隙間なくあり、現状を疑うことを許されないほどの完璧な森である。


「えぇ……」

 

 どうして自分が何故こんな場所にいるのか、さっぱり分からず困惑してしまい、思わず疑問の声を出す。そして俺は周りをぐるりと見渡した。それでも現状を理解する事が出来ず困り果ててしまう。

 とりあえず、自分が思い出せるだけ思い出してみることにしよう。

 

 自分の名前は、神山良(カミヤマ リョウ)。歳は21歳で、大学生。アルバイトをしながら、高1の時、交通事故で死んだ両親の遺産をやりくりして生活していた。親戚もいないしその辺を自力でどうにかするしかなかったのだ。高校生の時から一人で生きてきたため、ある程度の家事や生活に必要なことは自分一人でできるし、できなければ生きていけなかった。そのためか俺はほかの学生よりは考え方が大人であったと言えるだろう。それからは自分なりに勉強し、何とか普通の大学に入り学生生活を続けていた。

 

「よし、ここまではOKだ」


 俺は自分を納得させるかのようにそう呟く。そこから続けて自分の現状について考えを巡らせる。


 今日は夜にアルバイトから帰ってきて、家に食べるものが何もないのに気が付いて、近所のコンビニに行こうとして玄関から出た。

 するとなんということでしょう! 家の目の前が森になっているではありませんか!


 俺は状況が信じられず、後ろを振り返ると自分が住んでいた家すら消えてるし。なんじゃこりゃ。気が付いたら森の中に放り出されているという事実に俺は焦りよりも困惑してしまう。

 

「なるほど、わからん」

 

 これは夢だと思い込んでみる。そう、これは夢だ。

 しかし現在仕事をしているのかよくわからない五感から感じられる風や土、森のにおいなどがしっかりと感じられ現実逃避を許さない。


「グルルルルルルル」


 何か聞こえるがとりあえずは無視だ。


 とにかく、今ここで現状を理解するのは諦めたほうがいい気がするので、すっぱり諦めることにする。

 俺はとりあえず今すべきことの方針を立てようと考える。そう、俺は切り替えができる男なのだ。


「グルルルルルルルッ!!」


 うるせぇ! 今考え中なんだよ。俺は背後から聞こえる声を再度黙殺して思考に戻る。


 現在地がわからない以上、無駄に歩き回っても意味はないし、まだ賭けに出る段階ではないと判断する。


「まずは、水と食料、それと安全な寝床だな」


「グルルルルルルルルルルルウルルルル」


「いい加減にうるせぇ!」


 俺はひとまずのこれからの方針を決めてさっきから聞こえてくるうるさい声に向けて怒鳴りつける。そして後ろを振り向いてその音の発生源へと視線を向けた。


「「……」」


 目があった。あってしまった。

 いや、何かいるなーとは思ってたんだよ。ちょいちょいうなり声とか聞こえてきてたし。うん。でも認めたくなかったんだよねぇ。だって野生動物相手とか無理じゃん。日本で普通に生きていて野生動物と対峙する。あまりない話だ。

 

 俺の願いを無視するように、そこにいたのは4匹の黒い犬のような生き物だった。日本では見たことないような種類だ。角とか生えてるし。


「「「「グルルルゥゥッゥゥ」」」」


 空腹なのか、涎を垂らしながらうなり声をあげる黒い犬たちを見て思わず後ずさる。


 これはやばい。そう考え、刺激しないようにゆっくりと後ずさりながら周りを見渡した。

 

パキッ!


 後ずさりながら踏んでしまった枯れた木の枝から音が鳴った。俺の頬に冷汗がつたう。まずい。これは非常にまずい気がするぞ。


「「「「ガウッ!!!」」」」


 俺の心情を知ってか知らずか、その枯れ枝を踏んだ音を合図に四匹の犬が一斉に飛び掛かってきた。


 それと同時に、俺も全力で逃げ出す。無我夢中だ。今なら自己ベストを叩き出せるであろうスピードが出ている気がした。俺はちらちらと走りながらも後ろを確認し、なるべく距離をとれるように前方を見て走るルートを考えて動く。

 しかし、野生動物と現代日本の都会で生活していた自分には、やはり体力に差があるだろう。徐々に距離を縮められ隙を見た犬達に飛び掛かられる。


「ぐっ!」


 俺はあちこち傷を負いながらも、森の中を自分の出せる限界のスピードで逃げ続ける。


 無我夢中で逃げていると、開けた場所が見え安心したのもつかの間。そこには地面の先がなく、俺は切り立った崖の上に立っていた。崖の下もこれまでいた場所と同じように森になっていて、地面が見える隙間もないくらい木が生い茂っている。


 俺はそれを見ながら背後を確認した。


「これ、詰んだなぁ」


 他人事のようにつぶやき現実から目を逸らそうとするが、後ろから黒い犬達の殺気立った息づかいが感じられ、やはり現実逃避は許されなかった。そして俺がこれ以上逃げられないことを犬たちは悟ったのか一匹を先頭に隊列を組んで俺の側へと迫ってくる。

 

「ガウッ!!」


 そして4匹のうちの先頭の1匹が吠えながら俺に向かって飛び掛かってきた。

 

 本能的にまずいと思いつつも横に飛び、辛うじて避けようとするが犬の前足が掠ってしまい、鋭利な爪に腹を裂かれる。

 

「ぐっ、しまった!」


 腹に爪が掠った衝撃や飛んだ場所が悪かったせいで俺はそのままバランスを崩し、足を滑らせる。体に浮遊感と風を切る感覚が伝い、俺はそのまま意識を失うのであった。


 最後に俺の記憶に残っているのは耳に残っている風の音と腹の痛みだけだった。





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