第51話 アデオナ王国の食糧事情

 俺はティアのいきなりの実力行使に若干引きながら声をかける。


「あのー、ティアさん?」


「何かしら?」


「いきなりどうされたのですかね?」


 俺の質問にティアは普段通りの表情で首をかしげると、さも当然と言わんばかりに口を開いた。


「ずっと長々と話を止められ続けるのは嫌だわ。それに敵意の視線も鬱陶しいもの。それにリョウも何回か警告はしているのでしょう?」


「それはまぁ、そうなんだが」


 俺はティアの言葉に消極的に肯定の言葉を返す。俺としては一応、タカもトップに近い立ち位置にいるように見えたため、殴って黙らせるのを遠慮していたわけなんだが。まぁ、ティアが我慢できなくてやってしまったものはしょうがないか。


「まぁ、いいか」


 俺はタカが倒れている横で呆然としているバードにちらりと目をやってからそう呟いた。正直、俺としてもそろそろ面倒にはなっていた奴のことである。限界が俺より先にティアに来ただけのことだ。バードにも散々注意されておいて、それでもと何かとつけて突っかかって来た奴が悪い。


 俺が一応の納得をしているのに対して、タカの部下あたりは一撃でタカを沈めたティアに恐怖を感じたのか、怯えたような眼差しを送ってきている。俺はバードに視線を向け直すと声をかける。


「まぁ、タカは気絶したわけだが……。話を進めようか」


「あ、はい」


 俺の言葉にバードは気を取り直したように返事を返した。俺はバードの返事を聞いて頷くと言葉を続ける。


「とりあえず、この先の部屋にある隠し部屋の中にハシームとハラハンを閉じ込めている。会ってからどうするかは俺たちとしてもどうこう口出しする気はないから、好きにやってくれて構わない。が、俺たちに何かさせようとすることを考えるのはやめてくれよ」


「……分かりました」


 俺の言葉に思案したような表情になったバードはやがて頷きと共に返事をする。俺はそれを見てから、ウカ達の方へ視線を向ける。


「ウカ達は何か言うこととかあるか?」


「いいえ、私たちから何か言うことはありません。それに本件以降に取引する予定もありませんし」


「そうか」


 俺の言葉にあっさりと返事を返すウカ。そもそも俺たちがアデオナ王国に向かうきっかけになったのはウカ達の商会がアデオナ王国に舐められた報復だ。ウカ達から何かやることがないのならば、俺たちはもうノータッチでも構わないのだ。これ以上、俺たちにちょっかいをかけることのできる者もいないだろうし。心配するとすれば地方を治めている領主をしている貴族は、まだ王都で起こっていることを知らないため、勢力をしっかりと保ったままでいることぐらいである。


 俺がそう考えていると、バードは少し躊躇いがちに口を開いた。


「少し、僕だけで話さしてもらえませんか?」


「ん? まぁ、いいが。大丈夫か?」


 俺はハシームやハラハンが最後の抵抗とばかりにバードに何かすることを心配して聞き返す。それにバードは少し苦笑いをしつつ返事を返す。


「流石に引きこもって贅沢の限りを尽くしている人たちにはやられたりはしませんよ。これでも多少は戦えるんです」


「そうか。じゃあ、好きにしろ」


「ありがとうございます」


 俺の言葉にバードはほっとしたようにお礼を言うと、そのまま隠し部屋の中に入って行った。俺たちはそれを見届けた後、バードを待つ。その間に今度は反乱軍のトップをしていたトビが口を開く。


「もしかして、さっきの言様だと狐の商会は俺たちにも商品を卸してくれないのか?」


 その質問に俺たちの視線はウカへと向かう。ウカは俺たちの視線を一身に受けてなお、涼しい顔をして口を開いた。


「私たちにメリットがないのでこの国には来ないでしょうね」


 ウカの言葉にトビやその部下たちは絶句する。俺としてはそりゃそうだろう、という気持ちである。これからこの国がバード主導になったとしても、元々国と取引していたウカが、取引で余計なことをしてきた相手のトップが変わったからと言って普通に商売をやるという判断にはならないだろう。


 それに対して困るのはトビやバードなのだろう。本来、農業をやっている平民から作った作物を貴族が搾り取るような国だ。平民への食糧事情は逼迫しているだろうし、健全な状態に戻ろうと思えば最初の数年は食料支援も必要になるだろう。そうなると、貴族が貯めている食料を解放するか、外から買い付けるしかない。そして外から買い付ける場合、この国に食料を卸している商会はウカ達だけだったのだ。他の商人はそもそも国境を隔てる森をわざわざ抜けようとは考えないし、来るとしても重い食料を運ぶよりも嗜好品や宝石類の小さくても儲けが出る商品を運ぶだろう。


 加えて貴族が貯めている食料を解放する案の方だが、それは貴族が反発をするだろう。そもそも今回の反乱に対しても貴族の大きな反発があるだろうし、貴族が私腹を肥やす機会を大きく奪おうとしているバードたちに兵を差し向けてくることぐらいは普通にするだろう。これから内戦になるかどうかはバードたちの手腕にかかっているが、どちらにせよ全員の貴族を納得させるのは難しいだろうし、それで結局、戦をするのにも食料はいる。


 トビはウカの言葉にショックを受けたような表情を浮かべて口を開こうとする。それに対して、トビたちの事情を知ってか知らずか、いや、ウカは分かっているのだろうが、涼しい表情を変えないまま言葉を続ける。


「そもそも今回私自身がこの国に来たのは私たちの商会に払うべきはずのお金をせこくも誤魔化したからですよ。それがトップが変わるので来てくださいって言われても行くわけないじゃないですか。どうしても必要ならちゃんと私たちの方へ来てから何かを言ってほしいものですね」


「……」


 ウカの言葉に何も言えなくなるトビは悲壮な表情をしていた。俺たちがそんなトビたちを眺めていると隠し部屋の中に入って話をしてきたバードが部屋から出てきて、俺たちの様子を不思議そうに見ている。


「何かあったんですか?」


「いいや、何も。ちょっとウカがトビをあしらっただけだ」


「そ、そうですか」


 俺の言葉にバードはトビに対して可哀そうなものを見る表情を浮かべるのだった。

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