見せかけヤンキー、お姉さんを拾う

多上大輝

第1話 みかんの年上お姉さん

 ある日の昼下がり。廊下の端に寄った生徒を、弁当を持ち横目で見ながら俺は屋上を目指していた。


 理由は簡単。そこでいつも昼飯を食べるからだ。


 Q.何故教室で食べないの?


 という質問があれば俺はこう答える。


 A.居心地がすこぶる悪いから。


「ねぇ……あいつよね、ほら例の……」


「そうだよ……。近づくと私たちまで殴られるわよ、ほんと怖い……」


(殴りゃしねーよ……全く)


 廊下を歩けば俺の目の前は必ず突き当たりが見えるようになる。即ち前に立つ人間がいなくなるのだ。

 屋上へ向かう今でもまるで卒業式の花道のように廊下の端に生徒は寄っている。


 だが卒業式の花道とは違い聞こえてくるのは「おめでとう!」なんていう暖かい言葉ではない。

 ひそひそと気分が悪くなるような声量で隣にいる奴と俺の陰口を叩く。


「見ろよあの顔……ありゃ本物だ。絶対人1人くらい殺してるよ」


「分かる。平気で野良猫とかに蹴りいれてそうな面だよな」


 何だよそれ。そんな訳あるかあほ。何なら俺は猫大好きです。みかんの段ボールとかに入って捨てられていたら多分拾っちゃう。


 少し大きめの声で話していた男子生徒2人のそんな会話が耳に入り思わず屋上へと動く足が止まる。

 そのまま顔を捻り少しだけその男子生徒達の方へ向けると、


「――ッ! ち、違うんです伍堂君、いや伍堂さん!さっきのはこいつが言ったことで俺は別にそんなこと思っちゃないですからッ!」


「ちょっ! お前ずりーぞ!」


「……いや、俺は別に何も」


 何もしないという意思表示の為俺は軽く手を上げる。

 そして精一杯の笑顔を付属。


「ひぃっ! 殴らないで! お願いします!」


「財布なら置いていきますから!本当ごめんなさい!」


「え、おいちょっと!」


 男子生徒2人は俺の話なんぞ聞くこともなく俺の胸に財布を押し付け脱兎の如く駆けていく。


 ……えぇー。これどうすんのさ。確かに金は欲しいがこれは流石に……。


「あの噂の伍堂って人……、堂々と校内でカツアゲしたわよ」


「あの写真もどうやら本当みたいね。やっぱり人は見かけによるのね」


 どこをどう見たら俺がカツアゲしてる風に見えるんだよ。完璧に冤罪だろーが。


 だが今の俺を弁護してくれる人なんぞいるはずもなく、残ったのは知らない人の財布。深まったのは俺への疑惑。下がったのは俺の評価。


 まぁ、評価なんて元から下限を突破しているのだがなあはは。


 ……笑えない。


「ちょっといいかしら? 通らしてもらっても」


「――え」


 自虐していたその時、後ろから凛とした声が俺の後ろ頭に刺さる。


 何分人に話しかれられるなんて学校はおろか家でも無いので頭がフリーズする。


「あの、大丈夫?」


「え! あ、はい。大丈夫、です。……どうぞ」


 透き通った絹のような黒髪を耳に掛けながらそう問うてくるこの女性。


 俺はこの女性を知っている。俺がマイナス方向の有名人ならば彼女はプラスの有名人。


「あれってさ、華ヶ咲先輩だよな! やっぱめっちゃ可愛いな」


「だな。家も名家で正真正銘のお姫様、ああいうのを本当の高嶺の花って言うんだろうな」


 そんな会話が聞こえてくる。確かに可愛い。俺とは全てが正反対だ。


 背筋を伸ばし毛先まで手入れの行き届いた長髪を揺らしながら歩いていく彼女を俺は見つめる。


 ……っていかんいかん。この顔で何かを見つめるとろくなことがない。


 目付き顔立ちがやーさんのように悪いことは自覚している。皆が華ヶ咲先輩の後ろ姿に夢中になっている隙にさっさとこの場を去ろう。


(毎日幸せなんだろうな、ああいう全てを持っている人は……)


 人望も、金も、美貌も、知性も……。


 同じ人間のはずなのにどうしてこうも差がつくのかよく分からない。俺も色々と頑張っている筈なんだけどなぁ。


「ってやば。そろそろ屋上行って飯食わねえと休憩終わる」


 時間が刻々と迫っていることに気付いた俺はそそくさと屋上を目指し足を動かす。


 ――勿論、途中職員室に寄って例の財布を『落とし物』として先生に渡した。


 ◆


「お疲れっしたー」


 そう言い残し俺は関係者用出入り口から外へと出る。結構慣れてきたとはいえ学校終わりのバイトはしんどい。


(給料日まであと5日、か……キツいな、今月も)


 俺の家は裕福ではない。何なら一般的な家庭に比べてみれば貧困な方だと自負している。

 貧困になった理由は色々とあるのだが、起きてしまった事を何時までもぐだくだ言っても仕方ない。


 人間、置かれた状況で精一杯やるしかないのだ。


「晩御飯どーすっかな……。作るの面倒だしどっかで惣菜でも買うか? でも自分で作った方が格段に安いしな……」


 ぶつぶつと自問自答しながらすっかり日の暮れた夜道を歩く。季節は春だが今日の夜は結構冷える。

 肌寒い夜風が俺の思考を冷静にし、結局面倒だが自炊した物を食べるという家計に優しい結論に達した。


 そうと決まればさっさと帰ろう。そして今日は早めに寝よう。


 歩くスピードを少し上げ、自分の住むアパートが見えてきたその時、何か話し声が聞こえる。


「お姉ちゃん何やってんのこんな所で」


「迷子なのかい? おじさん達と一緒にくる?」


 ふらふらの千鳥足で肩を組み合いながら電柱に話しかけている中年男性がいた。

 どうやら日頃のストレスから只の電柱が綺麗なお姉さんに見えているらしく、2人の中年男性は必死に電柱を口説いている。


(うわぁ、電柱が人に見えるって……。そんなになるまで呑むなよ……)


 酔っぱらい達はげへへと下品な笑い声を閑静な住宅街に響かせながら今も電柱に話しかけている。


 成るべく酔っぱらいとは関わりたくないが、家に帰る為にはこの道しかない。……気付かれないようにさっさと通ってしまおう。


(抜き足、差し足、忍び足っと)


 男達から成るべく距離をとり、音をたてないように通りすぎる俺。


「お姉ちゃん今日は結構冷えるでしょ。俺たちと一緒に運動して温まろうや」


「普通の運動じゃなくて『夜の運動』だけどな! がはははは!!!」


(くそ下ネタじゃねーかしょうもない)


 まぁでも電柱相手に腰振るおっさんを想像すると滑稽だけどな。


 電柱に下ネタをかますほど呑んだという事はそれだけ日々の仕事がキツいんだろう。同じ働く者同士だ。動画に撮ってネットにアップするのはやめてやろう。


「さあさあ姉ちゃん! 早く立ってホテル行こうか! ――うほっ、手柔らかいね!」


「おい俺にも触らせろよ。――うはっ、髪とかもすげぇぞ。サラサラだ」


 おいおい。


 触覚までイカれちまってるのかあのおっさん達。電柱に触れて柔らかいねとか……、しかも髪なんてどんな触覚してるんだ全く。

 関わりたくないから敢えて見ないようにしてたが流石に少し心配になってくる。


 明日朝起きてこの2人が事故にあったとかいうニュースを見るのは気分が悪い。……仕方ない、交番くらいまでなら送り届けてやろう。


 そう思い俺は目を合わせないよう伏せていた目線を上げおっさん達に視線を滑らせる。


 ――そこには、驚愕の光景があった。


「……え?」


 電柱の直ぐ側には『みかん』という文字がプリントされた段ボールがあった。


 そしてその中に入っていた……というか『座っていた』のは、


「華ヶ咲、先輩……?」


 妖艶に黒く染まった長髪、桜色の唇にキメ細やかな肌、間違いなく学校1の美女である華ヶ咲彩乃その人だった。

 そして華ヶ咲先輩はおっさんから差し出された手をとり立ち上がる。


(え……と、取り敢えずこれってまずい、よな?)


【道端にあるみかんの段ボールに入った美少女】


 パワーワード過ぎて脳が揺れるが、目の前で女子高生がおっさんに夜の街へと連れていかれようとしているのは絶対にダメな事くらいは理解できた。


「……おい、何やってんだあんたら。それは犯罪だぞ」


 俺はおっさんの肩に手を置く。


「あん? ――ッ」


「誰だ? ――ッ」


 おっさん達がこちらを振り向くと、むっとするような酒臭さが俺の鼻を襲う。結構呑んでんなこれは。


 そして、おっさん達の表情はというと――怯えていた。俺はこの表情に見覚えがある。学校の奴らが俺を見る時に浮かぶ表情だ。


「……その人は高校生ですよ。手を出すのはあなた達にとってもリスクがある行為だと思います。一時の気の迷いで人生棒に振るのは馬鹿だと思うんで止めたほうがいいかと」


「――え!? あ、はい。すいません。だからどうか親父狩りは勘弁していただければ……」


 はあー、やっぱりか。


 普通の顔してるつもりなんだけどな……。


「いいから、早く帰ってください。道分かります?」


「あ……もう酔い覚めたんだ大丈夫です……。おい、行くぞ。このままだと本当に狩られちまうぞ」


「だな……。――では、俺たちはこれで」


 俺の目付きの悪い顔が功を奏したのか、おっさん達は背中を丸め一目散に逃走する。


 はぁ、とため息をつき俺は意識を道端に咲く1輪の華に向ける。


 さて……どうしたものか。


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