第96話 お別れの時

「――はーい! じゃあそろそろお片付けを行いましょう!」


「はーい!」


 楽しい時間はすぐに過ぎていくもので、あっという間に交流会終了の時間が迫っていた。


 最初こそ怖がられていた俺だったが交流会の時間が経っていくにつれ段々と仲良くなっていき、今となっては普通に喋ってくれるようにまでなっていた。


 俺に慣れるのは大人より小学生の方が早い。知れて良かった。


「まーちゃん。お片付けしよ」


「だな。じゃあ俺は机を直すから、琴葉ちゃんはコップを持っていってくれるか?」


「うん。わかった」


 琴葉ちゃんは言った通り数個のコップを持って教卓付近に設置されたゴミ箱の方へと向かっていく。


 その小さな後ろ姿を見送っていると、


「あの子と結構仲良くなったみたいね」


「まぁな。やっぱり天使は純粋だから外側の容姿にとらわれないらしい」


「え? 天使?」


 すっかり元気になった新田は俺の言っている事が分からないみたいで、首を傾げる。


「……何でもない。――というか新田こそ人気者になったみたいじゃないか」


 俺は新田の後ろの方を指差す。そこには大勢の児童の姿があった。


 それはまるで遊園地にいる着ぐるみに群がる子供のように、新田の腰回りには沢山の児童。


「なぁなぁしほちゃん! もっとあそぼーよ!」「ダメだよ! しほちゃんは私と遊ぶの!!」


 俺が琴葉ちゃんと仲良くなったように新田もクラスの児童と仲良くなっていた。


 だが、俺とは比べ物にならないほどに新田の人気ぶりは凄いものだった。クラスの大半が何故か新田にご執心なのだ。


「凄い人気だな。何かやったのか?」


「し、知らないわよ。この子達が急に懐いちゃって……」


 児童達は戸惑う新田を取り合うように、新田の両手を綱引きのようにして引っ張りあう。


「こらーっ! ちゃんとお片付けしなさーい!」


「うわーっ! 吉川先生が怒ったー! 逃げろ逃げろーっ!」


 吉川先生の怒鳴り声? みたいな声で新田に群がっていた児童達が蜘蛛の子を散らすようにして逃げていく。


「全くもう……。――ごめんなさいね、新田さん。困らせちゃって」


「い、いえ。そんな事は……。それどころかありがたいです。コミュニケーションが上手く取れない私にあんな風に接してくれて」


「コミュニケーション? ……ああ、新田さんってあまり会話上手って感じじゃないものね」


 グサッと吉川先生の鋭い言葉が新田のか弱い心に突き刺さる音が聞こえる。


「――でも、新田さんって凄く物事に対して一生懸命なのがひしひしと伝わってくるからね。だから、子供達も頑張ってる新田さんについてくるんじゃないのかな」


「……っ!」


 新田はこれまで正しい事を貫き通してきた。それは自分だけではなく、時には正しい方向へ導く為に他人を叱責した事もある。


 その度に新田は悩んでいた。自分のしている『正しい筈の行為』は果たして本当に正しいのか。ただの自己満足ではないのかと。


 思春期真っ只中の人間にとっては他人に自分が出来ていない事を注意されるという行為はうざったいものであり、それを素直に聞き入れる人間ではない。


 新田の言っている事が100%正論なのが分かっているからこそ、注意された人々は新田に対して嫌悪感抱き、その嫌悪感を感じ取った新田が自分のやっている行動に疑問を抱く。


 そういった事が分かっているからこそ、吉川先生の言葉に目を見開いた新田の表情からは、全力で自分が正しいと思っていた事が報われて嬉しいという嬉々とした感情が感じ取れた。


(まぁでもぶっ倒れるまでやるのはやり過ぎだけどな……)


「新田さんの頑張りは今日一緒に遊んだ子達なら皆分かってると思うよ。……もしかしたら新田さんって小学校の教師とか向いてるのかもね」


「わ、私が教師、ですか。……想像できません」


「いやいや。そりゃあ人前で喋る仕事だけどさ、そんなのすぐに慣れるし。でも新田さんの努力というか一途というか、そういうのって一種の才能だと思うし。それに子供にも好かれるから絶対に向いてるよ」


 吉川先生は「まぁ新田さんの真面目さを一番見習わないといけないのは私なんだけどね」と付け足しあははと笑う。


(新田が教師、か……)


 新田自身は自分が教壇に立つ姿を想像出来ないと言ったが、俺も吉川先生と同意見で案外合っていると思う。生徒や児童を正しい方向へと導いていくのが教師の役目。そう考えれば、新田の天職なのかもな。


 そんな事を思っていたその時、くいっと制服が引っ張られる。


「……まーちゃん。お片付け出来た」


「お、よく出来たな琴葉ちゃん。えらいえらい」


 俺はそのままくしゃくしゃと琴葉ちゃんの頭を撫でる。撫でられている琴葉ちゃんの表情は分かりやすく変わっている訳ではないが、若干嬉しそうに口を緩めていた。


「へー! 琴葉ちゃんがそんな顔を見せるなんて……。伍堂君も結構やるね!」


「あはは……。まぁ成り行きで」


「うんうん! うちのクラスに二人が来てくれて良かったよ。もう少しで交流会も終わっちゃうから、残りの時間も子供達と遊んであげてね」


(そうか……もう終わりなんだよな……)


 最初は気乗りしなかった交流会だったが、今となっては中々に楽しい。


 クラスの子供達の波に飲まれている新田の姿を見ながら、俺は小さく笑みをこぼした。

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