第97話 成果

「えー! もう帰っちゃうのー?」


「もっと遊ぼーよー! 今度はかくれんぼしたーい!」


 交流会も無事終わり、生徒会の面々とついでの俺は玄関前で児童達に別れの挨拶をしていた。


 本来ならこのまま軽く挨拶をして帰るという予定だったのだが児童達からの評判がすこぶる良かったようで、中々帰れずにいる。


 ……主に俺達を引き留めているのは俺と新田が担当したクラスの子供達だが。


「ご、ごめんなさいねみんな。皆と遊びたいのは山々だけど私達はそろそろ帰らないと……」


 申し訳なさそうにそう言った新田を「え~!」という児童達の声が包み込む。どうやら本当に新田と離れるのが嫌ならしい。


「――あら、新田さんってこんなに子供達に懐かれる資質があったのね」


 児童達に囲まれ困っている新田を遠くからボーッと見ていると、後ろから早乙女先生が現れる。


「そうですね。案外うけが良かったみたいです」


「意外と言ってしまえば新田さんに失礼になっちゃうけど、あの子こういった対人の仕事は向いてないと私は思っていたのだけど……私もまだまだ人を見る目がないわね」


 そう言って早乙女先生は肩をすくめる。


 新田はあまり外に感情を出さない。だから今まで勘違いされていた訳だが……子供達の純粋な感性は人の内面まで見通せるらしい。


「こんな事では生徒会長として情けない」と新田は保健室で言っていたが、これほど児童達の信頼を勝ち取っているのだから、今回の交流会は大団円だろう。


「……まぁあいつは元々一生懸命やる奴だと思うんで。ただそれが中々周りの人達に分かってもらえなかっただけだと思いますし」


「……ふーん。そう」


 早乙女先生の方を見ると、何故か早乙女先生は口元を押さえていた。まるでニタニタと笑う口元を俺から隠すように。


「な、なんすか」


「いや~? 伍堂君って結構やり手なんだな~っと思ってさ」


「や、やり手? ……ちょっと意味が分かんないんすけど」


 一体今の会話のどこに笑う要素があったのだろうか。


 まさか俺がこんな真面目な事を話すのがそんなに面白かったのか……!?


「ねぇねぇ。伍堂君って――華ヶ咲さんと付き合ってるの?」


「――ッッ!!!」


 いきなり死角から頭を金属バットで殴られたような衝撃が俺を襲う。


「な――何言ってんすか!! そんな訳ないでしょう!?」


「そうなの? じゃあ伍堂君の好みは新田さんの方なの?」


(な、何聞いてきてんだこの人……!)


 早乙女先生と俺の距離がジリジリと縮まってくる。背中を反り距離をとろうとしても、早乙女先生は俺を逃がさまいと顔を近付けてくる。


 こ、これは何て答えるのが正解なんだ……。というかこんな事を何故聞いてくるんだ。


 俺はごくっと唾を飲み……、


「――どちらも魅力的な女性、なんじゃないですかね」


 俺はそう答えた。どちらかが傷つく事ない、当たり障りのない、模範的な回答。


「ふーん……。そうなんだ」


 艶っぽい声色でそう呟いた早乙女先生は俺との距離を正常に戻す。距離が近かったせいで鼓動が早くなっていた俺の心臓を労りながら早乙女先生の様子を伺うと、とても俺の回答に満足したようには思えない表情をしていた。


「あの……。何でそんな事俺に聞いたんですか」


 早乙女先生はニッと笑い、


「うふふ、少し気になっただけよ。私くらい年をとると若い子達の色恋話を聞くだけで若返るの」


「それ完全に利用されてますよね……俺」


 確かに今の早乙女先生は、クラスの端っこで「え~っ! なんとか君が好きなの~っ!?」とか言って盛り上がっている青春謳歌中の女子みたいな顔してる。


「伍堂君も覚えといた方がいいわよ。女の子が一番可愛い時はね、恋してる時なの。この子何か変わったなって思う時は100%恋してる時なんだから」


「……は、はぁ。そうですか」


 俺が女の子をジーット見れば、十中八九怖がられるからな。早乙女先生の唱える説は頭の片隅に段ボールに詰めて置いておこう。多分中身を取り出す事はないだろうが。


「――よしっ。そろそろ帰りましょうか。私も学校に戻って溜まってるお仕事やらないと」


 早乙女先生はぐ~っと天に向かって手の平を向け背中を伸ばす。


「結構忙しい感じですか」


「ええ。だってもうすぐ文化祭でしょ? 生徒会の担当として色々やらなきゃいけない事が沢山あるし」


 早乙女先生は「はぁ……サビ残の嵐ね」と先ほどまで色恋話をしていた時の表情とは一変し、その顔は闇に染まっていた。


(そうか……もう文化祭の時期か……)


 去年の文化祭は開始早々にやることがなくなって学校近くの公園で時間潰してたっけか……。


 ……あれ、何か泣きそうになってきた。


「――まーちゃん」


 その時、ぐいっと制服が引っ張られる。この引っ張り方と透き通るような声……。


「おっと……。――どうしたんだ、琴葉ちゃん」


 仲良くなった俺の天使――もとい琴葉ちゃんがつぶらな瞳で俺を見上げていた。


「あら、伍堂君って小学生にもモテるのね」


「小学生にもって何ですか……。――どうした、琴葉ちゃん。みんなの所に行かないのか?」


 そうすると琴葉ちゃんはごそごそとポケットを漁り、紙とペンを俺に手渡す。


「おうちのばしょ。これに書いて」


「家? ……あぁ、そうだったな。了解」


 俺は手渡された紙にあのボロアパートの住所を書いていく。琴葉ちゃんと俺の家の距離は歩いて2分程だから、今後もばったり会う事もあるだろうな。


「はい。これが俺の家の場所だ。……でも一人で出歩いたら駄目だぞ?」


「うん。おかあさんに連れていってもらう」


 お母さんに、か……。


 多分俺の事をみたらそのまま琴葉ちゃんを連れて帰られるだろうな。


「伍堂君……。犯罪は勘弁してね? 私伍堂君を犯罪者とは呼びたくないわよ?」


「何もしませんよ! 何言ってるんですか先生!」


 俺は琴葉ちゃんの頭を優しく撫で、


「じゃあまたな、琴葉ちゃん」


「うん。ぜったいに会いにいくからね、まーちゃん」


 そうして琴葉ちゃんは自分のクラスへと帰っていく。


 何とかして琴葉ちゃんの恩人である『あーちゃん』を探しだしてあげたいが……。


「それじゃあ伍堂君。私たちもそろそろ新田さんの所へ行きましょうか。新田さんを子供達から救出してあげないと」


「そうですか。行きますか」


 こうして小学生との交流会は無事に幕を閉じた。


 年の離れた子達と上手くやれるか心配だったが、終わってみれば参加して良かったと思える交流会だった。


 次のイベントは文化祭か……。中学高校合わせて文化祭にはあまりいい思い出がないのだが……今年は色々と頑張ってみようか。


 そう思えるのも、この交流会があったからかもしれない。


 未だに児童達に囲まれる新田の元へと歩きながら、俺はそんな事を思っていた。








(――あ、その前に中間テストがあるじゃねぇか……)

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