第95話 おやつの時間
「――お! 戻ってきたわね!」
新田と共に教室まで戻ってくると、教室内にはスイートポテトの甘い匂いが漂っていた。
児童達は自分の机を周りの人達とくっつけ、スイートポテトを食べる準備をしている。
「すいません。ご迷惑をお掛けしました」
新田の頭を下げる姿に吉川先生はひらひらと手を振る。
「気にしなくてもいいよ新田さん。寧ろあんなになるまでクラスの子達と遊んでくれてありがとうね。流石生徒会長って感じがしたよ!」
「いえ、そんな……。結果的には任された仕事を途中で放棄してしまったようなものですから」
「本当にすいません」と続けて謝る新田を見て吉川先生は少し困った様子で俺に視線を滑らせる。
「……すいません。こいつ、責任感の塊なんで」
「あはは……。何か学生の新田さんの方が社会人の私より仕事に対しての向き合い方がしっかりしてるから自信なくしちゃうよ」
まぁ確かに吉川先生と新田って逆の存在な気がする。
「せんせー! ちょっと手伝ってー!」
その時、吉川先生に助けを求める児童の声が響く。
「はいはーい! ……じゃあ二人とも、もうちょっと準備に時間掛かりそうだから着替えてきちゃって」
そういえばまだジャージのままだったな。汗臭いまま食卓につく訳にはいかない。
「分かりました。じゃあ着替えて来ますね」
◆
ジャージから制服に着替え教室へと戻ると、既にスイートポテトを食べる準備が整っているようで、児童達のニコニコとした表情が俺達を迎え入れる。
「おねーちゃんはこっちだよー!」
一人の女子児童が大きく手を上げこちらへブンブンと手を振っている。あの子は確かフラフラ状態の新田の近くにいた子だな。
「ほら、呼ばれてるぞ」
「え、ええ。では行ってくるわね」
ぎこちない笑顔を浮かべながら女の子の元へと行く新田を送り出した俺は教室内を見渡す。
えーと……俺の席は……、
「あ、伍堂君はそこの空いている席に座ってね」
「あ、はい。分かりました」
吉川先生に促されるまま指定された席へと座り、一息つく。机の上には可愛いサイズのスイートポテトが数個と紙コップに注がれたオレンジジュースがあった。
「じゃあ全員揃ったからいただきますの挨拶をやりましょう! せーの」
「いただきまーす!」と皆が唱和しガヤガヤと教室内が色めき出す。俺もそうだった記憶があるが、学校で食べるケーキとかおやつって凄く美味しく感じるしテンションも二割増しくらいで上がるよね。
(さて、俺も食べる――ん?)
スイートポテトに手を置いた瞬間、横の方から何やら視線を感じる。
なので感じた方向へ首を捻ると、
「……あ」
座る時は全然気付かなかったが、俺の隣に座っていたのはあの天使だった。
何故か天使は机の上にあるスイートポテトやジュースなどではなく、ずっと俺の顔を見ていた。チラチラと見える名札には「おとみことは」と書かれている。
「えっと……どうかしたか?」
問いかけても少女からはうんともすんとも反応がない。ただひたすらに俺を見ていた。
(こ、これはどうしたらいいんだ……。俺何かしたか?)
女子小学生への上手い対応がさっぱり分からず頭を悩ませていると、
「――あーちゃん」
ボソッとそんな声が聞こえる。
「え?」
「あーちゃんの匂いがする。なんで?」
「あ、あーちゃん?」
あーちゃんとは一体何なのだろうか。今流行りのプリキュアの名前? それとも何かの造語か?
女子小学生のトレンドなんて知りもしないし、さっぱり分からない。
「ご、ごめんな音海ちゃん。その『あーちゃん』っていうのが少し分からないから、出来れば教えて欲しいんだけど」
「……あーちゃんの、事……?」
俺がそう言うと少女は「うーん……」と宙を見つめ、
「……とっても綺麗な女の子」
「お、女の子?」
「うん。とっても綺麗で、可愛い。それに優しくしてくれた、お姉さん」
「そ、そうか。綺麗なお姉さんか」
取り敢えずその「あーちゃん」というのが実在する人間である事は分かった。音海ちゃんにとってその人はとても記憶に残っている人なんだろう。
「……えっと……」
「ん? ……ああ。俺は伍堂政宗っていうんだよ」
「まさむね……。――じゃあまーちゃん」
ま、まーちゃん……。
今まで『ヤンキー』だ『悪魔』だと散々なあだ名を付けられてきた人生だったが、こんなに甘々な気持ちになるあだ名は初めてだ。
ほんと、この子はマジで人間から天使へジョブチェンジしたのではなかろうか。
「お、おお! まーちゃんだ! まーちゃんでいいぞ!」
「うん。まーちゃん。まーちゃんの服からね、少しだけあーちゃんの匂いがするから、なんでかなって思ったの」
「え、俺から?」
俺は自分の服の匂いを確認する。……別にいつも通りだ。他人の匂いなんてしない。
まぁでも同じ柔軟剤を使っている家庭なんてこの世にいくらでもいるだろうし、多分そのあーちゃんなる人と匂いが似ているだけだろ。
「へ、へぇー……。そうなのか。でも俺はそのあーちゃんっていう人を知らないから、多分音海ちゃんの勘違いだと思うぞ?」
すると、ポスッと音をたて音海ちゃんの小さな拳が俺の腹辺りに飛んでくる。
「……おとみちゃんじゃない。ことはって呼んで?」
クリクリとした大きな瞳が俺の目を捉える。若干潤んでいるのが俺の心臓を的確に貫いていく。
「ぐふっ……っ!」
「……まーちゃん?」
「な、何でもないぞ――琴葉ちゃん」
「うん。くるしゅうない」
多分苦しゅうないの意味もあまり分かってないんだろうな……。でもそこが可愛い!
「……じゃあまーちゃんはあーちゃんの事を知らないの?」
「あ、ああ。ごめんな、琴葉ちゃん。……琴葉ちゃんはそのあーちゃんっていう人に会いたいのか?」
琴葉ちゃんはゆっくりと首を縦に振る。
「うん。私はあーちゃんに助けてもらったの。だからありがとうって言いたくて」
あーちゃんという人物は琴葉ちゃんにとって身内の人間ではないっぽい。となれば琴葉ちゃんが何か困っている場面を赤の他人であるあーちゃんが琴葉ちゃんを助けた事になる。
……やっぱり世の中にはいるんだな、いい奴っていうのも。
「……そうか。俺も手伝えたらいいんだけどな」
「……手伝ってくれるの?」
ポロっと出た言葉に琴葉ちゃんが反応する。つい出てしまった言葉とはいえ、ここで「やっぱりなし」なんて事は口が裂けても言えない。
それに琴葉ちゃんの力になりたいというのも俺の正直な気持ちだ。
「――ああ。俺に出来る事があるならな」
その言葉を聞いた琴葉ちゃんはピョンと椅子から降り、「ちょっと待ってて」と言いランドセルがしまってあるロッカーの元へと走っていく。
そして赤いランドセルをゴソゴソと漁った後、一枚の紙を俺に見せる。
「これって……」
「私の家の場所。お母さんが持たせてくれたの」
俺は驚きを隠せなかった。
何故かというと、俺が住んでいるボロアパートと目と鼻の先にあるではないか。
「こ、琴葉ちゃんの家と俺の家って結構近いんだな」
「そうなの? ――よかった」
そう言い琴葉ちゃんは俺の制服へと顔を近付ける。
「え、ちょ、琴葉ちゃん!?」
琴葉ちゃんは顔を俺の制服に密着させたまま大きく肩を上下させる。
「……やっぱり、あーちゃんの匂い。――でも、まーちゃんの匂いもいい匂い」
(この子……この年で匂いフェチになっちゃったのか……)
無理やり引き剥がす訳にもいかず、俺はそのまま琴葉ちゃんを体に引っ付けたままスイートポテトを口に運ぶのであった。
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