第118話 題目決め②

 会議室の喧騒が一瞬にして静まる。新田が入ってきた時も静かにはなったのだが、それ以上に場がシンとした。


 それはこの場にいる誰しもが「……え? 何でこの人が……」という思いを抱いたからである。


「お、政宗君。ちゃんと来たんだね。えらいえらい」


「そりゃ来るでしょ。来なかったら絶対彩乃先輩怒るでしょ」


 多分この場にいる人達で三年生なのは彩乃先輩だけだろう。生徒会演劇なんていう言ってしまえば完全ボランティアの集まりに、一分一秒も惜しい三年生がわざわざ貴重な時間を割いて来る訳ないから。


 だからこその驚きなのだろう。そしてその現実を何とか自分の中で消化した生徒――主に男子生徒だが、考える事は一つ。


「な、なぁ……もしだぞ? もし王子様役みたいなのになれたら――あの華ヶ咲先輩とイチャイチャできる……のか?」


「それだけじゃない。――夕暮れの放課後、二人きりの稽古、……そ、そしてその後……っっ!!」


 ぶつぶつと会議室にいた男子達はよからぬ妄想が止まらないようで、自分の脳内で彩乃先輩との恋物語を進展させているようだ。……というか彩乃先輩が主人公の役なのは決定なのね。


(まぁ彩乃先輩が主人公じゃなきゃこの演劇に出る意味もないか……)


 全員の視線を一身に受けている彩乃先輩だがそういった視線には慣れているのか、全く意に介した様子は一切ない。


 そして色めき立つ男子生徒の中には勿論早川も入る訳で……、


「は、華ヶ咲先輩!! は、はは、初めまして! 早川って言います!!」


 いきなり立ち上がった早川は噛み噛みの口調で彩乃先輩へと握手を求めるように自分の手をピンと伸ばす。


 全然知らない相手から差し出された手に一瞬戸惑った彩乃先輩だったが、すぐさま笑みを浮かべ早川の手を握る。


「宜しくね、早川君」


「~~っっっ!!! もう一生手洗いません!!!」


(いや洗えよ)


 素直にそう思ってしまう。……やっぱり彩乃先輩の人気はとんでもないな。そこらの芸能人より人を寄せ付けるんじゃないか?


 彩乃先輩は笑顔で早川と握手を交わした後、スッと俺の方を向く。


 ……いや、正確には俺じゃない。彩乃先輩の目線は俺を通り越し、じっと座る新田へと向けられていた。


「こんばんわ、紫帆ちゃん」


「……どうもです、華ヶ咲先輩」


「もう少しで担当の早乙女先生来るよ? リーダー何だからもう少し前に座った方がいいんじゃない?」


 彩乃先輩は優しい口調で前の席を指差す。この会議室は全ての机や椅子が演台の方を向いているスクール形式。


 生徒会長である新田は前で話す事もあるだろうから、彩乃先輩の言う通り前目に座った方がいいというのは理解出来る。


「……お気遣いありがとうございます。――ですがこのままで大丈夫です」


 新田は今いる場所を断固として動かない意思を彩乃先輩へと見せる。


 彩乃先輩と新田に挟まれるようにして座っている俺だから分かる。……何だか不穏な空気が流れている。


「いやいや、こんな後ろの席に座ってたら手間じゃない?」


「いえ、どこに座ろうと私は意見を変えませんし。それにたかが移動くらい手間ではありません」


「……へぇ、そう」


「はい。そうです」


 にこにこと笑みを顔に張り付けてはいるが、言葉の節々から棘を感じる彩乃先輩。


 そしてその棘など効果は無いと言わんばかりに受けきる新田。


(えぇ……。いつの間にこんな仲悪くなってんの二人とも)


 彩乃先輩は数秒新田と目を合わせ、新田が頑として動かないといった意思を察したのか「ふぅ」と息を吐き、


「ねぇ早川君。一つお願いがあるんだけど」


 彩乃先輩に触れた自分の手を崇めていた早川の肩に、彩乃先輩の手が置かれる。


「は、はいっ!」


「凄く申し訳ないんだけどさ――席、変わって貰えないかな?」


 その瞬間、隣から「ガタガタッッ!!」という物音が聞こえる。


「え? 席ですか?」


「うん。いいかな?」


「え、ええ……。でも別にここじゃなくてもまだ空席は沢山――」


「い・い・か・な?」


 有無を言わせない圧力。その圧力に気圧されたのか、はたまた憧れである華ヶ咲先輩の願いを叶えたいという思いからか。


「は、はい! 分かりました!」


「ふふっ。ありがとね早川君。これからもうちの政宗君と仲良くしてあげてね」


 早川は瞬時にして自分の荷物を持ち、前側の空いている席に移動していく。


 そんな早川の後ろ姿に笑顔でひらひらと手を振る彩乃先輩。


 ……そして何故か新田は「ぐぬぬ……っ」という何とも対照的な反応をしていた。拳も強く握られ、細めた目で彩乃先輩を見ている。


「お、おい新田。どうした」


「べ、別に何でもないわ。貴方は気にしなくていいの」


「お、おお……。そうか」


 気にしなくていいと言われても、ね……。明らかに様子がおかしいのだから気にしてしまう。


 ぶつぶつと何かを呟く新田に気を取られていると、ぐいっと俺の制服が引っ張られる。


「ねぇねぇ政宗君。政宗君はどんな演目がいいと思う?」


 引っ張られた影響で俺の体は彩乃先輩側に寄っており、お互いの制服が触れあう距離にまで近付く。


「え、そ、そうですね。あまりセリフが難しくないのがいいですね。……というかまだ俺が演者として出るとは決まってない――」


「駄目だよ。政宗君は私と一緒に演劇に出て生徒会演劇を過去最高の出来に仕上げるんだから」


 彩乃先輩の大きな瞳に俺の戸惑った顔が映る。な、何で今日はこんなに強引なんだ。


 それに彩乃先輩が言う事は本当に現実になりそうで怖い。未だに演劇に出演する事に抵抗がある俺だが、彩乃先輩なら神様でさえ操りそうだ。


「それに私が演劇に出る条件は政宗君も一緒にっていうのが肝なんだから。出てもらわないと困るよ」


「うっ……。それは……そうですけど」


 何か間違いが起こって俺の演劇出演が取り消しにならないだろうか。


 その時、会議室の扉が開き生徒会担当である早乙女先生が入室してくる。騒々しかった教室も先生が入ってくると少し静まる。


 早乙女先生は演台の前に立ち、


「揃ってるみたいね。――じゃあこれから生徒会演劇の題目決めを行うわね」


 早乙女先生はホワイトボードに大きく『生徒会演劇題目』と書く。……意外に結構達筆な字を書くんだな。


「そうね……。取り敢えず何か案がある人は――」


 早乙女先生がそう言った瞬間、「はいッ!!」と勢いのある声が会議室に響く。


 その声の主はピシッと手を挙げた早川だった。


「おっ! いいね。えっと――早川君だったっけ? 何かいい案があるの?」


「はい! やりたい題目があります!」


 早川は立ち上がり後ろにいる彩乃先輩をチラッと伺った後、大きく息を吸い込み、






「――俺は『白雪姫』を希望しますッ! というか姫が出てくる物語はマストだと思いますッ!!」


 次の瞬間だった。





「「「「「異議無しッッッ!!!」」」」」




 会議室に集まった生徒会演劇関係者男子一同の野太い声が寸分の狂いも無く合わさり、その声色からは確固たる意思を感じる事が出来る。……因みに女子生徒は普通に引いている。当然だ。キモいよね。


 早乙女先生も男女の結束力に面をくらったのか苦笑混じりに頬をポリポリとかく。


「えーと……そうね。一から台本を作るのはあまり現実的ではないし。既存の物語を使用して演劇を行うのはいいと思うわ。……じょ、女子生徒達は何かない?」


 メラメラと燃える男子生徒に対し女子生徒は特に希望もないようで、早川の提案した白雪姫でいいのではという空気になっている。


「彩乃先輩はやりたい題目とかないんですか?」


「私? 私は……そうね。特にないかな。どんな題目や役柄でもとても面白いと思うし」


 退屈そうにこの会に参加しているとは全く思わない程、彩乃先輩は生徒会演劇に対して前のめりみたいだ。


「そうですか。新田は?」


 俺は新田にも話題を振る。新田は顎に手を当て、


「そうね……。まぁ白雪姫なら年代問わず皆知ってるお話だし。素人の学生が行うのを考えればいいんじゃないかしら。頭に内容が前もって入っている方が演技しやすいと思うし」


(だよな……。俺も新田と同じ意見だ)


 だが俺からしてみればここからが重要だ。


 何とかして裏方の方へと回りたいものだが……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る