第117話 題目決め①

 彩乃先輩に言われ、俺は放課後に会議室へと訪れていた。何でもここで生徒会演劇の題目を決めるらしい。


 因みに今日は彩乃先輩と一緒ではない。クラスの用事があるとかで先に行っておいてという連絡が来ていた。


(はぁ……。マジで出演するんかな、俺)


 大勢の前で演技するというのがすこぶる恥ずかしいというのもあるが、単純に演技力に問題があると思う。


 まぁ俺の大根役者ぶりが知られたらその時点で俺は演者から退く事にしよう。


「……失礼します」


 会議室の扉を開ける。既に何人かは集まっており談笑しているようだ。


 そして当然俺の顔を見た生徒達は一瞬で凍りつく。「……え?」みたいな表情を浮かべたまま時が止まったようだ。


 ……まあそうだよな。まさか俺がここに来るなんて思わなかっただろう。


「……あれ? 伍堂君じゃないか」


 肩身の狭い思いをしながら空いている席につくと、聞き覚えのある声が俺の耳に入る。


 声の聞こえた方に意識を向けると、


「……えっと、確かお前は……」


「早川だよ早川。同じクラスだろ」


 そうだ。こいつの名前は早川だった。クラスの中心人物で、文化祭で行うお化け屋敷のお化け役に俺を推したのもこいつだった。


 しかしここにいると言う事はこいつも生徒会演劇に関わるという事か。


「あ、ああ……そうだったな。すまん」


「まさか忘れられてるなんて……。自分で言うのもなんだけど、俺って結構クラスで目立ってる筈なんだけどなぁ」


 カラカラと笑う早川。この他人のパーソナルスペースにスルッと入ってくる感覚は、多分こいつのコミュニケーション能力の高さなのだろう。


 最近になってやっと俺のヤンキーイメージが極々僅かではあるが薄れていっている事もあり、この機会に話し掛けてみようといったところか。


 まぁこちらとしてはクラスの中に会話出来る人間が出来るというのは嬉しい事で、こんな風に話し掛けて貰える事は大変有難い。


「す、すまん。もう忘れないから」


 俺がそう言うと早川は「ふぅ~」と深く息を吐く。


「……良かったぜ」


「え?」


 早川はそう呟くとそのまま机に突っ伏し、顔だけをこちらに向ける。


「いやさ、伍堂君って滅茶苦茶怖いじゃん? だから今まで話し掛けたくても話しかけれなかったんだけどさ、勇気を出して話し掛けてみると案外普通なのな」


 早川は「最悪ぶん殴られるのも覚悟してたんだぜ?」と付け加える。


「あ、ああ。俺も何度自分の顔を呪ったことか。……でもありがとな。話し掛けてくれて」


 俺の喋る速度が若干早くなり、声量も小さくなる。こんな風に同年代の男子と喋った事ないからか。


 そんな様子を見て早川はパチパチと瞼を上下動させ、


「……ははは! そんな事言うなんて全然イメージと違うじゃん!」


「これが俺の素なんだ。皆のイメージ通りに行動した事なんて一度もない」


「そうなのか? ――じゃああの有名な『聖夜の親父狩り事件』もただの作り話なのか?」


 なんだその訳の分からない事件は。今まで生きてきて聖夜を一人で過ごさなかった時は無いんだぞ俺は。


「当たり前だろ! 親父狩りなんてした事ない!」


 言いながら思い出した。そういえばクリスマス辺りに目の前でサラリーマンが財布を落としたから拾ってあげた事があったと。


「――あ! アニキじゃないっすか! お久しぶりです」


 俺の身の潔白を早川へ説明している最中、元気のいい声が会議室に響く。


「おお、千明か。久しぶりだな」


「はいっす! お元気でしたでしょうか!」


 まるで尻尾をブンブンと振り回す柴犬のように目を輝かせ俺に近づく千明。


 周りから見れば本当に主人の帰宅を待っていた忠犬に見えている事だろう。


 迫り来る千明を押し退けていると、早川のポカンとした表情が目に入る。


「い、いやこれには事情があってな。決して俺の舎弟とかではないから」


「お、おお……。でもアニキって呼ばれてるぞ」


「それはこいつが勝手に言ってるだけだから。俺が呼ばせてる訳じゃない」


「何言ってるんですかアニキ! 僕はアニキの一番弟子じゃないですか!!」


 俺はすかさずこれ以上都合の悪い事を言わないように千明の口を塞ぐ。


 むごむごと喋る千明を必死で黙らせる俺。


 そんな二人を眺めていた早川は、


「……やっぱ伍堂君も男子高校生なんだな」


「は?」


「いや、何でもねーよ」


 爽やかに笑う早川。……いいですな、そんな爽やかに笑えて。こいつが人気者なのが分かった気がする。


(にしても……まだ彩乃先輩は来ないのか。それに新田もまだっぽいし)


 そう思っていると会議室と扉が開かれ、ざわついていた会議室内が一瞬静かになる。


 出入り口付近へと視線を向けると、書類を脇に抱えた新田が長い髪を揺らしながら凛とした佇まいで歩いていた。


 新田は抱えていた書類を一番前にある演台に乗せ、その後こちらへと歩いてくる。


「ちゃんと来たみたいね伍堂君。安心したわ」


「流石にブッチしたら彩乃先輩やお前から雷落とされそうだしな。そんな勇気俺には無い」


 新田が現れた事によって千明を拘束していた力が抜けたからか、千明は「ぶはっ!」という声を上げた後、自由の身となる。


 そして俺と新田を交互に見た後、何故か新田の方へウインクする。


「じゃ、じゃあアニキ。また後で」


「え? お、おう」


 ……な、何なんだいきなり。あんなにテンション高かったのに。


 戸惑いながらも向こうの方へ行く千明の後ろ姿を見送っていると、これまたポカンとした表情を浮かべる早川と目が合う。


「ご、伍堂君って……変な交遊関係してんだな。生徒会長とも仲いいのか」


「変な交遊関係って何だよ……。というか新田の応援演説したの俺だったろ」


「いや、あの日はダルくてサボってたからかな俺。一応後で聞いてたけど嘘だと思ってたし」


 ダルくてサボる。


 ……いいなー。一回やってみたい。


 そんな事を考えていると、隣から椅子を引く音が聞こえてくる。


 首を横に捻ると、新田が俺の隣の席に座っていた。


「……何よ」


「いや、別に何でもない」


 特に不思議な事が起こった訳ではない。ただ新田が俺の隣に座っただけだ。


 だがまだ会議室の席には余裕があり、わざわざ俺の隣に座らなくてもいいのではと考えてしまったのだ。


 隣に座った新田を横目で観察すると、まるでトイレを我慢しているかのようにモジモジと動く。そして顔を伏せているせいで新田の長い髪が机に落ち、表情を確認する事は不可能だった。


(まぁ……考え過ぎだな)


 こんな風に隣に女子が座っただけで色々考えてしまうのは男子高校生あるあるなのだろうか。


 一瞬早川に聞いてみようかとも思ったが、違った時のリスクがあまりにでかすぎるので心の中で却下する。


「な、なぁ……伍堂君」


「ん?」


 早川は何かを言おうと若干口を動かしたが、その後きゅっと口を紡ぎ、


「……大変だな、生徒会長も」


 隣にいる俺にだけ聞こえるような声で、小さくそう言った。

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