第119話 題目決め③

「え、えーと……。じゃあ題目は『白雪姫』っていう事で進めてもいいかしら?」


 俺達生徒側からは特に反対意見は出ない。寧ろ男子側からは、早く次のメインイベントに進めという無言の圧力が早乙女先生へと注がれていた。


「じゃあ今年の生徒会演劇の題目は白雪姫って事でよろしくね皆。――じゃあ次に配役とかを決めていくんだけど……」


 その瞬間、







「「「「「ハイハイハイハイッッッ!!!」」」」」


 早乙女先生は何も言ってないのに大勢の男子生徒達は物凄い勢いで一斉に手を挙げ始める。勿論、女子生徒達は一様に引いている。


 池へと落とした餌に群がる鯉の如く、何故男子生徒達がこれ程までに発狂しているかというのは、この会議室にいる誰しもがその理由を知っていた。


 早乙女先生は額に手を当て「やっぱりこうなるわよね……」と力無く呟いた後、


「はいはいそこまで。取り敢えず今からホワイトボードに配役を書き出すから落ち着きなさい」


 そう早乙女先生は言い、ホワイトボードに主要となる配役を書き出していく。


 白雪姫で最低限必要なのは主人公でありながらヒロインの面も併せ持つ白雪姫。


 そして白雪姫の父にあたる王様、その王様の奥さん。そして、白雪姫の義理にあたるお妃様。


 その他にも7人の妖精達や、最終的に白雪姫と結ばれる王子様役も忘れてはいけない。


 白雪姫の中でも特に記憶に残るセリフは「おお、鏡よ鏡。この世で一番美しい人は誰だい?」というやつだ。シーンで言えば眠る白雪姫に王子様がキスする所くらいか。


 主要な登場人物を書き出した後、早乙女先生は盛っていたペンを置き、


「それじゃあ配役を決めていくわよ。ステージで演技出来る人数は限られているから、もし希望が被った場合はじゃんけんなり話し合いなり上手くしてね」


 会議室には早乙女先生の声しか響かない。……いや、この後に行われる野郎共の大戦争前の静けさだろう。


「じゃあまず始めに――白雪姫をやりたい人はいる?」


 瞬間、野郎共の視線が一斉に彩乃先輩へと注がれる。彩乃先輩の隣に座っているから分かるが、野郎共の圧力がとてつもない事になっている。


 隣にいる彩乃先輩は「あはは……」と声を漏らしながら、俺の制服をくいっと引っ張る。


「これはあれかな……? 私が白雪姫をやらないと暴動が起きるかもってやつかな?」


「きっと彩乃先輩が想像している以上の暴動が起こるでしょうね」


 彩乃先輩は「はぁ……」とため息をつく。だが、全然嫌そうじゃない。寧ろ主役である白雪姫を演じられる事に嬉しそうだった。


 彩乃先輩はスッと綺麗な手を挙げ、


「……はい先生。白雪姫役に立候補します」


 早乙女先生は苦笑混じりに彩乃先輩の名前をホワイトボードに書く。


「華ヶ咲さん以外に白雪姫役に立候補しますって子はいる?」


 早乙女先生の問いかけに答える女子生徒はいない。まぁ当然か。


 彩乃先輩相手に主役の座を懸けて勝負するような人はいないよな。


「紫帆ちゃん。いいの? このままじゃ政宗君の相手は私に決まっちゃうよ?」


 彩乃先輩は机に肘をつき手のひらの上へ顎を乗せながら、流し目で新田を見る。


(……おーい。何で俺が王子様役に決まってるみたいな感じなんだよ……)


「……私は裏方希望ですので」


「そう? 後悔しないならいいんだけどさ」


 彩乃先輩はそのままぐーっと手を上に上げ背筋を伸ばす。この二人は何でこんなにバチバチしてるんだ。


 俺は彩乃先輩に向けていた意識を早乙女先生へ向ける……途中に気付いた。


 ――妖艶に微笑む、新田の微笑に。


「じゃあ白雪姫役は華ヶ咲さんに決定ね。ならこれから――王子様役を決めましょうか」


 野郎共の「うぉぉぉぉっっっっ!!!!」という開戦前の雄叫びが会議室を揺らす。本当に戦争するんじゃないだろうな。


 この学校一の美少女である華ヶ咲彩乃先輩と演技ではあるが恋仲になれる王子様役というカード。


 こんな美味しいカード、この学校の男子なら誰しもが食いつく。そんな事は皆知っている。


(これ……どうやって決めるんだ? 話し合いなんてやっても決まる筈ないし)


 野郎共の雄叫びを静めるように、早乙女先生は「はいはいっ」と声を上げ手を叩く。


 ――そして、白い四角の箱を演台の上へと出した。


「こうなる事は前々から分かっていました。生徒会演劇チームに属する男の子達ならこうなるって。……だから王子様役はこれで決めます」


 早乙女先生は演台の上へと出された四角の箱をぽんぽんと軽く叩く。


「何? あれ」


「さぁ……。何なんですかね。新田は何か知ってるのか?」


 彩乃先輩もあれが何か分からない様子。俺は首を捻り新田へと問いかける。


「……今に分かるわ。大人しく見てなさい」


 ど、どういう事だ……? 口ぶりからして新田は何か知ってるっぽいが……。


「どうせ男の子達は皆王子様役やりたいんでしょ? だからこの箱の中に男の子達の名前が入った紙を入れておきました」


 瞬間、隣から「え?」という間抜けな声が聞こえてくる。それと同時に「フッ」という嘲笑するような声も。


「じゃあさっさと引いちゃうわね。――ほいっと」


「ちょ――先生待って!」


 彩乃先輩の制止を求める声は運命のくじ引きを行う早乙女先生に届くことはなく、野郎共の神に願う声にかきけされる。


 早乙女先生は箱の中から取り出した紙に目を通し、






「王子様役は――新田千明君に決定よ!」






 全員の目線が前の方に座る千明へと注がれる。千明はビクッと体を震わした後、


「あ、あはは……。僕ですか……」


「そうよ。宜しくね、新田君。……勿論嫌ならもう一回くじを引くけど……」


「そ、そうですね……。――いや、やります。王子様役」


 野郎共の悲嘆にくれる声の中、俺は少しホッとしていた。


(にしても千明が王子様役か……。まぁあいつ滅茶苦茶美形だし、外見で判断するならこの中で一番王子様っぽいしな)


「らしいですよ彩乃先輩。千明と一緒に頑張って――彩乃先輩!?」


 俺の隣にいたのは皆の憧れである高嶺の花の姿ではなく……全財産を馬に賭けて見事全部スッた人間のような、真っ白に燃え尽きた彩乃先輩だった。


「ちょ、ちょっと彩乃先輩! 大丈夫ですか!?」


 必死に体を揺するが全く返答はない。か、完全に魂が抜けてる……!


「そっとしておいてあげたら? その内復活するでしょ」


「に、新田……」


「ほら、配役決めはまだ終わってないんだら前を見なさいよ」


 俺は新田の言う通り反応しなくなった彩乃先輩の肩から手を引き、続く配役決めへと意識を向ける。


 チラッと見えた新田の横顔は、とても愉快そうな横顔だった。

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