第120話 罠

「早乙女先生。少しお時間宜しいでしょうか」


 放課後に行われる生徒会演劇の題目決めの前に、私は早乙女先生の元へと訪れていた。


「あら新田さん。どうかしたの?」


 今はお昼休憩の真っ只中。可愛らしいサイズのお弁当箱にある色とりどりのおかず達が私の目を引く。


 早乙女先生は口に手を当てながら私を見上げる。


「少しご相談がありまして。放課後に行われる生徒会演劇の題目決めに関する事なのですが……」


 私は今から卑怯な手を使う。


 今まで真っ当に生きてきた私が、今から行う行動に対して私自身を冷めた目で見ている事には気付いている。――だけど、正攻法で闘っても勝てない。


「うん? 何かあるの?」


「はい。恐らくですが、華ヶ咲先輩をメインに沿えた題目になると思います。例えばそうですね……お姫様が出てくるような物語とか」


「うーん……。そうね。新田さんの言うとおりになると思うわ。――となると少し荒れそうね」


 早乙女先生は苦笑する。早乙女先生だって華ヶ咲先輩が生徒達にとってどんな存在なのかは重々承知している。


「その通りです。なので会議を円滑に進める為に一つご提案があるのですが……」


 そうして私は会議を円滑に進めるといった表面上の理由を述べ、早乙女先生にくじをあらかじめ用意してはどうかと進言した。


「……そうね。話し合いとかじゃいつまでも決まらないだろうし。いい案だと思うわ」


「ありがとうございます。――では全男子生徒の名前を入れたくじはこちらで作っておきますね」


「え? いいの?」


「はい。これでも私は生徒会長ですから。では生徒会演劇メンバーの名簿をお借りできますか?」


 早乙女先生は「ごめんね」と言い、引き出しから生徒会演劇メンバーの名簿を私に手渡す。


「それじゃあお願いね新田さん」


「はい。任せて下さい」


 こうでもしないと私はあの人に勝てない。多分というか確実に伍堂君の中でも、私はそれほど存在感が大きい訳ではないだろう。


 ……であるなら、この文化祭が距離を縮めるのに最適なのだ。


 ◆


「――あれ?」


 隣からそんな声が聞こえてくる。どうやらようやく現実世界へと彩乃先輩が帰還なされたようだ。


「結構長い間固まってましたね彩乃先輩。大丈夫ですか?」


「う、うん……。――もしかしてもう会議って終わってる感じ?」


 彩乃先輩が察した通り、既に会議は終了しており会議室には俺達を含む数人の姿しか無かった。


 彩乃先輩が動き出したのを確認したからか、王子様役の千明もこちらへと近付いてくる。


「はい。もう終わってますよ」


「そ、そう。……えっと、政宗君はどんな役になったの?」


 俺はホワイトボードを指差す。そこには白雪姫に出演する生徒達の名前が書いてあった。


 そしてそこに――俺の名前は無かった。


「……えっとですね。結論から申しますと……俺は新田と一緒に裏方に回る事になりました」


「え……嘘でしょ」


 嘘ではない。王子様役が決まった後はトントン拍子に配役決めが進んでいった。


 まぁそれでも白雪姫と関わる役柄は少し揉めたりしたのだが……。


「嘘じゃありませんよ華ヶ咲先輩。伍堂君は私と裏方担当になりました」


 新田は立ち上がり彩乃先輩の前に立つ。


「紫帆ちゃん……。やってくれたわね」


「はて、一体何の事でしょうか。王子様役がうちの千明になったのは偶然ですよ。――じゃあ千明、しっかりやるのよ」


 凄く居心地の悪そうな千明は苦笑しながら、


「あ、あはは……。宜しくお願いします、華ヶ咲先輩……」


「うぐぐ……っ」と声を漏らした後、彩乃先輩は大きく深呼吸し、


「う、うん! 宜しくね、千明君!」


 無理やり作ったような笑顔を千明に返した。……頑張れ千明。


「何やってるの皆。今日はもう帰りなさい」


 波乱の展開を巻き起こした白い箱を抱えながら早乙女先生はこちらへ来る。


 早乙女先生はひきつった彩乃先輩の顔を見た後、彩乃先輩の耳元に自分の顔を近づける。


「……そんなに伍堂君とラブラブしたかったの?」


「~~っっ!! ち、違いますっ!!」


「うふふっ、若いっていいわね本当。私もそんな風にキラキラした青春を送りたかったわ~」


(……何話してんだ? 全然聞こえない……)


 早乙女先生が彩乃先輩の耳元で何か言った後、彩乃先輩の頬が紅潮したように見えたが……。


 どうせからかわれるような事を言われたんだろうけど。


「早乙女先生。それはこちらで処分しておきますよ」


 赤くなる彩乃先輩を尻目に、新田は早乙女先生からくじの入った白い箱を引き取る。


「あらそう? じゃあお願いしようかしら。ごめんなさいね」


 早乙女先生は彩乃先輩の肩をポンポンと叩き「それじゃあね」とだけ言い残し、会議室を出ていく。


「私達もそろそろ解散しましょうか。伍堂君、裏方チームの打ち合わせの日程はまた連絡するわね」


「お、おお。了解」


 新田は長い髪を靡かせ会議室を出ていく――と思ったが、


「……紫帆ちゃん。ちょっといい?」


 彩乃先輩の声が新田の動きを止める。


「……何でしょうか」


「いやさ、少し気になる事があってね。答えて欲しいんだけど――そのくじって多分紫帆ちゃんが作ったんだよね」


 瞬間、千明の体が小さく跳ねる。その挙動を見た俺は不審がる視線を千明に向ける。


 だが千明は俺の視線から逃げるようにわざとらしく顔を反らす。


 そんな千明とは対照的に、新田は一切表情を変えないまま、


「……そうですが」


「……へー、そうなんだ。だったら聞きたいんだけどさ――そのくじの中に政宗君の名前ってあるの?」


 彩乃先輩の言葉が場の空気を一気に緊張させる。新田の目と彩乃先輩の目が合うが、お互い微塵もその目線を切ろうとはしない。


「変な事を言いますね華ヶ咲先輩。このくじの中には生徒会演劇メンバーの全男子生徒の名前が入ってますよ。第一、伍堂君だけこのくじの中から外す理由が私には無いと思いますが」


「……ふーん。理由が無い、ね……」


(な、何が起きてるんだ……。こ、怖すぎ……)


 何でこの人達自分の体からこんなにオーラが出せるの? 能力者?


 彩乃先輩がその能力を使えるのは知っていたけど、新田も同じ能力者だったとは……。


「……それでは私はこれで。行くわよ千明」


「ちょ、待ってよしーちゃん!」


 凛とした空気を纏いながら会議室を出ていく新田の背中を慌てて千明が追っていく。


 初めて会った時の新田の姿と今の新田の姿は、何かが決定的に違うように見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る