第121話 余計なお世話

「……ね、ねぇしーちゃん。このやり方は結構無理やりなんじゃ……」


「……そうかもね。でも、こうでもしないと私は華ヶ咲先輩と同じ土俵に立てないから」


 後ろから私を追うようにして歩く千明から、おどおどしたような声が聞こえる。


 千明をこのやり方に巻き込んだのは私だ。こんなやり方に手を貸してくれた千明にはとても感謝しているし——とても申し訳ないとも思っている。


 千明はいい子だ。身内補正が掛かっているのかもしれないけど、私よりもずっと性格がいい。


 自分自身でもこんなやり方をするなんて今でも信じられないけど、でも初めてなんだ。


 ——こんなにも、勝ちたいと思ったのは。


「……分かったよ。もう僕は何も言わない。しーちゃんが幸せになってくれるなら、そのお手伝いをするよ」


「ごめんね千明。……華ヶ咲先輩とは上手くやれそう?」


「うーん……。周りにいる男友達からの視線がちょっと痛そうだけど、そこら辺は上手くやるよ。心配しないで」


 千明は私の隣に並び立ち、柔らかい笑みを見せた。


 ここまでやってくれているんだ。何とかして伍堂君と距離を縮めないと……!


 ◇


(だ、誰かこの空気を吹き飛ばしてくれ……)


 人気のない放課後の廊下。遠くから部活動に勤しむ生徒達の声が聞こえてくる。


 そんな廊下を俺は歩いていた。……明らかに不機嫌になった彩乃先輩と。


「あ、あの……彩乃先輩? 機嫌は直りましたでしょうか……?」


「……」


 返事はない。だが確実に虫の居所は悪い。歩くスピードもいつもより早い。


 どんな風に話し掛けたらいいのかと頭の中で熟考しながら彩乃先輩の後ろを歩いていると、突然彩乃先輩の動きが止まる。


「……はあ」


「え、えっと……彩乃先輩?」


「何でそんなにおどおどしてるのよ。普通に接してよね」


「い、いやだって……。彩乃先輩滅茶苦茶機嫌悪いじゃないですか」


 彩乃先輩は「私が?」と呟いた後、何か考える素振りを見せ、


「……そうだね。機嫌は良くないかも。それにちょっと焦りみたいなものもあるかな」


 焦り?


 一体何に焦る事があるのだろうか。


 彩乃先輩は手に持つスクールバックをブンブンと振りながら再び歩き出す。


「あーあ。政宗君とステージの上で演技してみたかったなー」


「そうですね。彩乃先輩は面白いかもしれないですし」


「もう! 何でそういう見方しかできないかな。私は政宗君が舞台上でガッチガチになりながら演技する所が見たいんじゃなくて、単純に2人の思い出を作りたかったの!」


 彩乃先輩の言う通り、もし俺が本当に王子様の役で出演した場合、ガッチガチの状態で演技しセリフが全て飛び、それを上手くフォローする彩乃先輩の姿が目に浮かぶ。


「は、はぁ。そういうもんすかね」


 若干熱くなった頬を隠すように、俺はわざとらしく口元を隠した。


「そういうものなの。こういう学校行事は仲のいい人と楽しむのが1番なんだから」


「……そうですね。今回の文化祭は俺も楽しめると思います」


 何も役目を与えられなかった今までの文化祭とは違い、今回は仕事がある。


 文化祭に対して少しやる気が顔を出した所で、俺は気になっていた事を聞いてみた。


「彩乃先輩。俺がこういうのも何ですけど、あの条件は良かったんですか?」


「ん? 条件? ……あー、あの政宗君が出るならってやつ?」


 彩乃先輩は顔だけをこちらに向け、口元に手を当てた。


「んー、まぁ政宗君が出てくれたら1番良かったんだけど、別に私は初めから乗り気だったしね」


(……へぇ、そうなのか。何か意外だ)


 この前も思ったが、彩乃先輩は当初から演劇というものに興味があったようだ。


 彩乃先輩はそのスペックの高さ故に目立っているだけで、自分から注目を浴びるような行動を好き好んでやる人ではないと勝手に思っていたのだが……。


「……ねぇ、政宗君」


 昇降口が見えた所で、先程よりトーンが若干下がった声が俺の耳に届く。


 俺の方へと振り返りそう言った彩乃先輩の顔には、オレンジ色の光が差し込む。


「どうかしました?」


「あの話……覚えてる? 美咲さんが私に持ってきた話」


「勿論ですよ。忘れる訳ありません」


 彩乃先輩は言葉を発する訳でもなく口を動かした後、ふぅっと息を吐き俺を真っ直ぐ見据える。


「私ね——」


 彩乃先輩がそう言った瞬間、真っ直ぐ俺の目を捉えていた彩乃先輩の目線が外れ、俺の後方へと飛ぶ。


「……彩乃先輩?」


 俺は彩乃先輩の目線を追うように回れ右をする。


 するとそこには——、


(……何やってんだ? あいつ)


 下駄箱をじっと見つめる、空閑の姿がそこにあった。


 俺と彩乃先輩の視線を感じ取ったのか、空閑はこちらに気付いた後、「ちっ」という大きめの舌打ちを残して再び校内へと戻っていく。


「……あれ、空閑ちゃんだったよね?」


「ですね。滅茶苦茶機嫌悪そうでしたけど」


 まぁあいつは常に機嫌が悪い奴だしな。いちいち気にしてもしょうがないか。


(……でも何であんな所で突っ立ってたんだ?)

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