第122話 陰湿
「機嫌が悪いという事は……近付かない方がよさそうですね。確実に八つ当たりされます」
「んー、でも気になるなぁ。空閑ちゃんちょっと元気無さそうだったし」
もう学校内に人は少ない。部活にも入ってないあいつがこの時間に校内にいる理由は見当たらない。
「……様子見に行ってみます?」
行きたくないが……気になるのは確かだ。
俺一人で行くなら確実に空閑のストレス発散サンドバックになるだろうが、彩乃先輩と一緒ならそれほど酷く傷つけられなくて済むだろうし。
「あー……、ごめん。私はいけないや」
「え?」
「ごめんね。私この後ちょっと予定があって……。空閑ちゃんの事、お願いね?」
彩乃先輩は手を合わせ申し訳なさそうに謝る。
「ちょ、ちょっと待ってください。俺一人で行くんですか」
「うん。何か問題ある?」
「い、いや問題あるというか……」
言わなくても分かってほしい。俺も空閑がどれだけ水と油なのかを。
「なら大丈夫でしょ。この後の用事はちょっと外せないんだ。後は任せたよ政宗君」
そう言い残し彩乃先輩は靴を履き替え颯爽と出ていった。そして残されたのは俺一人。
「……マジかよ」
◆
(……多分ここら辺だと思うんだが)
彩乃先輩と別れた後、俺は空閑が立ち去っていった方向をとりあえず歩いていた。
人の気配は無い。どこ行ったのだろうか。
「……いないぞ。もう帰ろう――」
と言ったその時だった。
「――うおっ!」
女子トイレの前を通り過ぎようとした時だった。
「……何」
「い、いや……」
中から出てきたのは、探し求めていた人である空閑であった。いきなり人が現れたものだから変な声が出てしまった。
そして俺の目線はこちらを睨む空閑の目ではなく――指に引っ掛けてある物へと吸い寄せられる。
「……お前、それ」
空閑は「ちっ」と舌打ちしながら、俺が指さした物を隠すように体の後ろへと持っていく。
「……あんたには関係ない。早くどっか行って」
俺の目がおかしくなければあれは……空閑がいつも履いている靴だ。そしてその靴は――泥だらけだった。
暫くそのまま何も発さず立ち尽くしていると、目の前から「はっ」と嘲笑するような声が聞こえる。
「――女って醜いわよね。自分より強かった人間が自分より弱くなった所を見逃さずにこういう事をするんだから」
「……じゃあやっぱりそれは」
「まぁあのギャル3人組の仕業でしょうね。ったく……気に入らないなら正面からこいっての」
空閑は「まぁ私が言えた事じゃないけど」と付け加える。
空閑の体に隠れながらチラチラと見える靴は泥がつけられているだけではなく、相当乱暴に扱われたようで酷く傷んでいるように見えた。
「これからどうすんだよ」
「あ? ……まぁ、履いて帰るしかないでしょ。……はぁ、今月ピンチなんだけど買うしかないわね」
「違う。今後どうやって対処するかだ。何も対策を打たないのならずっとこんな事が続くんだぞ」
いじめは、絶対になくならない。
だけど、放っておくのは悪手だ。今はまだこんな事で済んでるかもしれないが、どんどんエスカレートしていくかもしれない。
そして、俺の言葉に空閑は……、
「――ふっ」
何故か笑いを口の端からこぼした。
「……何がおかしいんだよ」
「いや、だっておかしいでしょ。あんた、私にされた事忘れたの?」
「……」
こいつの言う通り、俺はこいつに色々とされた。こいつのせいで俺の学校生活は大いに狂わされた。
「忘れるわけないわよね? 普通、あんたの立場で昔危害を加えてきた人間がこんな風になっていたら腹の底から笑うものよ」
空閑は手に持っていた泥と傷だらけのスニーカーを俺の足元に投げる。
「見なさいよ。あんたを苦しめていた人間は今やこんな風になっているの。ほら、笑ったら? 別に気に病む事はないわ。普通の事だから」
俺は足元に投げられた靴を数秒間見つめる。
……そして、その靴を近くの手洗い場に置いた後、蛇口を捻り水をかけた。
「……何してるのよ、あんた」
「俺は、笑ったりしない」
「は?」
「お前が俺にした事は許されない事だ。それは間違ってない。――だけど、だからといってお前がこんな事をされていい理由にはならない」
水をかけ泥を落としながら、俺は続ける。
「仇には仇を。――まぁ、そういう考え方もあると思う。そういう考え方をする人がいても全然いいと思うが……俺は好きじゃない。それだけだ」
「……何よ、それ。そんなの――」
「偽善って? まぁそうだな。だけど多分お前は……俺に罵ってほしいんだろ?」
「はッ!? そんな事」
「罵ってもらった方が楽なんだろ。こうやって手を差し伸べられるより、仇には仇をってのをやられた方が楽だろうしな」
何かで叱られた時、思いっきり怒られた方が楽になる事があると思う。
自分が100%悪いなら、絶対に怒られた方がマシだ。優しくされるのは、もっと辛い。
「何よ……それ……!」
「まぁ、こういう態度を取ることがお前への罰だとでも思ってくれ。――あ、この靴もう洗っちゃったから今日の所は体育用の運動靴でも履いて帰ってくれ」
「……家なんだけど」
「マジかよ。なら俺の貸してやるから」
空閑の顔がみるみる内に曇っていく。
「……水虫とかないわよね」
「ないわ! 貸してやるって言ってんだから少しはありがたそうにしろって」
……ふぅ。
問題がどんどんと重なっていくなぁ。
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