第123話 演劇練習①
学園祭というものは学生にとって一二を争う程のビッグイベントであり、その本番も楽しいのだが本番に至るまでの準備期間というのも実に楽しいものである――と、何かの本で読んだ。
今まで俺はこういうイベントに参加してこなかった人間だから、準備期間が楽しいという気持ちがちょっとだけ分かるような気がする。
「……ああ。あのお方の演技を見られるなんて……」
「全くもってその通りだ……。俺たち、あの人と同じ舞台に立つんだぜ」
本格的に始まった生徒会演劇の稽古。目の前で繰り広げられる演劇練習の主役は誰がどう見ても彩乃先輩だと言うだろう。
俺の隣で仕事もせずに彩乃先輩の演技……というかまだ読み合わせ程度なのだが、取り敢えず彩乃先輩の姿に目を奪われている男子二人。
(まぁ気持ちは分かるけどな……)
「――おーす。お、やってるなー!」
「ん? ……ああ、早川か」
「お疲れ伍堂君。伍堂君は確か……裏方だったよな?」
「ああ。裏方の人間を仕切る生徒会長様の到着を待っている所だ」
俺の隣で柑橘系の制汗剤を匂わせる早川。何か本当陽キャラって感じだ。
「そっかそっか。――しかしあれだな。華ヶ咲先輩って本当綺麗だよな。まだ衣装とか着てないのに何であんな華やかなんだ」
俺は再度彩乃先輩へと目線を移動させる。
彩乃先輩は周りからの視線など気にもせずに、真剣な表情で王子様役の千明と読み合わせをしている。
「……まぁ、だな。本人は否定するだろうけど」
「おっ。流石伍堂君。愛しの彼女の事なら何でも分かるってか?」
にししっと笑う早川。
「――は!? か、彼女だ!? 何訳わからん事言ってんだ! そ、そんな筈ないだろ!」
「ははっ! ……でもいい感じだと思うぜ? てか少なくともあちら側は――」
早川はボーッと彩乃先輩の方を見つめた後、薄っすらと笑みを浮かべた。
「……まぁ、これ以上は踏み込むべきじゃないか。……取り敢えず頑張れよ、伍堂君」
このイケメンスマイル……。この感じで数々の女を落としてきたんだろう。
「何言ってんだか……。その感じだと余程女性経験があるようで」
「おお。女子にモテたくて運動部に入ったくらいだからな。やっぱ男に生まれたからには女の子にモテないと」
「ん? 早川は運動部なのか?」
「ああ。サッカー部に入ってるよ。マネージャーとかといい感じになれたらなーとか思ってたけど、今のマネージャーはあんまタイプじゃないんだよなー」
サッカー部、か。
……うん。何かそんな感じがする。細身の割に結構筋肉ありそうだし。てか、マネージャー目当てだったのかよ……。
「そうなのか」
「ああ。俺はどっちかって言うと清楚系な感じが好みなんだけど、今のマネージャーはギャルなんだよなー。それも3人ともだぜ?」
早川の「清楚なんだけど、内に秘めたるエロさっていうか――」とかいう言葉を聞きながら、俺の耳に残った言葉があった。
『ギャル、それも3人』
「……な、なぁ。興味感覚で聞くが、そのギャル3人組ってどんな奴らなんだ?」
「ん? 何だ、伍堂君はギャル好きだったのか」
「いや違――」
「まぁいいけどな、趣味は人それぞれだし。――えーとな、俺らと同学年で……あんま特徴っていう特徴はないかな。別に対して可愛くもないし。だからあんまりオススメしないぜ?」
可愛くない……か。別にそういう情報が聞きたかった訳じゃないが……。
「あ、ああ。わかった。ありがとな」
「?」
クエスチョンマークを浮かべる早川を放置し考え込んでいると、軽い力でトントンと肩を叩かれる。
「お待たせしてしまって申し訳ないわね」
「……ん? ああ、新田か」
「ええ。それじゃあ遅くなったけど裏方組で集まって話し合いをしましょうか。……と言っても細かい配置を決めるくらいでしょうけど」
「ああ。分かった。それじゃあ早川、俺は行くぞ」
「おおー。またな、ギャル好きの伍堂君」
あっはっはと笑いながら、早川は演劇組の方へと姿を消していった。
全く……誰がいつギャル好きだと言った。
「――ご、伍堂君」
名前を呼ばれ振り向くと、何故か俯いている新田がいた。
「ん? 何だよ新田」
「そ、その……あの人が言っていたギャル好きというのはほ、ほほ、本当なのかしら……っ」
「……は?」
「い、いや。伍堂君の趣味を否定している訳ではないの。――で、でも髪とか染めたり肌を黒くしたりとか私にはちょっと手が出ないというか何と言うかでも貴方がそういうタイプが好きならちょっと頑張ろうかとか」
こいつは何を言っているんだ。早口過ぎてよく聞き取れない。しかも後半に連れて声小さくなってるし。
「……よく意味が分からんが、別にギャルが好き訳じゃないぞ」
「……え? そうなの?」
「ああ。あいつが勝手に言ってるだけだ。……そろそろ行こうぜ」
「え、ええ。――ふぅ、助かったわ」
早川の奴……。
彩乃先輩にも変な事言ってないだろうな。
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