第124話 裏方の仕事
「――それじゃあ始めましょうか」
演劇チームと別れた裏方チームは他の空き教室に移動し、裏方の中の担当業務を決めようとしていた。
裏方というのは地味な仕事だ。
だがこういう地味な仕事をミスってしまうと、主となる演劇が円滑に回らなくなってしまう為、地味だからといって手を抜いていい訳ではない。
「伍堂君。書記をお願いしてもいいかしら?」
「え? あ、ああ……」
後ろの方に座っていた俺に新田から声が掛かる。正直「何で俺が……」という気持ちはあったが、リーダーの言うことなら仕方ない。
俺は重い腰を上げ、ホワイトボードの前に立つ。
「それじゃあ細かい担当を決めていきたいと思います。伍堂君、この紙に書いてある各業務を書き写してもらってもいいかしら?」
「おお、了解」
演劇は決して演者だけでは成り立たない。
ストーリーを考える脚本、セットや衣装などの小道具や大道具を作成する美術、演者を際立たせる照明、そして演劇チーム、裏方チーム両方を統括する監督と多岐に渡る。
新田から手渡された紙には、基本となる業務はあらかた記されていた。
「脚本に関しては私の方で既に作成し演劇チームの方へ渡しています。不備があれば私の方に伝えてほしいと言ってあるのでもしかしたら返ってるかもしれませんが」
(仕事が早い事で……)
なるべく綺麗な字を書く事を意識しながら、俺はホワイトボードに業務内容を書き出していく。
「……終わったぞ」
「ありがとう伍堂君。――それでは今から決めていきたいと思います。読み上げていきますので、まずは自分がやりたいと思う箇所で挙手をお願いします」
俺は手元にある紙に書かれている業務を眺める。
まぁ十中八九、全てを統括する監督は新田がやる事になるだろう。
問題は何をやるかだが……。
(まぁ無難なとこなら……照明かな)
1番楽そうな気がするし、俺には衣装や小道具を作る手先の器用さもない。
照明なら決まった場面で決まった事をやればいいだけの筈だし、俺でも出来るだろう。
「――伍堂君。お願いがあるのだけれど」
照明に立候補しようと考えていたその時、トントンと肩を叩かれる。
「……ん? 何だ?」
「業務担当についてなんだけど――貴方には私の補佐について欲しいの。所謂、助監督ってやつね」
「……は?」
じょ、助監督? 俺が?
「……冗談だろ」
「冗談なんかではないわ。私って結構やる事が多いの。演劇だけではなくて、生徒会長として学園祭に関する他の仕事がね」
言っている事は分かる。新田の仕事量は他の生徒と比べ多いのは確かだ。
「何も俺じゃなくても……」
「いいえ、貴方がどういう人間なのかは分かっているつもりよ。きちんと仕事をこなしてくれる伍堂君なら、私も安心なの」
新田の真っ直ぐな視線から逃げるように目をそらし、考える。
もし助監督の仕事を引き受けた場合、1番最悪なのは仕事を理不尽に押しつけられる事だ。
あくまでも副担当であり、補佐である存在。
……まぁ新田なら俺に仕事を押し付けるような事はしないと思うが。
俺は観念したように息を吐き、
「……分かったよ」
そう呟いた後、「ふふっ」という笑い声が聞こえる。
「それじゃあ宜しくね、伍堂君」
◆
裏方チームの担当業務決めは無事終わり、使用していた空き教室には俺と新田の姿しかなかった。
ホワイトボードに書かれた文字をせっせと消しながらチラッと新田の方を見ると、今日決めた事をPCに入力しているみたいだ。
「……感謝しているわ。助監督を引き受けてくれて」
「……別に気にしなくていい。――でもやっぱり俺以外にも適任の人材はいたと思うけどな」
「言ったでしょ。……私の補佐なら、貴方が適任なの」
「そんなに評価されているとは知らなかったぞ。何、好きなの?」
瞬間、ガタガタッッ!! と新田の座る椅子が揺れ、机上から大量のプリントが落ち床に広がる。
「――な、なな、何訳の分からない事を言っているのしら! そ、そんな事ある訳ないれしょ!!」
「そんなに動揺しなくても……。後、語尾噛んでるぞ」
立ち上がり俺に言葉をぶつける新田。羞恥に悶えているのか顔は真っ赤に染まっている。
いつも冷静でクールといった言葉が似合う新田もこんな感じになる事があるのだと思うと……少し可愛いなと思ってしまう俺。
(絶対口には出さないけど……)
「あーあ、プリント散らかしちゃって……」
中腰になり、散らばったプリントを集める。
「ご、ごめんなさい」
俺が拾う姿を見て、新田も慌てて中腰になり散らばったプリントを拾い始める。
こうなると必然的に新田との距離が近くなり、たまに体が当たってしまう事があるが敢えて無視を決め込む。
(……やっぱ、整ってるんだよな。新田って)
プリントを集める手が少し鈍る。
大きな瞳に薄い桜色の唇。大体の女子は学校とはいえ年頃の女の子らしくメイクしてくるのだが、規則に厳しい新田の顔は加工がされているようには見えなかった。頬は赤みがかっているが。
(……って、何ガン見してんだ俺は。殴られても文句言えねぇぞ……)
思わず魅入ってしまった自分を戒めるように、新田に背を向ける。これ以上ガン見しないように。
「……ねぇ、伍堂君」
「え、な、何だ」
もしかしてガン見していた事がバレたか……?
ドクドクと鼓動する心臓を鎮め平常心を装っていると、背中に何かが当たる感触が伝わってくる。
「え――」
何が背中に当たったのか確認しようと首を捻ると、新田の頭が俺の背中を支えにしていた。
「え、ちょ、ど、どうした新田! 気分でも悪いのか!?」
突然の事に動揺していると、
「……貴方は気付いてるの?」
そんな声がボソッと聞こえた。
混乱状態の頭をなんとか動かして新田の言葉が示す意味を考えてみるが……分からない。
「な、何がだ?」
「……私が、貴方を傍に置いた本当の理由よ。汚い手を使ってでもね」
汚い手……?
一体何を言ってるんだ。
そう言った後、新田は俺の背中から頭を引く。
新田の頭が当たっている感触が無くなったのを感じた俺は、回れ右を行い新田と向き合う。当然、距離は近い。
新田はきゅっと口を結び、その後小さく息を吐き出した後、徐々に俺との距離を詰める。
ゆっくりと迫ってくる姿はまるで、獲物を仕留めようとする狩人のようだった。
「え、ちょっ、ちょっと新田……っ。お前何やって――」
止まる事ない新田の動き。俺の言葉が聞こえていないのか。
新田の潤んだ瞳に、俺の顔が映る。
そして新田と俺の距離がレッドゾーンに突入しようとしたその時、
『ガララララッッ!』
教室内に、扉が開かれた音が響く。
「政宗くーん。終わったから一緒に帰――」
現れた人物――彩乃先輩は俺と新田の姿を見て、手に持っていた自分の鞄をドサっと床に落とした。
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