第68話 無理した反動

 次の日の朝。


(……やばい)


 そろそろ暑さも落ち着いてきたかな、という頃。


 窓からは明るい光が差し込み部屋を照らす。いつもならこの明るい光を体に浴びながら学校へ行く支度を整えるのだが、今日はまだ布団の中にいた。


(体が動かない……。それに、なんか節々が痛いし……)


 昨日無茶をした影響で体の筋肉が悲鳴を上げているのかと思ったが、そうではないらしい。いや、それもあるんだけどさ。


 ボーッとする頭。ゾクゾクするような寒気。


「……やっちゃってんな、これ」


 起き上がって体温計を取りに行くまでもない。完全に体調を崩してしまっている。


 多分原因は昨日のお手合わせだろう。普段激しい運動をしてない人間が急に動くとこうなるのだ。


 しかも体調が悪いだけでなく、やはり筋肉痛も付随しているらしく……、


「――痛ッ!」


 寝返りを打とうとすると体がビクンッと跳ねる。これはとてもじゃないが学校へ行けるコンディションではないな。


 俺は痛む体に鞭打って枕元に転がっているスマホに手を伸ばし、学校へと電話を掛ける。


「……はい……そうです……すいません」


 今まで辛いことがあっても学校に出続け皆勤賞だったのだが、その記録もこれまでか。


 皆勤賞だからといって何が褒美がある訳ではないが……何となく悔しい。


(そうだ……彩乃先輩にも一応言っとかないとな……)


 もし今日家に来てしまったら無駄足になってしまう。


 電話……じゃなくてもいいか。


 スマホを起動させゆっくりと誤字らないように入力していく。


『すいません。今日学校休みます』


 そう入力し送信すると、すぐに返事が返ってくる。


『え!?珍しいね。 何かあったの?』


『ちょっと体調が悪くて……。でも明日には学校行けると思うので心配しなくても大丈夫です』


 ……行けるかな、これ。体調良くなっても筋肉痛が治ってなさそうだが。


 でも筋肉痛で学校休むのは流石にまずい気がするし。


『もしかして昨日ベンとのが原因? それならしっかり文句言っておくから』


(知ってるのか……。やっぱり事の発端である鈴乃さんには強く言えない感じね……)


 彩乃先輩から文句を言われ、鈴乃さんから指令され、両者の間で肩身の狭い思いをしてるんだろうな……ベンさん。


『いえ。自分の体調管理が悪かっただけですので』


『そう? でも一応文句は言っておくから。後、学校終わりに政宗君の家に行って看病してあげるからね』


 確かに飯の問題とかはあるが……流石にうつしたらまずいし。


『そんなに気を使ってもらわなくても大丈夫ですよ。それほど重症ではないですから』


『駄目だよ政宗君。病人は甘えるのが仕事なんだから。取り敢えず行くのは決定だから! じゃあゆっくり休んでね』


 その後に可愛い猫がウインクしているスタンプが送られてくる。


(……はぁ。こうなったら俺の言うことが通る筈ないしな……)


 俺はこれ以上戦ってもこちらが疲弊するだけだと判断し、スマホを放り投げる。


 そして目を瞑り再び眠りの世界へと行こうとするが……、


(彩乃先輩の看病、か……)


 瞼を閉じた筈なのに何故か彩乃先輩がナース服を着た姿が見える。


 薄い唇に人差し指を当てながら妖艶な笑みで誘惑してくる彩乃先輩。






『――タマってるの? 今、楽にして……あ・げ・る』







「――アホか俺はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!」


 ピンク色の妄想を力ずくで吹っ飛ばすかのように俺は布団から跳ね起きる。


 だがその瞬間に全身の筋肉が軋み落雷のように鋭い痛みが全身を駆け巡る。


 その悶絶するような痛みに顔をしかめながら、


「~~っっ! ……何考えてんだ、俺」


 彩乃先輩は善意で看病しに来てくれるのに俺って奴は……っ!


 幾ら風邪を引いてる状態だとはいえ、色欲に頭の支配されるようではただの猿ではないか。


 熱で熱いのかそれとも羞恥で熱いのか分からないが、火照った顔をパンパンと叩き再び寝転ぶ。


(煩悩退散煩悩退散。素数と羊を数えろ政宗)


 だが浮かんでくるのは思春期真っ只中である男子高校生の妄想に染まった彩乃先輩。


 他の事を考えようとすればするほど、どんどんと彩乃先輩の事しか考えられなくなる。


 うおぉぉぉぉっっっ……っ。ど、どうすれば……!?


(――そうだ!)


 俺はある事を閃いた。あれを思い出せばいい。


 彩乃先輩に染まった頭の中に、昨日見た光景を入り込ませる。





『――政宗……まだ、イケる、だろ……?』






 多少……というか大分脚色されているがそんな事はどうでもいい。頭の中の彩乃先輩を吹っ飛ばせるなら!


 まるで意思を持っているかのように動く岩のような筋肉。


 そして汗ばんだ――ベンさんの顔。






「――寝れるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!






 その後、俺は酷い悪夢を見た。


 こんな事なら彩乃先輩に頭を支配されたまま眠りたかった。


 いや、マジで。


 ◆


「……怖かった。いや、恐かった」


 次にベンさんに会う時、どんな顔したらいいんだろう……もう普通に会えないかもしれない。


 ――ピロンッ


「ん?」


 その時、軽快な音が鳴る。スマホを起動させると、メッセージの送り主は彩乃先輩だった。


『ごめんね政宗君。今起きてる?』


(何だ……? 何か緊急の用事とかか?)


『はい。今起きました』


 すると、メッセージの画面から着信の画面に切り替わる。


 俺はスマホを耳に当て、


「どうしました?」


「ごめんね体調悪いのに。……いや、あの、政宗君に一つ聞きたい事があって」


 彩乃先輩の声は酷く動揺していた。その声色から良くない事が起きたのだと推測する。


「……何かありました?」


「うん。――政宗君ってさ、生徒会長選挙に出る事にしたの?」


 スマホの向こう側から聞こえた問いの正解は、これまで何度も言ってきている事だった。


「……出ないですよ。それは彩乃先輩も知ってる事でしょ」


「うん、だよね。……でも、さ」


 息を吸い込む音が聞こえる。








「――掲示板に張り出されてるんだけど。生徒会長選挙の立候補者が、紫帆ちゃんと政宗君だって」








「……え?」


 本気で言っている事が分からない。体調が悪い影響で耳までおかしくなったのか。


 記憶を遡っても選挙に出る事を了承した覚えはない。


 ……一体どういう事なんだ。


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