第55話 可愛いお礼
(彩乃先輩……大丈夫なのか……?)
朝見た彩乃先輩の様子が気になり、授業の内容が全く頭に入ってこない。
蛇に睨まれた蛙のように全く動かなくなっていた彩乃先輩。あんな風に他人に影響されている所を見たのは初めてだ。
(まぁでも彩乃先輩だし……大丈夫か)
「――堂――伍堂!」
ボーッとそんな事を考えていると、教卓から激しめの声色で俺の名前が聞こえる。
だが何故か他人事のように感じていた俺は返事もせずにただジーッと俺の名前を呼んだ先生を見ていると、
「っ。ご、伍堂。その……あれだ。この問題を解いて欲しいんだが……い、いいか?」
科目は数学。白板には数式が書き込まれており、その数式の近くを先生はトントンと叩く。
ジーッと見ていたのが悪かったのか、激しめの声色だった先生だが俺の顔にたじろいだのか、今は完全に萎縮しているようだ。
周りのからは「おい……何か今日機嫌悪くねあいつ……」なんていう声がひそひそと聞こえてくる。
機嫌悪くないから。これがデフォルトだから。
「あ、はい」
俺は席を立ち白板に書かれた数式を解いていく。
……今日の授業は復習要素が強くて助かった。新しい単元だったら確実に公開処刑されてたであろう。授業内容理解してない時に先生に当てられそうになった時は逃げたくなるよね。
「……よし。戻っていいぞ」
「分かりました」
先生は俺の回答に満足したようで、席に戻るよう促す。
そして席に戻った俺は授業に集中――することなく、窓の外から見えるグラウンドで行われているサッカーの様子を頬杖をつきながら横目で見る。
この学校の体操服は学年によって少し色が違う。赤色のラインが体操服に入っているという事は一年か。
グラウンドでは一年の男子がはしゃぎながらサッカーに興じていた。
その中で一人、目を引く人間がいた。
(うわー……。あれはキツいな……)
学校の体育、それも『球技』は好きな人と嫌いな人が真っ二つに別れると思う。
球技が好きな人は体育系の部活に入っていたり元から運動神経が良かったりした人だ。
逆に嫌いな人……それは球技が全く出来ず、チームで戦うサッカーやバスケ、ソフトボールなどで破壊的に足を引っ張りチーム内の人間から邪魔者扱いされる人間だ。
体育の球技は嫌いな人間にとっては地獄の時間であり、どれだけ活躍できるかではなくどれだけ邪魔にならずにその時間を過ごせるかに掛かっている。
(あいつ……絶対皆から邪魔だって思われてんだろうなぁ)
俺の目が捉えたその生徒は自分の所にきたボールを全て空振り、走れば足がもつれて転ける。
そしてチームの人間が気を使ったのか、フリーキックのチャンスではボールを明後日の方向に飛ばしていた。
(あらー……)
本当怖いよね、体育の時間って。
◆
昼休み、俺はいつものように屋上へと向かっていた。
彩乃先輩もここに来ようとするのだが、それは全力でお断りしている。
学校の超人気者である彩乃先輩。昼休みは誰が彩乃先輩と昼休みを共にするかで毎日戦争が起きるくらいだ。
そんな彩乃先輩が俺とここで昼休みに飯を食う? ……俺はこれ以上学校での立場を悪くしたくない。
(何回説明しても納得してもらえないんだよな……凄い機嫌悪くなるし)
気温はまだ少し高いので汗が滲むが、飯を食ったら図書室に逃げ込むつもりなのであまり気にならない。
俺は日陰に入り腰をおろす。汗で滲んだ首元を屋上に吹き付ける風が撫でる。
弁当箱の蓋を開け、卵焼きを口に放り込む。
(まあまあだな……)
彩乃先輩のお陰で俺の料理スキルは中々高くなった。だがまだ彩乃先輩には及ばない。
モソモソと無心で口に食べ物を放り込んでいると、ガチャっと屋上の扉が開く。
……ま、まさか――、
「こんにちは。伍堂君」
「新田……」
予想は外れ、現れたのは照りつける太陽の光で眩しそうに目を細める新田だった。
「どうしたんだよ、こんな所に」
「貴方に用があったのよ」
「俺に? 何で? てかよくここにいるって分かったな」
「先程華ヶ咲先輩に教えてもらったの。……私が伍堂君の場所を聞くまで普通だったのに何故か聞いた瞬間に不機嫌になったわね」
新田は首を傾げ「何故かしら?」と悩む様子を見せるが、俺には分かる。
……はぁ。これはまた何か言われるんだろうな。
それに今の時間彩乃先輩は大勢の人間に囲まれている筈。
こいつがその空気を読まず、人の壁を押しのけていく様が頭に浮かぶ。
「そ、そうか。――で、何の用だよ」
「……これよ」
新田は手に持っていた小さな可愛らしいピンクの紙袋を俺に差し出す。
「……え。何だよこれ」
「……忘れたの? お礼するって言った筈だけど」
(お礼? お礼って……あ、そうだ)
あの駅前での出来事を思い出す。
『助けてくれてありがとう。また後日お礼するわ』
そうだ。あの時そんな事言ってたな。
でもそれって所謂社交辞令っていうものじゃないか?
「また遊ぼーね!」とか「今度行こ!」とかと一緒の部類じゃないの?
てっきりそうだと思っていた。
「……受け取ってくれないのかしら」
「い、いや。有り難く受けとる。すまんな、気を使わせて」
「何で伍堂君が謝るの。助けてもらったのはこちらなのだから謝る必要はないわ」
ピンクの可愛らしい紙袋を受け取り、そした中を見る。
「……クッキーか」
「ええ。料理は得意だから」
紙袋の中には可愛らしいラッピングをされたクッキーがあった。
俺はラッピングされたクッキーを袋から取り出す。
「お昼ご飯の後にでも――って、今食べるの?」
「え? 駄目か?」
「い、いえ。別にいつ食べようが伍堂君の勝手なのだからいいのだけれど……」
少しだけ驚いた様子を見せる新田。
俺はラッピングをほどき、肌色ですこし焦げ目のある美味しそうなクッキーを一つ手に取り口に入れる。
サクッとした食感の痕にバターの香りと程よい甘味が口の中に広がり、一つだけの筈だったが次のクッキーを求め袋の中に手を伸ばす。
「――! ……う、旨い」
「っ。……そう」
新田は視線をキョロキョロと移動させながら自分の長い髪をくるくると指に巻く。
「ああ。言っとくけどお世辞じゃないからな」
料理が上手いのはどうやら本当みたいだ。クッキーなら彩乃先輩にも作ってもらった事があるが、全然負けてない。
「――っ! じゃ、じゃあ私はこれで」
「おう。ありがとなこれ」
早口で捲し立てるようにそう言った新田は屋上の扉に向かって歩いていく。
「――伍堂君。一つ、伝え忘れていたわ」
「……ん? 何だ?」
「放課後、澤田先生が自分の所に来て欲しいとの事よ。先程伝えておいてと言われたから伝えるわね」
新田は「それではまた」と言って屋上からいなくなる。
(澤田先生……一体何の用だ……?)
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