第127話 これからの関係

 柚木と別れ家へと帰ってきた俺は、早々に風呂に入り寝る準備を整え布団に寝転がっていた。


 体は絶対に疲れている筈なのに、中々寝付けない。理由は分かり切っている。


『もう一歩だけ、歩み寄ってみて下さい』


「歩み……よる、か」


 柚木が言った言葉を口に出してみる。


 普通の人間なら、直ぐに行動できるんだろうか。こんなアホみたいにウジウジせずに。


 そこで俺は考えてみた。……何故、こんなウジウジしてるんだろうと。何を恐れているんだろうと。


 ――どれくらいの時間が経っただろうか。


 目を瞑り思考を巡らせ弾き出した答え。それは……、


「――怖いんだな」


 そう。


 怖いんだ。


 今の関係が心地よくて、彩乃先輩に隣でからかわれる日常がとても心地いいんだ。


 この心地いい距離感を俺が一歩踏み出せば、当然距離は変化する。


 その変化を俺は――恐れているんだ。今まで体験してこなかった心地いい日常が壊れてしまい、自分の元から去っていってしまうかもしれないから。


 彩乃先輩の様子がおかしくなって、自分に対する態度が変わってしまった事に対する、この不安感。


 これは多分……俺が感じる心地よい日常が失われてしまうかもしれないと思っているからだ。


 今まで保たれてきた、距離感。


 不変だった今までの距離感が何らかの影響で狂い始めてる。


 その狂いを感じ取っているから――こんなにも胸がざわざわするんだ。


(……具体的に、俺はどうしたらいいんだろう)


 そう思ったその時だった。


 枕元に置いていたスマホから着信を知らせる音が鳴り響く。


 彩乃先輩かと思い素早くスマホを取り眩しく発光するディスプレイを見るとそこに表示されていた名前は、


『ごめんなさいね、夜遅くに』


「新田か……」


『そんな不満げな声出さなくてもいいじゃないの。ちょっと凹むわね』


 スマホのスピーカーから聞こえてきたのは新田の凛とした声だった。


 彩乃先輩でなかった事に対して若干の残念さもあったが、俺の中には同時に安堵の感情もあった。


 多分それは、実際今彩乃先輩と何を話したらいいのかが分からないからだろう。


「別に不満げな声を出してる訳じゃない。通常運転だ。……で、何の用だよ」


『ちょっと文化祭の事で確認したい事があってね。今時間あるかしら?』


 別に今じゃなくても明日学校で話せばいいのに……と思ってしまうが、これも新田の強すぎる責任感からの行動なのだろう。


 まぁ、このままずっと考え込んでいてもあれだし、ちょっとくらいならいいか。


「ああ」


『良かった。――で、本題に入るんたけど……』


 そこから俺たちは濃密で綿密な打ち合わせを行った。


 結局、俺と新田の電話は朝まで繋がっており、朝早く目覚めた俺は電話が繋がっている事を示すディスプレイを確認。


 スピーカーから聞こえてくる新田の寝息っぽいものは敢えて聞かないでおく。……何故かイケナイ事をしている気分になった。


 ◆


「おーい! 伍堂君ー!」


 昼休み。


 トイレに行こうと廊下を歩いていると俺を呼ぶ声が聞こえてくる。


 この元気のいい声。振り返らなくてもわかる。


「……おお、早川か。何の用だ」


「テンション低いな! いや、別に用はないけどさ。伍堂君の背中が見えたから。どこかに行くのか?」


 用が無いのに話しかけるのか……。俺にはない行動理念だ。


「トイレに行くだけだ」


「そっか。なら俺も行こうかな」


「お、おお……」


 連れションという行為をする時が来るとは……!


 あんなの何の意味があるんだと思っていた側の人間だったのに。


(まぁ……いいか)


 トイレに入った俺は隣にいる早川を気にせず用を足す。てか、結構小便器空いてんだから隣に来るなよ!


 そんな事を考えながら用を足していると、隣から視線を感じる。当然早川のものだ。


 そしてその視線は俺の顔ではなく――俺の君に向けられていた。


「……おい」


「――あ! ご、ごめんごめん! ……伍堂君のって凄いな。ヤンキーレベルだよ」


 向けられた視線の先にあるものを考えれば、早川が俺の何をヤンキーレベルだと評したのかは理解できる。


「ヤンキーレベルって何だよ……。てか別に普通だろ」


「いやいや。伍堂君のは確実に大きい部類に入るよ。……俺も自信あったんだけどなぁ」


 早川は小便器の中を見つめながらそう力無く呟く。


 他人のなんて意識して見たことないから知らないが……そんなに言うほどか?


(……まぁでも思い返してみれば、銭湯とかに行くと結構視線を感じたような)


「……まぁ、別に大きかろうがそうでなかろうがどっちでもいいだろ」


「いや、ここの大きさだけは適当にはいかないね。男の象徴なんだから。……でも実際、女の子の中には大きすぎるのも嫌だって子もいるんだけどね」


「へぇ、そうなのか」


「ああ。今までの子の中には――」


 小便器の前で俺たち二人はしょうもない下ネタで会話を続けた。


 ……なるほど、連れションはこういう事をする為にするのか。


 ◆


「ごめんね伍堂君。結構引き止めちゃって」


「いや、気にしなくていいぞ」


 早川の話はとても面白いものだった。こいつはモテるんだろうなと心底思った。


 俺みたいなタイプを相手にしてあれだけ喋れるというのは社会生活の場などでも貴重なスキルだ。


「今日も演劇練習だろ? 頑張れよ」


「練習? あー、今日は部活があるからな。ちょっといけれないかも」


「部活? ……ああ、そういえばサッカー部だった――」


 その時だった。


「おーい。早川くーんっ!」


 こちらへ駆け寄ってくる3人組の女子達。


(……あれってもしかしなくても、あいつらだよな)


 ケバいギャルという印象を与える3人組。


 それは空閑に対していじめとも取れる行為をする3人組だった。

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