第36話 お久しぶりのお泊まり
「な、何でですか」
「え? ……うーん。何となく?」
人差し指を顎に当て、可愛らしく首を傾げる先輩。
「――いやいや! 駄目でしょ! 俺明日鈴乃さんに会うんですよ!?」
先輩がこの家に泊まるのは初めてではない。今までも何度か泊まっている。
だが最近は鈴乃さん指令の習い事などに奔走している先輩なのでめっきりそんなイベントは起こらなかったのだ。
「あー、そういえばそうだったね。まぁでもお母様との話題が出来て良かったじゃない」
「爆弾にしか成り得ないですよっ!!」
只でさえ鈴乃さんと会うとは緊張するのに、そんな爆弾を抱えて明日を迎えるのは勘弁してもらいたい。
「そ、そうだ! 習い事は! 習い事があるんじゃないんですか!?」
「今日は何もない日だから。――それに、今日は誰も家に居ないの」
「……え、そうなんですか?」
「うん。お母様もパパも仕事で家に居ないのよ。だから寂しくってね」
俺は「ベンさんみたいな使用人なら――」と言いかけてやめる。
上手く言い表せないけど、先輩が見せる表情からは寂しさだけではない理由がある気がした。
「……そういう事なら、いいですよ」
頭をガシガシと掻きながら、俺はぶっきらぼうにそう言う。
「……やった。政宗君ならそう言ってくれると思ってたよ。全く、初めから素直になればいいのに」
「へーへー。すいませんね、素直じゃなくて」
そう簡単には素直に気持ちなんか表せる訳ないっての。俺はそんなに大人じゃない。
「こらこら拗ねないの。――じゃあ私お風呂入ってくるから。……一緒に入る?」
「入りませんよ! いいから早く行ってきて下さい!」
「あははっ! じゃあお風呂で待ってるね~」
俺をからかって楽しんだ先輩は笑顔で脱衣場の方に消えていった。
因みに、先輩の下着やパジャマは俺が使っているタンスの奥底に眠っている。この家に置くことを断固として拒否したのだが、あの先輩に俺が勝てる訳がなく……。
(くそ……! 本当に風呂に特攻してやろうか……)
そんな事をしたら確実に鈴乃さんに殺られる。謎の死を遂げる事間違いなしだ。
「――ってあれ? 先輩下着とか持っていってないよな……」
……まさか。
「――ごめんごめん。ブラとか持っていってなかったわ」
悪い予感は当たり、うちの高校の男子なら誰もが見たいであろう裸体をバスタオル一枚で隠し、先輩は俺がいる居間へと入ってきた。
「ちょ――、なにやってんすかッ!?」
「裸で出てくるよりマシでしょー? これでも童貞君に気を使ったんだから」
「ど、童貞ちゃうわッ! 大体――」
「はいはい分かった分かった。それじゃお風呂行ってくるね~」
先輩は捲し立てる俺を年上の力で軽くいなし、ブラとパンティーを隠そうともせず手に持ち、脱衣場に消えた。
「全く……最近おかしいぞ、先輩……」
そう。
最近、先輩はおかしい。
「何かまた悩み事でもあるのか? でも聞いた所ではぐらかされるしな……」
最近――先輩のスキンシップが激しいのだ。
人のいない帰り道ではほぼゼロ距離に近づいてきたり、さっきみたいに裸同然で俺の前に出てきたり……。学校内でもよく話しかけられるようになった。
因みに、学校内で俺と先輩が喋っていると「流石は華ヶ咲彩乃様……! あんなのとも親しくされるなんて……!」みたいな声が聞こえてくる。あんなのとはなんだあんなのとは。
「流石に一言くらい言った方がいいのか……?」
――いや、嬉しくない訳じゃない。寧ろ、あれほどの美人である先輩に迫られるのは滅茶苦茶役得だ。
だけど先輩は自分一人で何もかも背負い込んでしまうタイプの人間だ。
先輩にとっての安らぎになると決めた以上、先輩の悩みを解決してやるのは俺の役目だ。
「取り敢えず……布団敷くか……」
◆
「お待たせー、政宗君も入ってきなよ」
「お帰りなさい。そうですね。じゃあ俺も風呂に行ってきます」
布団を敷き、居間でテレビを見ているとタオルを首に掛けた先輩が帰ってくる。
先輩が着ているのは以前のように俺の安いジャージではなく、自分の家から持ってきた上下灰色のスウェットだ。
「やっぱりそのスウェットの色は違和感がありますね。妙に生活感があるというか」
先輩はもっとこう……シルク生地の肌触りのいいパジャマが似合うと思うのだが。
「そう? ……まあ友達同士のパジャマパーティーとかだったら高いパジャマ着るかもだけどね。でも今は誰も見てないし」
(俺は先輩の中でどんな存在なんだよ。空気なの?)
先輩は俺が敷いた布団にごろんと寝転がりながら、
「――あ! そういえばもうちょっとでボディーソープ切れそうだったよ?」
「そうですか。……なら買ってこようかな」
明日買いに行ってもいいが、明日は鈴乃さんに会う日だしな……。とても買い物に行ける体力は無い気がする。
「じゃあ俺ちょっとボディーソープ買ってきます――」
鞄から財布を手に取り居間から出ようとすると、俺の左腕が急に重くなる。
「……先輩?」
急に重くなった俺の左腕。その原因はいつ起き上がったのか、先輩が俺の左腕を軽く引っ張っていたからだった。
先輩は顔を伏せたまま、俺の左腕を強めに掴み、
「――冗談! ほら! 早く行ってこい!」
いつも通りの笑顔を俺に向けた。
「……はぁ。じゃあ、行ってきますね。何かいるもものありますか?」
「んー、――無いね」
「了解です。じゃあ行ってきます」
俺の中に眠る第六感が何か感知していたが、俺はそれを勘違いだと断定し家を出る。
……勘違い、だよな。
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