第35話 何で俺が……
「あー、伍堂君。ちょっといいかな?」
一日の授業が終わり帰宅しようと廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられる。
俺が声を掛けられるなんて事はこの学校では奇跡に近い。ということは……絶対ろくな事じゃない。
「はい。何でしょうか?」
振り返るとそこにいたのは澤田先生。ひょろっとした長身と眼鏡がトレードマークの先生だ。因みに科目は数学。
ジャニーズ顔のイケメンだから女子生徒に人気らしい。
(相変わらずにこにこしてるなこの人……)
澤田先生はこの学校のほぼ全ての人間から怖がられる俺でも、普通に接してくれる数少ない先生。
だけど普段接点のない先生に話しかけられるのは少し緊張する。
「ちょっと話したい事があってね。少しだけ時間貰いたいんだけど……」
「はあ……。分かりました」
今日はバイトもないし時間的には問題ない。――あ、そういえば明日鈴乃さんに呼ばれてたんだっけか。
「本当? ごめんね。じゃあちょっとこっちで」
明日の事を考えていると、澤田先生は空き教室まで移動し中に入る。
(何だろうな……。特に悪い事をした覚えはないんだけど)
直近の行動を頭の中で振り返りながら、俺も澤田先生の後を追うように教室に入る。
放課後の廊下は騒がしかったが、空き教室の扉を閉めると一気に喧騒が遠ざかり少し重たい空気が流れる。
「……それで、話というのは何でしょうか?」
悪いことはしてないにしても、先生に個別で呼び出されるのは緊張するなぁ。
「単刀直入に言うよ。――生徒会長に興味はない?」
予想もしてなかった言葉に気が飛びそうになるが、何とか堪える。
……え? 生徒会長? 生徒会長ってあの?
全校生徒の恐怖の象徴であるこの俺に?
澤田先生の気でも狂ったのか。
「……はい?」
「だから、生徒会長だよ。もう少しで生徒会選挙だからね」
「いや、言葉の意味は分かりますけど……。――推薦する人を間違ってませんか?」
澤田先生の表情や声色からは茶化すようなのは感じ取れない。という事は本気で俺を推薦してるのか。
……いやいや! あり得ない!
生徒会長は選挙で決まる。選挙で大事なのは『人望』だ。学校内の選挙なら特に。
澤田先生は何が目的で俺を生徒会長に推しているんだ。
「間違ってないよ。僕は本気で伍堂君に生徒会長になってもらいたいんだ」
「……あり得ないでしょ。俺が生徒会長だなんて。柄でもないし」
自分が式典で挨拶している姿を想像してみる――やっぱりあり得ない。何なら大事な式典を壊すなとクレームを入れられる未来が見えるぞ。
「そんな事ないよ! 伍堂君は成績優秀だし、生徒会長に相応しいよ!」
やたらと俺を推してくる澤田先生。
この人はいつもキラキラと爽やかに物事を運ぶのだが、これ程熱くなっているのも珍しい。
「いや、でも俺放課後はバイトが……」
「それに関しては大丈夫! 生徒会長の仕事は式典での挨拶や司会進行ぐらいだから。生徒会長の主な仕事は皆の模範になる事だから」
確かに澤田先生の言うとおり、この学校で生徒会長というのは名ばかりだ。特に何か活動をやっている印象はない。
「伍堂君は模範生に相応しいからね。だから僕は君を生徒会長に推してるんだよ」
「いやでも……分かるでしょ? 俺が学校内でどういう立ち位置なのかって」
そう言うと澤田先生は苦笑し、
「……あはは。まぁその事を心配するのは分かる。でもさ、もし生徒会長になれたら伍堂君の評価は一転すると思うんだ」
何で澤田先生はこんなに必死になってるんだ……。俺の地に落ちた評価を上げるのはそんな簡単じゃないと思うのだが。
「別に俺は自分の評価を上げたい訳じゃ――」
「僕はね、頑張っている人は全て報われるべきだと思ってるんだ。伍堂君の生活態度はとても素晴らしい。君こそが生徒会長という役職に相応しいんだよ!」
ここまで評価してもらえるのは光栄だし嬉しいのだが……。
(やっぱり……無理だろ。俺には荷が重すぎる……)
心優しい澤田先生の頼みを断るのは悪いし……取り敢えず考えておきますと言っておこう。
「……まあ、考えるだけ考えてみますよ」
「――!ほ、本当かいっ!?」
ガシッと俺の両肩を掴み顔を寄せてくる澤田先生。この距離で見ても澤田先生の肌はシミ一つ無かった。そりゃモテるわ。
「え、ええ。考えるだけですけどね」
この一度決めた事は納得するまでとことんやるのは澤田先生の良いところ何だろうけど……必死すぎるだろ。
「バックアップは僕に任せてね! ――よーし! それじゃあさっさく演説の内容とか考えないとね!」
(ええー……。考えるだけって言ったのに……)
「あ、あの! ちょっと俺この後用事あるんで」
「え? ……あ、ああ! 悪かったね。引き留めちゃって」
「い、いえ。じゃあ俺はこれで」
「うん。気を付けて帰るんだよ! 未来の生徒会長!」
(この人教師だよね? 人の話を全く聞かないんだけど)
まぁでも、生徒会長なんてのは結局の所当事者がやる気にならないとどうにもならない訳で。
澤田先生一人が盛り上がっても俺が首を縦に振らなければいいだけだ。
俺は爽やかに笑う澤田先生に頭を下げ、空き教室を出る。
「はぁ、どうしたもんか……」
妙に疲れた体を引きずって、俺は帰路につくのだった。
◆
「てか、よく知ってましたね先輩。俺が生徒会長の話を聞いたのってさっきですよ?」
「私が持つ学校内の情報網は凄いからね~。……後、また敬語」
ちゃぶ台の上には今日も先輩の手料理が並び、俺の空腹を刺激してくる。
そして、対面で座る先輩はジト目で俺の事を睨む。
「い、いや……。まだちょっと恥ずかしくて……」
先輩のジト目から逃げるように、俺は先輩が作った青椒肉絲を口に入れる。
ピリッとする辛味がいいアクセントになっていてとても美味しい。
「――はぁー……。まあ無理して名前を呼んでもらっても嬉しくないからいいんだけどさ」
「す、すいません。……心の準備が出来たら、呼びますんで。――多分」
「多分?」
「い、いや! 絶対です!」
先輩はジト目からいつも通りの微笑に戻り、
「――ふふっ。じゃあ……待ったげるね」
(……っ。は、破壊力がありすぎる!!)
最近先輩の可愛さがとてつもない事になってきている気がする。
先輩の周りを取り巻くファンクラブも段々と人数が増えてきてるし……。
「――で? どうするの? 生徒会長の話は」
「……そうですね。今の所はやるつもりないです」
「言うと思った。……まぁ、面倒だしね。生徒会長なんて」
「……そういや、先輩には話来なかったんですか?」
先輩は成績も良ければ人望もある。俺なんか敵にすらならないだろう。
「二年生の時にはきたよ? でも面倒だから断っちゃった。先生達は必死に私を生徒会長にしようとしてたみたいだけどね」
「二年生の時は、ですか。じゃあ今回は?」
先輩は口の中に入っている物を咀嚼し飲み込んでから、
「何言ってるの。私はもう三年生。受験生よ? そんな事やってる暇ないよ。先生達も分かってるから今回は打診して来なかったんじゃないかな?」
先輩は「受験は何も問題ないけどね~」と付け加える。
そうか。先輩はもう少ししたら居なくなってしまうのか……。
大体毎日顔を合わせているから実感が湧かないけど……そうだよな。
今の関係だっていつまで続くか分からない。
明日にだって急に俺の前から消えてしまうかもしれない。
そうなった時に、俺はどう思うのだろうか。
(今の関係を継続するのは……良いこと、なんだよな)
そう思いながら、壁に掛かった時計を見るともう既に結構いい時間な事に気付いた。
この時間帯は、いつもなら先輩が帰る時間帯だ。だけど先輩は今もゆっくりご飯を食べている。
「あの、先輩? そろそろ帰る時間じゃ……?」
「え? ……ああ。私今日ここに泊まるよ?」
俺の箸が、カランと机の上に落ちた。
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