第37話 異変
「……げっ」
「ん? ――何だ空閑かよ。どうしたんだこんな時間に」
ボディーソープを求め近くのコンビニに足を運ぶと、目当ての棚の前に見知った顔が嫌そうな表情を浮かべこちらを見る。
青のパーカーを羽織り、下は黒のジャージという何とも女の子らしくない格好をした空閑は、シャンプーの容器を手に持っていた。
「空閑の所もシャンプー切れたのか?」
「……私のじゃないわよ。これは大家さんの分」
ボソッとそう呟く空閑。
空閑はあの事件の後、反省……したのかは定かではないが、すっかり大人しくなった。
俺に対する敵意は感じるが、前のように男を連れて歩く姿や、周りの人間に偉そうに接する姿は見えなくなった。
事件の真相を知る俺と先輩は、空閑が主犯となってやった事だと、学校の皆には知らせていない。
だが、人の噂はどこから出るのか分からない。
学校の奴らは何となくだが、空閑が俺の偽造写真をバラ撒いて、俺の評価を落とそうとした事を知っているみたいだ。
(そのせいで俺が空閑をシメたとかいう噂が出てるし……)
「なるほどな。それにしても本当に大家さんには頭が上がらないんだな」
「それはそうでしょ。家賃も私の為に格安にしてくれてるんだし。大家さんは私の母みたいなもんよ」
「母、か……。まぁ大家さんは優しいからな。空閑にもそんな人の心があると知って俺は、嬉しいよ」
結構いいことを言ったと思うのだが、空閑は「……何それ、きも」と言葉を残し俺の隣を通りすぎる。
まぁウザイやキモいは空閑から言われ慣れてるから何とも思わないが……。
肩をすくめ俺もかごにボディーソープを入れたその時、空閑がレジに行く途中で立ち止まった事に気付く。
空閑は振り向く事なく、
「……そういや、あんた生徒会選挙に立候補するみたいね」
俺は空閑の言葉に驚く。
空閑の周りには人が近付かなくなったとはいえ、上位カーストにいた人間にはもう耳に入っているらしい。
「知ってたのか……。てか俺から立候補した訳じゃない。澤田先生が勝手に言ってるだけだ。俺はやるつもりはない」
「あっそ。まぁ私もあんたが生徒会長とか後免だけど」
「……あー、そうかよ。なら何でその話題を出したんだ」
俺に話しかけてきたと言うことは何か俺に伝えなければならない事があるということ。
じゃないと空閑がわざわざ立ち止まって俺に話しかける訳がない。
「……澤田先生には気を付けた方がいいわよ」
「……は?」
空閑が言った言葉の意味が分からない。
澤田先生はとても生徒に熱心で、生徒が何か悩んでいたりしたらとことん付き合うタイプだ。
顔もイケメンで、そんな先生だから生徒からの信頼も厚い。
「何言ってんだ? 澤田先生が何かしたのか?」
「……いや、まぁ。一応あんたに言っておくわ。後――あんたの女、ちゃんと見てあげた方がいいわよ」
「あんたの女」という言葉に体温が急激に上がる。
空閑の言い表す「あんたの女」とは間違いなく、今俺の家にいる人の事だろう。
「お、俺の女とかじゃないわ!」
「……何動揺してんの、きも」
やっと振り返った空閑は、本気で引いた表情をしていた。
「どうせあんたは気付いてないでしょうけど、あの女の様子が少しおかしいから。これも一応忠告しといてあげるわ」
空閑はその言葉を残しレジへと歩いていく。
「ちょ――おい! どういう事だよ!」
制止を求める俺の声を完全に無視し、空閑は大家さんのシャンプーをレジ袋に入れ、そのままコンビニを出ていった。
「……何が言いたかったんだよ、あいつ」
澤田先生の事、そして先輩の様子。
二つのモヤモヤする思いを胸に抱きながら、ボディーソープを購入し、家へと戻るのであった。
◆
「ただいま帰りまし――て、もう寝てるし」
家へと帰った俺を出迎えたのは、既に夢の中へ旅立って先輩の寝顔だった。
『あんたの女――ちゃんと見てあげた方がいいわよ』
無邪気な寝顔を見せる先輩を見て、空閑の言葉が蘇る。
確かに何か違和感を感じる事はあったが……やはり何か抱えているのだろうか。
何かあるのなら話してほしい。……だけど、俺に先輩の悩みを解決出来るのか。
「……て、何考えてんだ、俺。先輩の隣にいるって決めたんだから、こんな考えじゃ駄目だろ」
弱い考えを洗い流す為、俺は風呂へと向かった。
(……あ、ボディーソープ持って入るの忘れた)
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