第24話 罠~過去~

「んだよ凛音、俺らこれから遊びに行くんだけど」


「あなた達に頼みたい事があるのよ。ちょっとムカつく奴がいてね」


 この男達は私の手駒。お店で知り合った男達だが中々に優秀。


 まぁ優秀といっても私の言うことを忠実に聞いてくれるという意味だけど。


「ムカつく奴? 俺らに何させようとしてんだよ。ボコボコにしろとでも言うのかよ?」


「それもアリといえばアリだけどね。……それだと私に被害が出ちゃうから」


 あの男が私と同じ学校に通ってる。それを生かさない手はない。


 あいつを貶めても何も生まれない事なんて分かりきってる。でも――


「聞きなさい。わたしの案を」


 絶対に偽善者を許せない。


 ◆


「……朝か」


 今日は確か日直だったな。早めに学校に向かわなければ……。


 節約の為に自炊を心掛けているとはいえ面倒くさくない訳ではない。

 出来れば自炊なんてしたくないがやらなければご飯は出てこないので仕方なくやる。


 取り敢えず今日は……卵焼きとご飯だけでいーや。味噌汁は面倒だし。


 冷蔵庫から食材と牛乳を取り出す。牛乳を飲みながら料理しようとしたその時、あることに気付く。


「うわ……。割れてんじゃねーかよ……これ」


 お気に入り……というか一つしかないマグカップの取っ手に割れ目が入っていた。


 ……何だか不気味だな。嫌な事が起きなければいいが……。


 ◆


 今日はどんより曇り空。天気予報では雨とは言ってなかったが……一応傘を持っていこう。


(あいつ……大丈夫かな)


 あの女の子の事が俺の脳裏をよぎる。幾ら未成年とはいえ犯罪を犯してしまったら今後の進学、就職に響いてくるだろう。


 何の関係性もないとはいえやっぱり気になる。あのもう少しくらい強めに注意した方がよかったのか?


「まぁでもあれから一回も話しかけてこないしな……。気にしないようにするか」


 そんな事を思いながら歩を進め、俺は学校へと到着する。

 駐車場にちらほらと車があるくらいでやはり生徒の姿はない。


 やけに静かな学校を昇降口目指し歩いていると、




「――ちょっとッッ!! 止めてッッ!! 離してよッッ!!」



 校舎裏の方から女性の悲鳴に近い声が校内に響く。


 周りが静かなせいでその声はより一層クリアに俺の耳に到着する。


「い、今のって……!」


 俺は地面を強く蹴り声の方向へと走り出す。普段走ったりしないから途中足が縺れそうになるが何とか踏ん張る。


(あの特徴的な甲高い声……!あの声は……!)


 あの時俺に向けられたキツイ視線が蘇る。


 必死に足を動かし校舎裏に到着した俺を待っていた光景は――、


「あ? 何だお前? いいとこ何だから邪魔すんなよ」


「ガキにはまだ早い世界だぞ。いいからあっち行ってろよ」


 そこに居たのは二人の男。髪を金に染め耳にはピアス。そして口には咥え煙草。


 見た目からして高校生とは考えにくい。多分年上だろう。


「――ッ! た、助けて……っ」


 壁際に押し付けられた一人の女性。両手を縛られ涙目で助けを求める。

 制服は上の方へずらされており、黒のブラジャーが露出されている。


 普段の俺なら赤面ものだか、今の俺にそんなピンク色の感情は湧かなかった。


「――ッ! お前らッ! 何やってんだッ!」


「何って……見りゃわかんだろ。アホかお前」


「そーそー。半裸の女が居るんだから想像つくだろ? ……何だよお前、仲間に入りたいのか?」


 奥歯がギリッ……! と嫌な音をたてる。手のひらに自分の爪が食い込み痛みを感じる。


 目の前で男二人に襲われている女。――あの子だった。何でこんな時間に学校で襲われているのかは分からないが、今はそんな事を考えている暇はない。


「……おい、早くその子を離せ。嫌がってるだろ」


 男二人は顔を見合せ――ニヤリと笑う。そして、




「分かってねぇなぁ……。嫌がってるから燃えるんだろ」



 ――プツン


 何かが俺の中で切れた。


 気がつけば俺は男二人へと殴りかかっていた。


 拳を強く握りしめ振りかぶる。人を殴った経験はゼロだが当たればダメージになる筈だ。


 当然、殴り返されるのも想定済み。――だったが、


「……え?」


 笑っていた。その男は笑っていたのだ。


 放たれた俺の拳は急には停止できず、鈍い音が響き俺の拳にも痛みが走る。


「グ――ッ」


 何故か笑みを浮かべた男を殴り、乱暴されそうになっていた女の子の方を見ると……姿を消していた。


(……あれ? あの子はどこに……)


「……おい、大丈夫か」


「ああ。まあまあ痛かったけどこれで俺らの仕事は終わりだ。さっさと帰るぞ」


 そう言いながら二人の男は俺の横を通りすぎていく。まるで何も無かったかのように。


「お、おい! お前らどこ行くんだよ!」


 二人は振り返る。


「あ? 帰るんだよ。仕事終わったし」


「仕事? 仕事って何だよ」


「仕事は仕事だ。……まぁ何と言うか、御愁傷様。俺らを恨むなよ」


 そうして二人の男は去っていった。


 俺はこの時に男が言っていた意味が分からなかった。


 後日、俺は男達が言っていた言葉の意味を知ることになる――。








「何、だよ……これ……」


 校内にバラ撒かれた一枚の写真。その写真には男を殴る俺の姿が映っていた。


 あの女の姿は上手いこと映っていない。まるであの女がそう仕向けたように。


「おい……。あいつだろ、これ」


「うわぁ。近づくどころか目も合わせるなよ。殴られっぞ」


 ……なるほど。そういうことか。


 こうして俺はまんまとあの女に嵌められ、校内一の嫌われものへと昇華したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る