第25話 先輩の知略

「……はぁ」


 ぴちゃんと天井から水滴が下に落ちる。普段はシャワーで済ませる事の多い俺だが、今日は心身共に疲れきっていたので湯を沸かした。


 確か前回湯を溜めた時は……先輩が居たな。何だかとても懐かしいや。


 今日はバイトも休んでしまった。多分このまま出勤しても皆に迷惑が掛かってしまう。


 そういえば柚木からメッセージ入ってたな。後からちゃんと返さなければ。


(これから……どうするんだろ、俺)


 皆から嫌われる事に関して俺は慣れたつもりでいたが……今日は結構キツかった。


 これから毎日あれが続くのか……嫌だな。


 先輩の家に行って鈴乃さんと話すどころじゃなくなってしまった。


 俺は湯船から上がり頭と体を洗う。だが洗っても洗っても全然さっぱりしない。


「明日からまじの地獄だな……」


 ◆


 来るべき日、学校に着いた俺のスマホには一件のメッセージが入っていた。


『政宗君、屋上に来てくれない?』


(先輩……! でも、何で……?)


 先輩は俺を避けていた。しかも今の俺に会って得るメリットなんて無い筈だが……。


 しかし呼ばれたからには行くしかない。例えその道中で周りからの視線にグサグサと刺されようとも。


 顔を伏せがちにしながら俺は屋上へと続く階段を登り、ドアを開ける。


 そこにいたのは――。






「……空閑」


「え――。……ッ! な、何であんたがここにッ!」


 スクールブレザーのポケットに手を入れ、屋上の真ん中に立っていたのは空閑だった。


 不思議だ……。普通ならこんな仕打ちを受けた俺はその元凶である空閑に殴りかかってもいいくらいなのに……。


 俺の心は意外にも冷静だった。いや、冷静というか――何も感じなかった。


「俺はただ先輩に呼ばれただけだ」


「先輩? ……ああ、華ヶ咲先輩ね。あなたまだあの人に付きまとってるの? いい加減にすれば?」


「付きまとってなんかない。それを言うならお前も俺なんかに付きまとうなよ。時間の無駄だぞ」


「な――、あんた何かに付きまとってなんかないわよッ!! 自惚れないでよ!!」


 何かもう……可哀想に見えてきた。これは俺がおかしいのか?


「あっそ……。で、何でお前がここにいるんだよ」


「……呼ばれたのよ、私も、あの人に」


「……ッ! 先輩が空閑を?」


 何故だ……? 何で先輩が空閑をこの場所に……。


 先輩と空閑は全く接点がない筈。その先輩が空閑を呼び出すということは――あの写真の事か。


 先輩がその事で何か空閑に注意みたいな事をするのであれば俺は……止めなければ。


 この女に先輩を関わらせてはいけない。絶対に。


「全く……面倒だわ。でもあの女に逆らうとどんな被害が出るか分からないし……」


 靴をリズムよく打ち鳴らす。中々こない先輩にイライラしているようだ。


 すると空閑はこちらを一瞥し、


「どう? 最近の学校生活は。中々楽しそうじゃない」


「……お前、あの時公園に居たのか?」


「なんの事かしら。私が公園になんて行くわけないでしょ。それとも貴方はもしかして私があの写真をバラ撒いたとでも言うのかしら」


 くそ、こいつがやったことに間違いないけど証拠がない。


 ――まぁでも、いいか。もうこうなった以上どうすることも出来ない。


「……いや、そうは思ってないさ。ごめん、変なこと聞いて」


「ふん! 分かればいいのよ。――それにしてもあの女遅いわね。何時まで待たせるのよ」


 出来ればこのまま来ないのが一番いいんだけどな……。


 だがこういう時に願う事など叶う筈もなく――、


「待たせたわね、二人とも」


「先輩……」


 先輩は遅れた事を謝りながらこの場に現れた。天気は変わらず曇りなのにこの先輩からはキラキラとしたオーラが放たれている。


「……何の用なの。私暇じゃないんだけど」


「ごめんなさいね。貴方に見せたいものがあるのよ。時間は取らせないわ」


 見せたい物……? 一体何だ……?


 先輩はポケットから1枚の写真を取り出す。その写真は――あのバラ撒かれた写真だった。


「……これが何?」


「これ、貴方が拡散したものよね? 早く回収しなさい。政宗君の迷惑だわ」


 空閑はその言葉を聞き――笑いだした。


「――あははははっ! 何で私がそんな事! ……というか華ヶ咲先輩はその写真を校内に撒いたのが私だと思ってるの?」


「……」


「例え私がバラ撒いていたとしてもその写真の通り、この男が女の子を襲っていたのは事実でしょ? なら何の問題も無いじゃない」


 その通りだ。今の俺が何を言ったってその写真には俺が柚木を襲っているように映っている。


 その写真が嘘だと証明できない限り何も変わらない。


「話はそれだけ? なら私はこれで――」







『――へぇ~。結構よく撮れてるじゃない』






(……え?)


 その音声の元は――先輩のスマホだった。


 その音声は帰ろうと屋上の出口に向かい歩いていた空閑の耳にも届いたようで、空閑の歩がピタッと止まる。


「あら? どうしたの? 帰るんじゃなかった?」


「……何、それ」


 振り返った空閑が見せた表情は、俺が今まで見てきた空閑のどの表情よりも苦々しかった。

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