第26話 暗躍

「――ふぅ。やっとそれなりのヤツ撮れたな。ここまで苦労するとは思わんかったわ」


「それな。さっさとこれを凛音に――」


 カメラを持った二人の男が公園から去ろうとしたその時、


「ちょっとすまんがそこの二人」


 ドスの効いた野太い声が暗い公園に響く。直接見なくても声色だけでおおよその体格が察せれる程に野太い声。


「あ? 」


 二人は振り返る。そして驚愕の表情を浮かべる。


 そこに居た声の主。それは漆黒のスーツを身に纏った大男だった。


「そのカメラに映っている画像、消してもらえるかな?」


「な、何で見ず知らずのお前にそんなこと――」


「いいから。君達があの少年をつけ回していた事も俺は知っている。俺の気が変わらない内にさっさとカメラを寄越せ」


 その大男――ベンはゴキッと首を鳴らす。その仕草に圧倒されたのか、カメラを持っている男は大事そうにカメラを抱く。


「……そうか。渡したくない、か……」


 その言葉を皮切りに両者の間にピリッとした空気が流れる。


 ――そして、先に動いたのは二人組の男の方だった。




「に、逃げるぞッ!!」


「あ! おい! ちょっと待てよ!」




 二人組の男は一目散にその場から走り出す。その光景を追うでもなく只見つめるベン。


「……流石に暴力沙汰はまずいな。まぁ、証拠は手に入れたからお嬢にどやされることはないだろ」


 ベンはスーツの内ポケットに手を入れ携帯を取り出す。


「――お嬢。お嬢の言った通りでした。…………ええ、証拠も抑えてあるので」


 ベンは必要事項を電話の主に伝え通信を切る。


 そして一言――、


「お嬢も悪いなぁ……」


 ◆


 俺の仕事はSP……ではないな。用心棒? ……でもないし……。


 まあ簡単に言えば華ヶ咲家の人間に危害を加えようとする輩を追っ払う仕事だ。縁あってこの仕事をしている。


「お一人様ですか? ではこちらへどうぞ」


「おお、ありがとね」


 そう。俺は今仕事中なのだ。


 イケメンのボーイに案内されて薄暗く怪しい部屋に通されているのも仕事の内。決して俺がこういう場所に行きたいと思った訳じゃない。


(それにしても……若いな、この店)


 ボーイの後をついていく際にチラリと他の客に目をやる。


 スーツ姿のおっさんや普段着のおっさん達が肌を露出させた女達と楽しそうにしている。


 女達の中には……未成年に見える者もいた。


「ではこちらでお待ち下さい」


 ボーイに通された部屋のソファに座りスマホを取り出す。


 現時刻は23時。情報通りならこの店に――、




「ごめんなさ~い! 準備に手間取っちゃって!」



 部屋のドアが開き現れた女性。胸元や太ももを大胆に露出させ、香りすぎの香水を発しながら俺の隣に座る。


「いやいや、気にしなくていいよ」


 ……ふむ。どうやらこの子のようだ。


 にこにこといい笑顔をしている。この笑顔だけ見たらお嬢が言うような悪女には思えないんだがな。


「お兄さんの体すごいね! 何かやってるの?」


「ああ、まぁ仕事柄ね。柔な体じゃ務まらない仕事してるから」


「へぇー! 私筋肉すごい人好きだな! 男らしくて!」


「そうかい? ありがとね」


 この子にも色々あってこんな事をしてるんだろうが……俺は俺の仕事をしよう。


「お嬢ちゃん、なんでこんな仕事してるの? お嬢ちゃん見たところまだ未成年だよね?」


 俺の言葉にビクッと肩を揺らす。


「そ、そんな訳――」


「お嬢ちゃんはまだ若い。だから間違う事もある。大切なのはその後だ。――もし、今お嬢ちゃんが他人に迷惑をかけているなら……」


 瞬間、「バンッ!」と机から音がなる。


「うるさいわねッ! あんた何なのよ!」


「……今ならまだ間に合う。そのやり方は間違って――」


 今この子が浮かべている表情は笑顔ではない。


 本当は分かっているけど、認めたくない。


 そんな気持ちが見てとれた。




「……お客様。うちのスタッフに何か」


 お嬢ちゃんの声が外まで漏れていたのか、黒服のボーイ二人組が部屋へと入ってくる。


 参ったな。……まぁ俺の仕事は終わったしいいか。本当ならここで間違いを正してやりたかったが……。


(後はお嬢に任せるか……)


「――いやいや、すまんね。ちょっと興奮しちゃってね。もう帰るよ。ほら、これお代ね。お釣りは要らないから」


 財布から諭吉を数枚取り出しボーイに渡す。……今更だけどこれ経費だよね?


 自腹だったら……泣き寝入りするしかないな。


「じゃあねお嬢ちゃん。俺は忠告したよ。今ならまだ間に合うって。全てを失わずに済むって」


「は!? 何言ってんのよおっさん! いいから早く帰ってよ!」


「おー怖い怖い。じゃあね」


 ふぅ。取り敢えず店出てお嬢に報告だな。


 ◆


「こ、これでいいんだろ! ほらよ!」


 時刻はもう少しで朝になる時間を指す。普段なら布団の中なんだがな……。


「おう、ありがとなボーイ。――うん、しっかり録音されてるみたいだな」


「あ、当たり前だろ。あんたの言う通り凛音にあの写真渡す時に録音したんだから」


 それにしてもこんなにビビるとは。俺の部下たちはどんな風にこの二人を脅したんだ?


 この二人もまさか逃げていった先に俺の部下がいるとは思わなかったろうなぁ。


(敢えてどんな風に脅されたかは聞かないでおこう……)


「お、おい! 一つ、聞きたい」


「――ん? 何だ? これ渡してくれたお礼といっちゃなんだか答えてやるぞ」


「な、何で凛音の事なんか調べてるんだよ。……もしかしてあいつ何かヤバいことに首突っ込んでるのか? な、なら俺らは関係ないぞ!なあ!?」


「あ、ああ! 俺らは関係ない!」


 お嬢ちゃんも可哀想だな。こんな簡単に切り捨てられて。


 まぁそんな関係しか築こうとしなかったお嬢ちゃんにも問題はあるが。


「心配するな。そんな事じゃない」


「じゃ、じゃあ何で……?」


 一瞬考える。


 うーん、これしか出てこない。


「愛、だな。愛する人が傷ついているから、行動してるんだ」


「……は?」


 ははっ、まあ分からんだろうな。


「簡単に言えば女を怒らせると怖いって事だ。……ほら、もう帰っていいぞ」


 しっしっとやると二人組の男は慌てたように逃げていく。……脅しすぎだろ、俺の部下。


 その様子を見届けた後に俺はスマホを取り出す。


「――お嬢。……はい、任務完了です」


 一通り話して電話を切る。


「政宗は……完璧に尻に敷かれるな。頑張れよ」


 俺は心の中で未来の華ヶ咲を背負う政宗に敬礼した。


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