第27話 術中

「何で……それが……!」


「どうしたの? もう行ってもいいのよ? ……それとも、この声に覚えでもあるのかしら」


 覚えがあるどころじゃない。この声は空閑の声だ。





『あんた達、見つかってないでしょうね』


『み、見つかってねぇよ。もう俺らは行くぞ』


『? 何でそんなに急いでんのよ? あんた達にもこの写真学校に撒くの手伝って欲しいんだけど』





 男の方の声は何処かで聞いたことあるような……。だが女の方の声は完全に空閑だ。


 何で先輩がそんなものを……。


「先輩……それって……!」


「そうよ政宗君。これはこの女が政宗君を嵌めた証拠。ある筋から入手したものよ」


 ある筋って……。絶対に何かヤバい所から手に入れただろ……。


「――ふ、ふざけないで! そんなの私は知らないわ!!」


 空閑が甲高い声で空気を震わせる。知らないと空閑は言い張るが、空閑の表情からはそうは思えなかった。


 キッと鋭い目を空閑は先輩に向けるが先輩は気にしない様子。


 屋上に吹く風で靡く長髪を耳に掛け、先輩は空閑へと近づいていく。


「あなた、まだそんな事が言えるの? あなたが手回ししてこの写真が学校内に撒かれたという証拠があるのに」


「そんなの知らないわよ! ――そ、そうだ! その音声は偽造よ! あんたなら金の力で偽造くらいできるでしょ!」


「まぁそうね。出来なくはないわ。……でも、そんな事する必要ないじゃない。貴方は実際に行動しているのだから」


 口を動かしながら近づいていく先輩は、空閑との距離がほぼゼロの所で立ち止まる。


 先輩の口調は穏やかだが、その内側には怒気が見え隠れしていた。


 その怒気を感じ取っているのか、いつものような高飛車な態度をとれないでいる空閑。


「せ、先輩……。それどうやって……」


 完全に空気と化していた俺は先輩へと話しかける。


「これ? これはね――」


 それから俺は聞いた。先輩やベンさんが裏で俺の為に色々動いてくれていた事を。


 それを聞いて俺は……情けなかった。


 何から何まで先輩におんぶに抱っこ状態の自分が。


 俺は先輩の為に直ぐ動く事が出来なかったというのに。直ぐに鈴乃さんの所へ行けなかったというのに。


「――こんな所ね。この女が途中で自分のやっている事の愚かさに気付くならここまではしなかったけど……今尚反省してないみたいだしね」


「……迷惑かけてしまってすいません」


「何言ってるの! 私が勝手にやった事よ。気にする必要はないわ」


 先輩はこちらを顔だけをこちらを向け一瞥し微笑を浮かべる。


「まさかあいつら……! ――あんたあいつらを金で買ったわねッ!」


 空閑は先輩の胸ぐらを掴み顔を近づけ叫ぶ。だが先輩は涼しい顔のまま、


「お金何て使ってないわよ。前に言ったでしょ? 『あまり調子に乗らないことね』って」


 前? 先輩と空閑は面識あったのか……知らなかった。


「何よ……! 私が何をしようとあんたには関係ないでしょ! 何でしゃしゃり出てくんのよ!」


「その通りね。貴方が何をしようと私には関係ないし、興味も無い。……でも、貴方は私の一番大切な人を傷付けた」


 その言葉にドキリと心臓が反応する。聞き間違いじゃない、よな……。


 先輩は胸ぐらを掴んでいる空閑の手を握る。


「――政宗君の優しさを、貴方は踏みにじったのよ。私はそれが許せない。私があの日貰った優しさを、貴方みたいな人間が簡単に踏みにじった事が……許せないのよ」





『私を、拾ってくれるの?』





 あの日、みかんの段ボールに入っていた先輩が俺の脳裏に浮かぶ。


 同時に、先輩の中での俺の存在がどんなものなのかを知る。


「優しさ? 優しさですって? ……ふざけないで! この男のは只の偽善! この世で私が最も忌み嫌う偽善なのよ!」


「貴方の言うその『偽善』をやれる人間はとても貴重なのよ。大概の人間は他人の為に自ら面倒事には首を突っ込まない。――万引きしようとする人なんか普通スルーするのよ」


 先輩の言葉に空閑の表情が曇る。


 流石先輩。どうやらあの出来事も先輩はリサーチ済みらしい。


「さて、貴方との話もそろそろ飽きてきたわ。……今から貴方が政宗君にしてきた事を学校の皆に知らせるわ」


「――ッ! ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」


「待たないわ。貴方の学校での評判は地に堕ちるでしょうけどいいわよね? 全部貴方が政宗君にしてきた事なんだから」


 空閑へ先輩からの無慈悲な言葉が槍のように鋭く突き刺さる。


 いつも高飛車。人の上に常に立ち続けてきた空閑の姿は、もう見る影もなかった。


「政宗君、今から人を集めてこの女が今まで政宗君にしてきた悪事の証拠を見せるわ。いいわよね?」


「え……と、その……」


 正直――空閑の事は憎い。さっきまでもうどうでも良くなっていたが、今の話を聞いてたら負の感情が膨れ上がってきた。


 そうだよ。


 空閑が俺に何もしなければ俺は只顔の怖い貧乏学生でいられたんだ。皆に恐がられる事もなく。


(先輩の言う通り、学校の皆に真実を知ってもらえるなら……)


 その時、ドサッという音が鳴る。その方向に目をやると、自分の評価が地に堕ちる事への恐怖か絶望なのか。


 立てなくなった空閑が今にも泣き出しそうな顔で崩れ落ちていた。


「……決まりね。今から人を集めて――」


 これで……いいんだよな。


 これで、楽になる――。

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