第23話 優しさなんかいらない~過去~

 私、空閑凛音が一番嫌いな物。それは偽善だ。


 己の自己満足の為に他人を巻き込む偽善という行為。こんなの無くなってしまえばいいのに。


 結局人間は自分が一番大事なのだ。どれだけ近しい人でも自分の身が危なくなったら平気な顔で裏切る。


『――凛音。こっちにおいで』


 あれだけ優しかったお母さん。


 毎日のようにスーツの男が度々訪問してきても絶えず笑顔を絶やさなかった。


 でも――



『お、お願いですッ! 娘はどうなってもいいから私だけはどうか助けて下さいッ! ……お金はこの娘が払いますから』



 まだ小学生の私に一体何が出来るのか。


 この時私は知った。この世に優しさなんてものは存在しない。どんな綺麗な人でも自分の身が一番なのだと。


 いつも一緒だった。


 優しかった。


 そんなお母さんが――今は私を切り捨てようとスーツ男の足にしがみついている。


 あぁ、そうか。そういうことか。


『ほら凛音ッ! 早くこの人達について行きなさい! お金だって元を辿ればあなたに使っていたんだから! あなたが払うべきよッ!』


『何、言ってるの……? お母さん?』


 小学生の私。スーツ男が持ち上げられない筈もなく私は襟首を掴まれ立たされる。


『……こんなガキンチョじゃ体も売れねぇな。やっぱりあんたが体で稼いだ方が――』


『ば――馬鹿言わないでよッ! お金はその子が使ったんだからその子がどうにかして払えばいいじゃないッ!』


 私は襟首を掴んでいるスーツ男を見上げる。その顔には少しばかりの動揺が見えた。


『……だそうだガキンチョ。こいつから俺らが貸してる金は一朝一夕で返せる額じゃない。お前が返すのなら長い闘いになるぞ』


 このスーツ男は絶対に正義ではない。その事は小学生の私でも判断できた。


 だが、このスーツ男からは多少の同情をかけられたように感じた。


『……分かった』


『――ッ! ほ、ほら!その子が払うって! だから早く出ていってよ!』


 ヒステリックに叫ぶお母さん。もうその姿には以前の好きだったお母さんの姿はなかった。


 ――いや、私はもうこの人を母親としては見てなかった。


『……おら、行くぞ』


『痛……ッ』


 スーツ男は私を引きずるようにして外へと向かう。


 あーあ、私もあんな風になるのかな。成長したくないや。


 家の玄関の扉を閉めた所でスーツ男がこちらを見ている事に気付く。


『俺は貸した金を返してもらうために来ただけだ。別にお前に恨みがある訳じゃない』


『……』


『こうなった以上俺はお前から貸した金を返してもらわなきゃならない。――あの親の元へ生まれた自分を恨むんだな』


 そんな言葉いらない。


 信じられるのは自分だけだ。


 自分さえ良ければいい。


 情けなんかいらない。






 優しさなんて、いらない――


 ◆


(あいつ……! 一体何なのよ……!)


 給料日前で金欠の時だっていうのに余計な邪魔が入った……!


 給料の前借り……できるかな。先月も前借りしちゃったから……厳しいか。


 女が一番稼げる夜の仕事をしているとはいえ私には親が残した借金がある。もう自分の物に回す余裕なんて無い。


「何でこんな出勤前にイライラしなきゃいけないのよ!」


 わたし一人しかいない部屋の中で叫ぶ。その瞬間隣から「ドンッ!」と壁にグーパンした音が追うように響く。


 何よ……ちょっとうるさくしたくらいで。


 親元を離れ私今まで1人で暮らしてきた。頻繁に会う大人といえば学校の先生と職場のお客さん。後は取り立てにくる男。


 ――何の為にこれから生きるんだろう。


 メイクをしながら考える。私が借りた訳でもないお金を返していく日々。普通の高校生は多分こんなにストレスなんてたまらない。


「そろそろ出ようかな……」


 メイクを終え私は出勤用の服に着替える。店には二十歳と言ってあるから大人っぽい格好を心掛けないといけない。


 当然、私にブランド品なんて買える訳がないから着ている服は貰い物……貢ぎ物だ。


 玄関にある鏡の前でにこっと笑う。……やばい、上手く笑えない。


「全部――あいつのせいだ」


 そうだ。


 全部あいつのせいだ。


 私がこんなにイライラしているのはあの男のせいだ。


「それにしても……あいつ何処かで見たような……?」


 私は考える。職業柄人の顔と名前を覚える能力は長けている。


 何処だ……? 何処で会ったんだ……? 店の客ではないだろうし……。


(……あ! もしかしてあいつ……うちの学校の……)


 ――そうだ。間違いない。あの顔の怖い奴だ。


 どうにかしてあの偽善者に一泡吹かせられないかな。


「……いいこと思い付いちゃった」


 あのやり方ならあいつは絶対に嵌まる。偽善者は絶対に私の罠に飛び込んでくる。


 私はもう一度鏡を見る。








 ――そこには、上手く笑えていた自分が映っていた。


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