第32話 しょうがない
こんにちは! 柚木双葉です!
今日は先輩がいないバイトをこなし今から帰ろうとしていたのですが、私のスマホにメッセージが届きました。
「――あ、先輩からだ。何だろ……?」
あの先輩は現代っ子とは思えない程にスマホを活用しない。「電池が減る」とか訳の分からない理由で。
先輩の家が一般の人に比べて貧しいのは知ってるけどそこまで気にする人は多分いないと思うんだけどな……。
よって先輩から何か連絡が来るときは大抵――、
『バイト終わったろ? 今から俺の家来れるか?』
「うわー……。絶対何かあったじゃん……」
この文体だけ見れば先輩が私を家に誘ってくれている。
でもあの先輩だ。どうせ私が喜ぶような意味じゃないんだろうな。
私は「はぁ」とため息をつきながら、
『いいですよー』
と入力し送信。
すると数秒経ってから、
『すまん』
と返事が来た。
いやいやすまんって……。何で女子とのやり取りでそんな淡白な返事なんだよ。
男側はもうちょっと色めきだってもいいんじゃなかろうか。
「少しくらい意識してくれてもいいのに……バカ」
私は頬をパンパンと叩き気合いを入れ、先輩の家へと歩を進める。
◆
「……ふう」
柚木の奴が本当に来てくれるとは思わなかったな。今日は機嫌がいいのだろうか。
俺はスマホをちゃぶ台の上へと置き、
「……足崩せば?」
「……うっさい」
ちゃぶ台を挟みお行儀よく正座する空閑へ声を掛ける。
意外にもこいつは礼儀がよく、俺の家へ上がった時もちゃんと自分の靴を揃えていた。
俺へと見せていたあの悪女っぷりはどこへ行ったのか。そんなに今の地位を失う事が怖いのか?
「それはそれとして――先輩」
俺は後ろを向き――闇に染まった目で空閑を見つめる先輩を見る。
晩御飯を作るといって台所へ行ったのはいいが、さっきから全然料理に取りかかる素振りをみせない先輩。
「何やってんすか……」
「――別に。その女が政宗君に変な事しないか見張ってるだけ」
あんたがスーパーで話し掛けなければよかったじゃないかよ……。
まぁ、この家に招いたのは俺だけどさ。
「何もしないに決まってるだろ! 何で私がこいつになんか……!」
「こ い つ ?」
「――ッ! ……何でもないです」
先輩の言葉に怯む空閑。すっかり先輩に対して弱くなっているらしい。
先輩を何とか台所へ向かわせ、俺は気を取り直し空閑の方に意識を向ける。
「……で? どうしたんだよ、家が無くなったって」
空閑を俺の家へと連れ帰った理由。
それは家が無くなったらしい空閑の事情を聞くためだ。
その言葉が本当なのだとしたら結構な問題だ。スーパーのベンチで聞くような話じゃない。
何より、俺は空閑がしてきた事を許したのだ。あのまま放っておくのは違う気がした。
「……言葉の通りよ。住んでいたアパート追い出されたのよ」
「追い出されたって……。もしかして家賃とか?」
こくっと空閑は頷く。
「全て話してくれないか? そうじゃないと俺は何もできない」
空閑は少しの間目を瞑り、そして赤裸々に語りだした。
自分の置かれている状況を。どんな生活をしているのかを。
「――どうせそこの女は全部知ってるんだろうけどね。……前々から家賃の滞納続いてたからいつか追い出されるだろうなとは思ってたし」
「……どこか住まわせてくれるような所はあるのかよ。流石に家が無いと困るだろ」
「あったらスーパーのベンチに座ってないし、あんたの家にも来てないわよ。バカなの?」
若干イラッとするが、弱々しい声を出す空閑に文句は言えなかった。
そして俺は考える。
こいつはクソ野郎だが、借金を自分で作った訳じゃない。金が無いのも、決して怠けていた訳じゃなく、返済する金と生活費が自分の稼ぎでは追い付かないだけで。
――金の苦しみは、体験した奴じゃないと絶対に分からない。
「お前、マストの面接はいつ受けるんだよ」
「……一応、明日。今日連絡したら明日来てって言われたから」
明日、明日か……。多分面接と銘打った雑談と化す筈だから合格するしな。
「夜の店はもう辞めたのか?」
「……電話したら直ぐに辞めれたわ。私、嫌われてたからね。電話越しで聞く声色が嬉しそうだったわ」
笑うに笑えない。まぁこいつの性格が終わっているのは本当の事だし。
じゃあ……こいつは家も無ければ仕事もない。どうやって生きるのか。
俺は考える。考えた結果――、
「……住むか? ここに」
「……は?」
空閑から間の抜けた声が返ってくる。
「お前の金銭事情が安定するまでだけどな。借金の返済は後どのくらい残ってるんだよ」
「いやまあ……後少しで返し終わるけど……」
「なら借金返し終わるまではここにいればいい。布団も2組あるしな」
先輩が持ってきたのだけど……いいか。
「あんた……頭おかしいの?」
「おかしくねぇよ。だってお前行くとこ無いんだろ? 何より俺、お前嫌いだし。女だとも思わないから問題無いな」
俺はこいつに酷い仕打ちを受けた。
普通の人間ならもう一緒の空間に居たくないと思うだろうが、何故かそこまで思わなかった。
多分、金の苦しみを味わっている人間同士だからだろう。
「そりゃ私だってあんたの事嫌いだし、男とも思わないけどさ……」
「だろ? お前の事情を知っておきながら放り出すのも寝覚めが悪いんだよ」
先輩がこの家に来たとき、俺は滅茶苦茶動揺した。
だが、空閑の場合何も感じない。本当に俺はこいつを女だと思ってないらしい。
「……まぁ、あんたと一緒に居るのは凄い嫌だけど。このままの状態で困るのは事実だし。ここに少しの間置いてくれるのは助かるけどさ。――あの人が許さないんじゃない?」
空閑は俺の後ろを指差す。
そこには、
「ま さ む ね く ん ?」
――据わった目で俺を見る、包丁を持った先輩が立っていた。
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