第31話 俺自身の決着③

「――! 政宗君ッ!」


「先輩……お待たせしまし――」


 部屋を出た俺は遠くから駆け寄ってくる先輩を捉え全身が緩む。


 ああ、本当に疲れ……ッッ!!


「ごめんね……私なんかの為に……!」


 ぎゅ~っと俺の背中に回された先輩の手のひらが背中に食い込む。


 普段の俺なら鼻の下を伸ばしていたかもしれないが、何故か今の俺の心の中はホッとしたという感情が強かった。


「……先輩すいません。先輩を自由にしてあげるって約束したんですけど出来ませんでした。申し訳ないです」


「いいよそんな事。政宗君が気にする事じゃないんだから」


 先輩の顔が俺の胸に沈んでいるお陰で、先輩の声がこもって聞こえずらい。


 こ、これはどうすれば……。抱きしめられた時普通の男ならどうするんだ……。


「――彩乃さん。そんな風に心配しなくても私は伍堂さんに何もしてはいないですよ」


 奥の部屋から俺に続き鈴乃さんも現れる。


 流石に鈴乃さんにこの状態を見られるのは中々に恥ずかしいので、


「せ、先輩。鈴乃さんも見てるんでその……」


「やだ」


 やだって……保育園児じゃないんだから。


 先輩の締め付ける腕は緩まる事なく、寧ろ強くなっていっている。


「ははっ、お熱いねお二人さん。……上手くいったのかな?」


「大和さん……。上手くというかまぁ、それなりに上手くいきました」


「そうかそうか。それなら良かった。やはり彩乃を君に任して良かっ――」


「待ちなさい」


 大和さんの言葉を遮るように鈴乃さんの言葉が重なる。


 鈴乃さんには大和さんも弱いのか直ぐに引き下がる。


「私はまだ完全に貴方の事を認めた訳ではありません。私が彩乃さんに与えられないものを貴方に託しただけ。その事を肝に銘じておいて下さい」


「はい。分かっています」


「それと……彩乃さん」


 鈴乃さんの問いかけに先輩はやっと俺の胸にうずめていた顔を上げる。


「――中途半端は許しませんよ」


「……! はい! ありがとうございますお母様!」


 中途半端? 一体どんな意味で……。


 意味が気になって仕方がないが、多分この二人にだけ意味が分かっていればいい事なのだろうと思いそのままスルーする。


 先輩は鈴乃さんの方をそのまま数秒見つめ、俺へと焦点を合わせる。


「改めて――ありがとう政宗君。あの日、君に会えて良かった」


「……うす」


 見慣れた先輩の顔なのに今だけは直視できない。


 多分今の俺の顔も先輩に負けないくらい真っ赤なのだろう。


 でも――悪くない。


 ◆


「先輩、良かったんですか? また俺の家に来て。鈴乃さんに怒られますよ?」


「お母様が行ってきていいって許可出してくれたんだからいいの。もう私は自由なんだから!」


「自由って……。先輩はこれからも家の事で忙しいでしょうう。俺は鈴乃さんを説き伏せられなかったんですから」


「分かってないなー政宗君は。前と今とじゃ気持ちの持ちようが全然違うよ」


 うーん……。そういうものなのか?


 隣を歩く先輩からは鼻歌が聞こえてくる。まぁ幸せそうならそれでいいか。


「スーパーってこっちで合ってたよね?」


「ですね。合ってますよ」


 俺達は今近所のスーパーに向かっている。今日は先輩が腕をふるってくれるらしい。


 費用も全て先輩持ちだ。俺のお財布事情からしてみればとても有難い。……情けない限りだが。


「政宗君は何食べたい? リクエストかもん!」


「そーですね……。唐揚げとかですかね」


 今日はカロリーを使ったからガッツリした物が食べたい気分。揚げ物なんて久しく食べてないし。


「りょーかい! 楽しみだなぁ、ご飯作るの」


「は、はぁ。楽しそうで何よりです」


 ご飯を作ることの何がそんなに楽しいのか分からないけど……まぁ笑顔だしいいか。


 俺達二人はそんな事を話ながら歩くとスーパーが目に入る。


 いつも店が閉まるギリギリを狙ってスーパーへ行くから夕方はこんなに車の数が多いのかと少し驚く。


 俺が行く時間帯にはいつも出入り口付近のベンチにおっさんが寝転んでいて……って、あれ?


「ん? どうしたの政宗君?」


「えっと、見間違いだと思うんですけど……あのベンチに座ってるのって……」


 出入り口にあるベンチ。そのベンチにはうちの高校の制服を着た生徒が座っていた。


 スマホを弄る訳でもなく、只ボーッと空を見つめるそいつは――


「……空閑さん?」


「ですよね。あいつ何やってんだ?」


「んー、取り敢えず話しかけてみようか」


「――え、ちょ、ちょっと先輩!」


 先輩は空閑の方へ歩いていき、


「何をしているの? 空閑さん」


 すると空閑は力のない目で、







「……家が無くなった」


 ――はぃ?

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