第33話 第一部、完
「ちょ、ちょっと先輩! 包丁はヤバいでしょ!?」
「――そうだね。ごめんね政宗君。恐がらせちゃって」
そう言って先輩は包丁を持ったまま台所の方へと消えていく。
何も余計な事を喋らず消えていく姿が妙に恐い。
「……あんたのどこがいいんだか」
「は?」
「だから。あんたなんかのどこがいいのかって言ってんの。あの女の容姿ならあんたよりイケメンを捕まえれるのに」
それを言われると何も言い返せない。先輩の容姿に釣り合ってないのは事実だから。
それでも俺は――、
「まぁ、変なのと変なのでお似合いなんじゃない? 知らないけど」
心底どうでもいいような声色で空閑は言う。
「お前だけには変なのと言われたくない」
「……あーそ」
その時、ガチャっという玄関の扉が開く音がする。
そして台所から、
「彩乃さん! お久しぶりですね!」
「双葉ちゃん! 来るなら教えてくれればよかったのに!」
「あれ? 先輩から聞いてないんですか? 先輩に呼ばれて来たんですよ?」
……そういえば言ってなかったな。
ていうかあいつインターホンくらい押せよ。ここは自分の家かっての。……鍵閉めてなかった俺が悪いかもだけどさ。
「え? そうなの? ……政宗君、言ってくれれば良かったのに」
「まあ、あの人に気遣いを求めるのは野暮ってものですよ」
言いたい放題だなあいつ。俺って柚木の先輩だよね?
「うーん。――それもそうね。双葉ちゃんもご飯食べていくでしょ?」
「え!? いいんですか!?」
「勿論! いいに決まってるじゃない!」
……百合のような空間を邪魔するのも何だか、そろそろ俺も行くか。
「……誰?」
空閑が不思議そうな顔で俺に問う。
「俺の後輩でお前の先輩だ。ちょっと行ってくる」
居間に空閑だけ残すのもどうかと思ったが、まぁ少しの間なら大丈夫か。
「よう。来たな柚木」
「先輩! 何ですか急に呼び出して! 私は忠犬じゃないんですよ!」
「はいはい。実はな、お前に会って欲しい人が居るんだよ」
適当にあしらい俺は柚木を居間へと通す。
「……誰ですか? この人」
「明日、マストにバイトの面接に来る空閑だ。柚木の後輩になる人間だ」
むむむっと詰め寄り空閑を見つめる柚木。流石の空閑も初対面の柚木に詰め寄られるのは想定外だったようで、
「……何なのこの子。近いんだけど」
「――可愛い」
「は?」
すると柚木は勢いよく振り向き、
「何で先輩の周りには可愛い子が集まるんですかッ!!」
柚木の声が部屋に響く。
隣の部屋に響くから大声は止めて欲しいんだがな。
「知らねぇよ……。てかツッコミ所おかしいだろ」
「全くもう! ……この人は先輩のお友達ですか?」
「違う」
俺は直ぐ様否定する。こいつと友達とか死んでもごめんだ。
その時、空閑から「はっ」という馬鹿にしたような笑いが聞こえる。
「そうね。確かに私はそいつと友達じゃないけどさ――これから一緒に暮らすらしいわよ」
「……はッ!? どういう事ですか先輩!!」
柚木は俺の胸ぐらを掴み必死に揺さぶる。
視界が揺れる中、こちらを「ざまぁ」といった顔で見る空閑の表情が確認できる。
やっぱりこいつ嫌いだ!
「ちょ、ちょっと落ち着けよ柚木! ちゃんとした理由があるんだって!」
「そんな事知ったこっちゃありませんよ! ――というか空閑さん! 貴方はいいんですか!? こんなボロ小屋に住むんですよ!?」
おいこら。ボロ小屋はやめろボロ小屋は。
小屋って言われると滅茶苦茶悲しくなるのは何故だろう。
「私は別に気にしないわよ。何? そんなにこいつが気になるの?」
「そ――そんな訳ないじゃないですか!」
空閑は柚木をからかい遊びながら、「まぁ前に住んでた所もこんな感じだし」と小さく付け加える。
「はいはい。双葉ちゃん落ち着いて。――ほら、ご飯できたわよ」
居間へと現れた先輩は台所から作り終わった料理を持ってくる。
いつも一人で向き合っていたちゃぶ台には、色とりどりの温かな料理が所狭しと並んでいた。
「……何だ。私の分もあるんだ」
「当たり前でしょ。私は空閑さんみたいに性格悪くないし。何よりそんな料理が不味くなる事しないわよ」
言葉の刃でグサッと刺された空閑はグッと歯を食い縛った後……悪い顔に変化する。
「……ねぇ、伍堂」
「あ? 何だ――」
ピトっという効果音が聞こえてくる程、空閑は自然に俺との距離を詰める。そして俺と空閑の肩が触れ、ふわっと空閑の匂いがオレの鼻にくる。
「ちょ、ちょちょちょ、ちょちょちょっと!!! 何やってるんですか!!」
「何が? このくらいの距離なら普通じゃん?」
夜の仕事をやっていたからか、空閑の距離の詰め寄り方は自然過ぎて拒む事が出来なかった。
しかし何で空閑はこんな事……。こいつだって俺とくっつくとか嫌な筈なのに。
「まさむねくん? はやくはなれなさい?」
……なるほど。先輩と俺への攻撃か。
「お、俺は悪くないですよ」
「同罪よ。政宗君は私の許可無しに女の子と接触してはいけないの」
「俺に人権は無いのか……」
あの日、先輩を拾った俺。
あのまま見て見ぬふりをしていたら、多分こんな風に大勢で食卓を囲む事は無かったろう。
こんな生活も悪くないだろうと思いつつ――、
「どう? 政宗君? 美味しい?」
「――最高です」
先輩が作ったご飯を口に運んだ。
第一部、完
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