第4話 お布団
「お風呂頂いちゃって悪いね伍堂君。空いたから君も入ってきなよ」
部屋の清掃を終えた矢先、濡れた髪を肩に掛けたタオルで水気を拭き取りながら先輩が帰還する。
いつも俺が使っているシャンプーやボディーソープのはずなのに何故か先輩からはとても女の子らしい匂いがする。
「うわ、すごい綺麗にしたね。さっきが汚かった訳じゃないけど」
そりゃ浴室から聞こえる音をかき消す為に全力で掃除したからな。
「いやまあ、先輩がいるんで……」
「そんな気を遣ってもらわなくても……。――あ、もしかしてあれかな? やっぱり伍堂君も男の子だから女の私には見られたくない物とかがあったのかな?」
「は!? ――い、いや! そんなの有るわけないじゃないですか!」
「本当かなぁ? 伍堂君も男の子だからあるのが普通だと思うけど?」
男子小学生みたいな意地の悪き笑みを浮かべながらそう俺に聞いてくる先輩。
だが、エロ本がないのは本当だ。エロ本を買う余裕があるなら食費やその他諸々に回す。
「安心しなよ後輩君。お姉さんはちゃんとそういうことには理解があるからさ」
「だから違っ――はぁ、もういいですよ」
「あははっ、そんな拗ねないでよ伍堂君」
駄目だ。この人のペースに乗ってしまうとそのままずるずると飲み込まれてしまいそうな気がする。
この男を手のひらで転がしている感。やはりこの人はモテるのだろう。
先輩のクモの巣に引っ掛かった男達に敬礼したくなる。
「……何だか誤解されてる様だから一応言っとくけどさ、伍堂君が思う程私男慣れしてないからね」
(何で分かるんだよ……)
「いやいや謙遜しなくても。先輩ぐらい綺麗な人なら経験豊富でしょうに」
先輩は学校内で最も目立つ存在だ。その光輝く先輩のオーラに虫のように群がる男達。
そんな光景を視界の端で何度も見てきたのだ。
「確かに私は可愛いよ。それは否定しない。――でも男で遊ぶようなビッチじゃないよ!!」
(自分で自分のことを可愛いと言い切ったよこの人。やはりさっきのは謙遜だったか)
先輩は美人で可愛い。それは分かってる。だって俺の学校指定ジャージを着ている今でもテレビに出ている芸能人レベルで輝いているのだ。
ぷんすかといった感じで怒っている今も怖い雰囲気は一切ない。
「はあ、まぁビッチと言ったことは謝りますよ。――でもビッチじゃないならよく男の家に来ましたね?」
そう言いながらこれは聞いてもいいものかという疑念が俺の頭を過る。
『何故、あんな所に一人で居たのか。それも段ボールの中に』
本来ならそうストレートに聞けばいいのだろうが、俺の口はそう簡単には動かなかった。
高校生という多感な時期。家に帰りたくないということは多分家庭内で何かあったのだろう。
俺には親がいないので今この年代の男女が親にどういう感情を向けるのかは分からないが、あんな酔っぱらいについていこうとしていたんだ。
余程の事があったのだと思うが……。
「……それって私が何で家出したかを聞いてる?」
「まあ……そうですね。言いたくなければ言わなくていいですけど」
「――! いいの?」
「理由くらいはきかせてほしいというのが本音ですが……。聞いた所で多分先輩家には帰らずここに泊まるでしょ?」
「そりゃまぁ……」
「なら別にいいですよ。話したくなった時に話してくれれば」
先輩の闇の部分を知りたいのは本当だ。でも知った所で俺に何がが出来る訳でもない。
これ以上面倒事に首を突っ込んで自分の首を絞めるのは御免だ。
「顔に似合わず優しいね君は」
「只面倒な事が嫌いなだけですよ」
お金持ちのお嬢様には似合わない薄い座布団の上に座る先輩は俺の目を見てにこっと笑う。
今まで俺の目を見て逃げ出す者や陰口を叩く者は多数いたが笑う人は殆どいなかった。
(そんな目で見ないでくれますかね……。慣れてないんで)
そんな先輩の視線から逃げるように俺は風呂へ向かった。
しかし浴室に残る先輩の残り香のせいで全く心休まなかったのは後の出来事である。
◆
「上がりました。――って、何やってんですか先輩」
「おかえりー。押し入れにあったお布団敷いといたよ。私いつもベッドだから床に敷くお布団で寝るなんて楽しみ~」
風呂から上がった俺を迎えたのは、俺がいつも使っている布団の上でごろごろとくつろぐ先輩だった。
気を遣ってよそよそしいのも逆にこちらが気を遣ってしまうが……、
「滅茶苦茶くつろいでますね先輩」
「今日は疲れたからねー。いつも家出する時はちゃんと泊まる所を決めてから家出するんだけど今日は無計画な家出だったから」
「特殊な疲れですね……」
人の布団など気にもせずにごろごろする先輩。匂いが付いて寝れなくなるからやめてほしい。
――さて、ここである重大な問題がある。
「ねえ伍堂君。このお布団出すのに押し入れ開けたんだけどさ、1組しか見当たらなかったんだけど?」
そう、この家には布団が1組しかないのである。
理由としては1組あれば十分だから。だってこの家に泊まりにくる人なんか存在しないし。
「…え、と、何と言いますか……」
「もしかしてこの1組しか無いとか?」
先輩の言葉に目を背けながらゆっくりと俺は頷く。
「そっか。じゃあ一緒に寝ようか」
「………………はぃ?」
先輩は至極当然の事のようにその言葉を発した。
その声が俺の鼓膜に届き脳に伝達され、俺の脳がその言葉の意味を解析しようとするが、
『理解不可能』
結果はそれだった。うん、だって意味わかんないもん。
「あの、先輩? 言ってる意味分かってます? 多分分かってないですよね? 分かってたらそんな事言わないですもんね?」
「意味? 言葉の通りだよ。流石に私床で寝たくないし」
どうやら言葉の意味が分かった上での発言らしい。とても驚きである。
「……じゃあ俺が床で寝るんで先輩は俺の布団で寝てくれればいいですよ。いつも先輩が使ってる布団とは雲泥の差でしょうがそこは我慢して頂いて……」
「何言ってるの! 床で何か寝たら体壊しちゃうでしょ。いいから早くこっち来なよ。――それとも何か期待してるの?」
口の端が三日月のように吊り上がっていきからかうような笑みが生まれる。
……いいだろう。ならば覚悟を決めよう。
「今さらやっぱなしは駄目ですからね」
「言わないよそんな事。いいから早くいらっしゃい」
誰がこんな事予想出来ただろう。
学校1の美少女が学校1の嫌われ者の布団の上で俺を試すように笑っているのだ。
ふぅ、と息を吐き俺は電気を消す。
窓なら差し込む月明かりが薄っすらと先輩のシルエットを映し出す。
今の俺の心境を言葉で表すとしたら……、
(何でこんなことに……)
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