第60話 まさかの弟……ですか

「い、今なんて……っ!?」


「はぃ? ……高校一年生ですと言いました」


「その一個前!!」


「新田千明です?」


「そうそこ!! もしかしてだけど学校に姉がいるのか!?」


「はい。よくご存知ですね」


 新田弟はさも当然のように衝撃の事実を口にするが、俺からしてみればまだ信じられない。彩乃先輩も目を丸くしてこちらを見ている。


(嘘だろ……こいつが弟? ……でもよくみればこのサラサラの黒髪とか整った顔立ちとかに面影があるような……)


 だが見れば見るほど男に見えない。完全に女の子という訳じゃないが、女性側に寄った男性という感じだ。


「ま、まじか……。あいつに弟がいたとは……」


「……失礼ですがアニキは姉と交流があるのですか?」


 アニキ呼びが完全に定着してやがる。……だがどうせ言っても改善しないなら言うだけ無駄だ。話が進まないので敢えて無視しよう。


「ああ。と言っても最近だけどな、話すようになったのは」


「まさか姉がアニキと関わりを持っていたとは……! 確かに最近様子がおかしいなとは思っていたのですが」


「ん? 何かおかしいのか、あいつ」


 もしかしたら生徒会長選挙絡みで悩み、家の中では塞ぎこんでいるのかもしれない。


「はい。昨日の夜とか何故かクッキーを作っていましたから。お菓子作りなんて滅多にやらないのに」


 その時、台所から「ガシャンッッ!!」という音が鳴る。新田弟のクッキーという言葉に強く反応したみたいだ。


 その後、禍々しい妖気みたいなのが俺を襲う。怖くて台所を見れない。……クッキーという言葉を今この場に投下するのは止めていただきたい。


「? 華ヶ咲先輩、大丈夫でしょうか?」


「あ、ああ。だ、大丈夫だろ。――そうか。不思議なもんだな」


「はい。作った後綺麗にラッピングまでしていたので多分誰かにあげるのだと思いますが……。今日家に帰ったら聞いてみようと思います」


 何だろう。


 別に新田弟に知られようと特に問題はない筈なのだが、凄くもやもやとする。


「――それじゃあもう1つ質問。何で俺達をつけてた。今朝もお前が犯人だろう」


 新田弟は顔を伏せる。


 彩乃先輩をつけていたのか、それとも俺をつけていたのかは分からないが、こいつが犯人である事は間違いない。


「こらこら。そんな怖い顔しないの政宗君」


 視界がピンクに染まる。どうやら俺の顔に彩乃先輩のエプロンが掛かったようだ。


 台所からはオーブンの音が聞こえてくる。今はクッキーを焼いている時間か。


「怖いって……。別に俺は怒ってる訳じゃ――」


「はいはい。落ち着いて。……で、新田君。貴方の言動から察するに用があるのは私じゃないよね?」


 新田弟は静かに首を縦に振る。どこまでも男らしさが無い奴だ。


「でも俺はこいつと関わりないですよ? 後ろをつけられる程恨まれる事をした覚えもないし」


「政宗君って沢山敵がいるからね。気付いてないだけで」


 ……やっぱり今日は刺が凄い。機嫌をとる作戦はやめて、一旦距離をとる戦略的撤退を選ぼう。


「……そこがいいんです」


 その時ポツリと新田弟が呟く。その声は蚊が泣くような声で、台所のオーブンから焼き上がりを知らせる音にかき消される程だった。


 彩乃先輩には聞こえてなかったのか、「お、焼き上がったみたいだね」と言い立ち上がり台所に消える。


「え、何」


「……アニキのその威圧感。そして周りを圧倒するオーラ。――ぼ、僕はそれが欲しいんです!!!」


 ちゃぶ台をバンッ! と叩きそう叫んだ後、新田弟はその場で土下座に体勢をとる。





「お願いしますアニキ! 僕を強くしてください!!」





 俺をからかっている訳ではない事は、土下座の姿勢から伝わってくる。こいつは本心で俺に懇願しているのだ。


 何か理由があってこんな事をしているのだろうが、新田弟の姿を見ながら理由を考えてみるが全く想像つかない。


「……えーと。二人とも? クッキー焼けたんだけど……」


 土下座している新田弟を見て狼狽した様子の彩乃先輩が、お皿を持って台所から出てくる。


 彩乃先輩は俺と新田弟を交互に見た後、深いため息をつき、


「政宗君……後輩を恐怖で土下座させるのは流石にどうかと思うよ?」


「違いますよ!! 俺は何もしてないです!!」


「はいはい。――取り敢えず新田君、顔を上げて? クッキー焼けたから食べる?」


「……え、あ、はい。……ありがとうございます」


 若干涙目になっていた新田弟は彩乃先輩が持っていた皿からクッキーを1つとり、口に運んだ。


 その様子はまるで泣いている園児にお菓子を与える保育士のようで、益々新田弟の男らしさのレベルが下がった気がした。

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